Novel

□SiriusBoeki
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SIRIUS.BOEKI@バレンタイン@【Shin】

「先輩、手伝ってもらってありがとうございます。あとの片付けは僕一人で大丈夫ですよ。今日も行くんですよね?」
給湯室から聞きなれたトワの声が聴こえる。
「うん。もちろん!」
そう元気よく返事をしたのは●●。
俺の女だ。

声をかけようかと身体の向きを変えるが、話が意外な方向へ流れそうだったため思い留まる。
「あの店は有名ですし、店員さんもすごくカッコいいですよね!」
あの店?

「そうだね。トワ君、あの…私があのお店に通ってるってシンさんには内緒だよ」
「わかりました。でもほんとに内緒でいいんですか?」
トワが深刻そうな声になる。
「うん。言えないよ…」

…俺に言えない店ってのは、どういうことだ?

そういえば最近、アイツの様子はおかしい。
定時になれば俺を待たずに帰るし、仕事中もどこか上の空なことが多い。
何かあるんだろうと思ってはいたが…
「あ!遅くなっちゃう!!じゃあトワ君、もう行くね!」
「はい!いってらっしゃい」
とっさに廊下の端に身を隠す。
アイツは俺にも気づかず慌てた様子で走り去って行った。


「おい、トワ」
給湯室へと足を踏み入れ、一人になったトワに声をかける。
「うわあああ!!!シンさん!!!」
「何を驚いてる?アイツは急いでいたようだがどこへ行った?」
「さ、さぁ…僕、何にも知りません!!」
「フン。あの店ってのは何のことだ?」
「き、聞いてたんですか?!」
「偶然通りかかったんだ。俺に隠し事ができると思うな」
トワへと詰め寄る。

「ぼ…僕は死んだって言いませんっっ!!」
「ほう。死んでもか。立派な心がけだな」
「いえ、あの、その、片付けがあるんで失礼します!ごめんなさい〜!」
大量の食器を抱えて俺の脇をすり抜け、トワも走り去ってしまう。

ああも必死に隠されると気にかかる。
一体その店に何があるっていうんだ?

「あれ?シンじゃないか。こんなところで珍しいね」
「ソウシさんこそ」
「ふふ。実は逃亡中なんだ」
「逃亡中?」

「ソウシ様〜!!!!テレて隠れてないでアタイのチョコを受け取っておくれよ〜!!」
地響きと共に、ドスのきいた女の声が聴こえる。
アイツは確か……隣の会社の受付嬢、ファジー。

「観念して受け取ってやらないんですか?」
「去年は受け取ったんだけど、そのあと他の子も全部受け取ることになって大変だったんだ。だから今年は悪いんだけどちょっと、ね」
「なるほど」
俺はスッと前に出る。

「ファジー、とかいったな。ソウシ専務なら向こうへ…」
「ちょっと!!!!アタイはたった今、運命の恋に落ちたよ!!!」
「は?」
ファジーが鼻の穴を膨らませて近寄ってくる。

そして手に持った紙袋からごそごそとラッピングされた箱を取り出し、突き出してきた。
「お名前はなんておっしゃるんですか?いいえ名前なんて知らなくても、アタイとあなたは出会う運命だったんだよ!」

コイツ…完全に頭がおかしい。

助けを求めるようにソウシさんを見るとクスクスと笑いを堪えていた。
「あっ!ソウシ様!こんなところにいらしたのかい?!」
「ファジー、私は今年は受け取らないって決めてるんだ。ごめんね」
「なら、名前も知らない運命の王子様!!アタイの愛のチョコを受け取っておくれよ!」
ファジーがチョコレートを押し付けてくる。
「気持ちの悪い呼び方をするな。シンだ」
「シン様!!アタイのチョコは、今大人気の<YAMATO>で買ったんだよ!」

「<YAMATO>?会社の近くに出来たっていう、行列のできるカフェのことかな?テレビや雑誌でも取り上げられているとか」
「そうなんだよソウシ様!バレンタインシーズン限定の幻特別チョコをアタイが手に入れたんだ!」
「へえ、すごいね。秘書室の女の子達も話題にしてたけど、全く手に入らないかなり有名なチョコレートらしいね」
おそらく力技で手に入れたんだろう。腕力でこの女に勝てる人間がいると思えない。

「無駄になる前に他の女に回してやれ」
「無駄?何を言ってるんだいシン様!一個しかないから、たった一人の王子様に渡そうと肌身離さず持ってるんだよ。だから今年はシン様に捧げるよ」
「全力でソウシさんに譲る」
「ははっ。譲られちゃっても困るね」
ソウシさんが困ったように笑うと、ファジーが頬を染めてその姿を見つめている。
「ソウシ様かシン様。アタイはどっちを選べばいいんだろう!罪な女だよ…」
「どっちも選ばなくていい。そもそも俺は受け取らねーって言ってるだろう」
「まぁ、シンには●●ちゃんっていう可愛い恋人がいるしね」
ファジーがアイツの名を聞いたとたん首をかしげる。
「その子、<YAMATO>の店員に入れあげてるって噂の子じゃないのかい?」

「…何だと?」
「あそこの店員はイケメン揃いなんだけど、その中でもとびきりイイ男と仲が良いって噂だよ」
「それは同じ名前の人違いってことはないの?」
ソウシさんの質問にファジーは自信をもって答えた。

