Novel

□SiriusBoeki
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SIRIUS.BOEKI@バレンタインA【Shin】

「シン様ぁ!これならどうですかぁ?」
会社に戻り、受付を通り過ぎようとして、女達の甘ったるい声が俺を引きとめる。

「前にバレンタインの話をしたときに『俺を納得させるようなものでないと受け取らない』っておっしゃってたでしょう?」
「だから私達、それぞれ頑張って用意したんですぅ」
「…」
受付のパソコンが壊れただの調子が悪いだのと呼び出しては浮かれた話ばかりしてくるこいつらに、そういえばそんな事を返した気もする。

一人がいきなりシャツのボタンを外し、胸元からチョコをのぞかせる。
競うように隣の女がラッピングされた高級ワインを差し出してくる。
そしてもう一人の女が近寄ってきて胸元のポケットに布を突っ込んできた。
取り出して見れば真紅のレースの―――女ものの下着だ。
「…何だコレは」

「「「ですからぁ!シン様に受け取ってもらえそうなオトナなプレゼントを用意したんですぅ!どれでもお好きなものを選んでください!」」」」
「バカだろ、お前ら」
手に持った下着を受付ブースに投げ入れる。
「つまらねーことをしてる暇があったらマトモに仕事をしろ」
「「「つめたい〜!ああでも、そういうところが好き〜!」」」

「…チッ」
ただでさえイラついているんだ。
これ以上相手にするのも疲れる。
きゃあきゃあと騒ぐ声を背に、エレベーターに足早に向かう。


「受け取ってくださいっ!」
似たようなセリフが目の前から聞こえ、見るとナギが立っていた。
だが―――ナギに手渡しているのは女ではなく営業部の男たちだ。
「俺たちのほんの気持ちですから!!ナギ兄!これからも宜しくお願いします!!」
敬礼したあと、押し付けるようにして男たちは去って行き、困惑した表情で立ちすくむナギと目が合う。

「ずいぶんと男にモテるんだな」
「ワケわからねー」
ナギが大量に手に持った包みから、何かが床に落ちる。
拾い上げると、黒地のエプロンに白い筆文字で<料理人>と書いてあった。

「あいからず料理が趣味なのか」
「まぁな。たった今凄い料理器具をプレゼントされた」
「へえ」
「このフードプロセッサーは<きざむ><する><くだく><あわだてる><おろす>と何でもできるらしい。革命的だ」
若干高揚した様子で珍しくナギが饒舌に話す。
「それは良かったな」
興味なさげに答えると、ナギは突然話題を変えた。

「アイツからチョコレートを受け取ったか?」
「どうしてお前がそんなことを気にする?」
「特別美味いチョコレートを探してたみたいだったからな」
「そーだな。カフェに通い詰めて店員と仲良くなるほどな」
「<YAMATO>か…」
「知ってるのか?」

「あの店はハヤテに誘われて何度か行ったが、かなり珍しくて良い素材を使ってる。組み合わせも斬新だ」
「フン…見目良い店員で客引きしている店かと思ったがお前が言うならそうなんだろうな」
「俺はよくわからねーが、女がきゃあきゃあ騒ぐような男の店員がいるほうが話題になるんじゃねーのか。味がついていかなきゃすぐ人気も落ちるが、あそこは腕もある」
「並んでまで甘いものを食いたい気持ちがわからん」
「まーな」
ナギが頷く。

「そう言えば、特にアスカって男がかなり『いけめん』だと営業部の女達も騒いでいたな」
「へえ」
嫌な名前が思い出されて、返事が思わず鋭いものになる。

「…」
ナギはしばらく沈黙した後、
「お前、変わったな」
ぼそりと呟いた。

変わった?

ナギが、ふっと笑う。
「アイツがそばにいるから、しかたないか」
ナギの言葉の真意を図ろうと俺は黙り込むが、かまわずナギは喋り続ける。

「男の嫉妬は不格好なもんだな」
「何だと?」
「俺だから言えるセリフだ」
「…」
ナギがアイツに想いを寄せていることくらい知っていた。
もともとアイツを強引に俺のものにしようとしたのは、ナギを意識したからとも言える。

強引にでも手に入れる自信はあったが、俺は女に優しい性質ではない。
口が裂けても言わないが、なぜ俺を選んだのか少しばかり不安を覚える部分もある。
目の前のナギを筆頭に、アイツの周りには油断のならない男達がウロチョロしていた。
それが時折焦りとなって、さっきのように冷たい態度を取ってしまう悪いクセも、理解している。

――要は、『俺だけ』だと言わせたいんだ。
わざと突き放して必死についてくるアイツを見て満たされようとしている俺は、ナギの言うとおり不格好以外のナニモノでもない。

「アイツは俺にお前が気に入りそうなチョコレートレシピを聞きに来た」
「お前に?」
「ああ。俺が料理好きだと知っているからだろうな」
「フン」
自分に想いを寄せる男に相談するなんて、無防備なヤツだ。

「あんな幸せそうな顔で聞きに来られると、どうしていいかわからねー。何でアイツはあんなに鈍感なんだ」
「俺以外の男の感情に疎くなるよう躾けているからな」
「そうか。なら<アスカ>の名を出した時のお前のその表情を、そのままアイツに見せてやった方がいいんじゃないのか」

「……珍しくおせっかいだな、ナギ」
「隙を作れば、誰だって付け入る。俺だってな」
「わかっている。悪いが誰にも渡すつもりはない」
俺はそう言い捨て、駆けるように来た道を引き返した―――


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