Novel

□SiriusBoeki
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SIRIUS.BOEKI@バレンタインB【Heroine】

「追わなくて良かったのか?」
「あっ、アスカさん…。厨房を使わせていただいてありがとうございます」
「いや、それは構わないんだが、アイツはアンタの恋人なんだろう?…悪かったな。誤解をさせたらしい」
「いいえ。アスカさんのせいじゃないです。このチョコレートが完成したら、謝りに行くつもりなんです」
「アンタが謝る必要なんてないだろう」
「シンさんを驚かせたくて黙ってたんですけど、機嫌を損ねてしまったみたいですから…あはは。サプライズ大失敗ですね!」
「そうか。アンタも大変だな」
「いいえ!初めて会った時なんて頭からお水かけられましたし!それに比べたら、すっごく仲良くなれてると思うんです!大進歩ですよ!」

ふっとアスカさんが笑う。
「前向きだな。そんな顔をするってことは、よほどアイツが好きなんだろうな」
「はいっ!」
元気よく答えると、一瞬面食らった顔をしたアスカさんが、また笑顔になった。

「直球だな。質問したこっちが恥ずかしい」
「ご、ごめんなさい」
「まあいい。俺はそういうアンタを気に入ったんだ。そこに並んでる瓶を一匙ずつ入れるといい。格別の味になるそうだ」
「貴重な材料をわけていただくことを店長さんに掛け合っていただいて、本当に感謝してます」
「礼を言いたいのはこっちだ。アンタは片づけもよく手伝ってくれたし、新作のモニターもしてくれたしな。ここの店長が古い知り合いってだけで毎年この繁忙期に強制的に手伝わされて困ってたんだが、今年はおかげでラクができた」
「ふふっ。でもアスカさんって落ち着いてますしアルバイトの皆さんにも頼られてますから、絶対店長さんだと思われてますよ?アスカさん目当てのお客さんも多いみたいですし」
「まいったな。俺の本業は別にあるってのに。それに俺は、店長に絶対試食だけは任されないからな」
「え?どうしてですか?」

「店のケーキに蜂蜜を一瓶まるごとかけるのを嫌がられる」
「一瓶!?それって蜂蜜の味しかしないんじゃ…。たしかに<YAMATO>のスイーツは確かに甘さ控えめですけど、それが美味しいんですよ。幾つでも食べられちゃうくらい!」
「そういうもんか?おれは蜂蜜が無いと物足りないな」
「アスカさんってかなりの甘党なんですね。見た目とギャップありすぎです…」
「実をいうとココの手伝いも餡子目当てだ。特別な農家から仕入れた素材で抜群に美味い」
「ふふっ。この店の餡子は私も大好きです」


ふと、厨房の端の<幻特別チョコレート>の張り紙に目が留まった。
「あ、そういえば今年の幻特別チョコは誰の手に渡ったんでしょう?有名な雑誌に何度か特集までされた有名なチョコレートなんですよね」
「あれはこのシーズンのみ不定期にしか出てないからな。何とか一年に一個は作れているが、エッセンス自体が手に入らないそうだ」
「<惚れ薬>入りのチョコレートって聞きましたけど、本当なんですか?」
「いつしかそういう噂がつくようになったみたいだが、隠し味に入れていたエッセンスにそんな効果があるかなんて俺も知らない。だが、もしそれが本当なら使ってみたい気もするな」
「えっ?!アスカさんなら使わなくても女性が放っておきませんよ!」
「どうかな。肝心なところは上手くいかない気がするが」
アスカさんって落ち着いていて器用そうなのに、やっぱり恋愛では私と同じように失敗したりもするのかな。


「まぁ…<惚れ薬>入りチョコレートなんてアンタとアイツには必要ない代物だろう?」
アスカさんは大きく溜息をついた。
「必要ない…のかなぁ」

シンさんが大好きだという気持ちに全く迷いはないけれど、同じようにシンさんが想っていてくれるのか、不安になる時もある。
私の『好き』のほうが、きっと大きい。

だから、もっともっと好きになってもらえるなら―――そんなチョコレートがあったらなぁと思ってしまう。

「自信を持て。ただのカカオもアンタの愛情が混ざれば、アンタを大事に想う男にとって特別なチョコレートになる。そういうことだろう」


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