「間違いないよ。この会社ではちょっとした有名人なんだろ?開発部と総務部を行き来してて営業とも仲良いし生意気だって、シリウスの受付の娘達が噂してたしね」
「……」
トワとの会話からしてもアイツが通い詰めてる店ってのは間違いなさそうだ。
入れあげてる、というのはおそらく只の噂だとは思うが――俺の知らない所で知らない男と仲良くしているというのは気に入らない。

「あ!」
ぽんっとソウシさんが手をたたく。
「ファジー。ちょうどシンとお茶しようって言ってたんだけど、<YAMATO>に案内してくれないかな?」
「えっ?!ソウシ様とシン様とかい?!も、もちろんだよ!!アタイ、行列をはったおしてでも席を確保するよ!!」
「ダメだよファジー、ちゃんと列に並ぼうね」
「アイアイサー!」
上機嫌なファジーと悪戯っぽい表情を浮かべたソウシさんを横目で見る。
「シンだって<YAMATO>がどんな店か気になるだろう?」
「俺は別に…」
そう強がってみるが、ソウシさんは一向に気にしない様子で軽くウインクをした。
「ふふっ。同行は上司命令だよ。話題のお店の『経営戦略視察』のね」
「…!」
「さ!シン様!ソウシ様!早く早くっ!」
ファジーが凄まじい力で俺とソウシさんの腕を引っ張る。
妙なことになってしまった―――



<YAMATO>は思ったよりも小規模な店構えだった。
スタイリッシュな外観に、和菓子をアレンジしたスイーツが並ぶ。
店の前には長蛇の列が出来ていて、意外と男の客も多い。
だが僅かなカフェスペースは女の客でごった返している。

ギャルソンエプロンにキャップを被った見目の良い男の店員達が忙しそうに立ち回っているが、
その中で一番背が高く目立つ赤毛の男――――が、おそらくこの店の責任者だろう。周りのスタッフはソイツの指示を仰いでいる。

「アスカさん。餡子モンブランが売り切れました!」
「抹茶パイも終了です!アスカさん」
次々と売り切れるメニューに、並んでいる客が残念そうな顔になる。

アスカと呼ばれた男の脇に●●の姿が見えた。
慣れた様子で奥の席に座ってテーブルにならんだチョコレートを食べている。

「まだ食うのか?すごい食欲だな」
アスカが笑顔を向ける。
「だってすごく美味しいんですもん!」
「ならコレはどうだ?試作品段階の珍しいチョコだ」
「わぁ〜!!食べていいんですか?!」
「ああ、アンタは特別だ」
親しげに話す会話が聞こえてくる。

『特別』?
どういう意味だ…?

「ほら。口の横にチョコついてるぞ。ったくアンタは本当に、子供みたいだな」
アスカが手をのばし、笑顔で●●の口元を拭う。
●●は驚いた様子で、顔を真っ赤にした。

……なるほどな。

「ほら見なよ。仲よさげだろ?よくあの子の姿を見かけるって受付の娘達も話してたよ。アタイも何度かみたことがあるしね」
列を掻き分け、店内へと踏み入る。

「あっ。し、シンさん…」
突然目の前に現れた俺に、●●は驚いた顔になる。
「最近顔が丸くなってきたと思えば、こんなところで甘いものを馬鹿みたいに食ってるからか」
思わず口をついて出たセリフは、思い切り刺々しいものだった。

●●が何かを言いかけるが、アスカが前に出てくる。
「ウチの菓子を美味しそうに食ってくれてるんだ。アンタに文句を言われる筋合いはない」
「生憎俺はソイツの飼い主だ。口を出す権利はある」
「飼い主?」
アスカが振り返って●●を見た。
「あの…飼い主っていうか、上司っていうか…こ、恋人をさせていただいてます」
歯切れの悪い●●の言葉に、アスカは溜息をついて改めて俺を見る。

「飼い主だとか、アンタは自分の恋人をそんなふうにしか言えないのか」
「どんな風に言おうが俺の勝手だ。お前に関係ねーんだよ」
「え?し、シンさんっ。あの、ちち違うんです」
●●が慌てた様子で割り入ってくるが、アスカが遮る。
「何でアンタはこんな偉そうなヤツと付き合ってるんだ?ヤキモチも素直に妬けないようなヤツじゃないか」
冷静な口調でそう言われると、らしくないほど熱くなっていた自分にかっとなる。

「…フン。俺は別に妬いてなんかない。これっぽっちもな」
出来る限り冷静に言い切ると、●●は俺を庇うように続ける。
「そ、そうなんですよ、アスカさん!シンさんは別にヤキモチとかそういうんじゃなくて、わ、私が馬鹿みたいにバクバク食べてるからそれで呆れて…ですよね!」
●●の腕を、思わず掴む――が、
「シンさん…?」
「…っ、…何でもない」
すぐに離す。

「あのっ、実はシンさんが好きそうなチョコをさがし…」
「いらない」
「…え?」
「俺は甘ったるいものが嫌いだ。興味はない」

●●の顔も見れず、俺は背を向けた。
「ソウシさん。やはりお茶はやめておきます。仕事を思い出したので」
「シンさん!待ってくださっ…」
●●の言葉を遮って、言い捨てる。
「ついてこなくていい。俺にかまわずお前はこの店でゆっくりしていればいい」

『ヤキモチも素直に妬けない』
アスカのセリフが纏わりついてくる。

ああ、そうだ。
モヤモヤとした苛立ち。
これは完全に<ヤキモチ>だ。
自覚している。

チョコレートなんていらないと言い捨てた時の、悲しげな●●の顔が浮かぶ。

俺は一体、何をやってるんだ…

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