Novel

□SiriusBoeki
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SIRIUS.BOEKI.@ホテル【Heroine】

「…っ!」
太腿に伸びた指がクイッと曲げられて――

「へ?」
スカートにくっついた糸くずをつまみあげる。
一瞬身体を強張らせた私は、拍子ぬけな顔でシンさんを見つめた。

「クックッ。何を期待してたんだ?」
シンさんが可笑しそうに肩を震わせる。

「きっ、期待なんてっ」
「嘘をつけ。『え?それだけ?』って物足りない顔をしてるぞ」
「してませんっ…」

確かに、え?糸くずっ?!
って驚いたけど…!
緊張したけどっっ!!

「シンさんって…意地悪です…」
ぽつりと溜息まじりに言うと、
「どこが意地悪なのか言ってみろよ。何を期待したのに、何をして貰えなかったのか」
「だ、だからそういうのが意地悪…っ」

「お前が虐めたくなるような顔をしているから悪いんだろ」
「虐めたくなる顔って…ヒドイ」
「充分褒め言葉だ」
「ええ?!それ褒め言葉なんですか?」
「ああ。俺は、お前のマヌケで虐めたくなるような顔が気に入っている」
「あまり褒められてる気がしませんけど…」

「ついでに、虐めたら本当に面白いところはさらに気に入っている」
「む。喜んでいいんでしょうか?」
「いいに決まってるだろう。喜んでおけ」
「は、はい。ありがとうございます」
思わずお礼をいうと、シンさんはクックッと可笑しそうにまた笑う。

これって恋人扱いされているのかなぁ…と少し不安にもなるけれど、再び伸びてきた手は、そっと私の手に重ねられる。
ひんやりと少し冷たいその手は意地悪な言葉と裏腹に穏やかで、握り返すと優しく応えてくれる。



シンさんの車が止められたのは、海岸沿いにそびえ立つ有名な高級ホテルだった。
「ほ、ホテル?!」
「どうした?早く来い」
慣れた様子でロビーを横切って行くシンさんの後をついて行く。

ドアマンもフロントマンもみんな、シンさんが通ると『おかえりなさいませ』と頭を下げる。
「お、おかえりなさいませって…どういうことですか?ここ、有名ホテルですよ?!」
「ここが俺の今の住処だ」
「ってシンさん、こんな高級ホテルに住んでるんですかーっ!?」
「本社に滞在中はいつもココだ。距離が丁度いい。別に驚くことでもないだろう」

そういえば、シンさんは海外を転々としているからずっとホテル暮らしだと言っていた。
普通のビジネスホテルを想像してたんだけれど…でも――

「こ、ここはもしかして…びっぷふろあというやつでは…っ!うまれて初めてお目にかかるんですがっ…」
ホテルマンにドアを開けてもらい、フロントの奥の扉を抜けると、高級そうなフロアにエレベーターが二台備えられていた。

フロアの端のカウンターに制服姿の男の人がいて、おかえりなさいませ、と頭を下げられる。
シンさんは短く返事をしてから、食事をリフトで、と告げると、かしこまりましたとその人はまた深々と頭を下げた。

「あの人はいったい…?」
「このフロアのメインコンシェルジュだ。何か用がある時は頼めば事足りる」
シンさんがカードを差し込んでボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと動き出した。

「エレベーターにカードがいるんですか?!」
「他の人間が立ち入れないようにエレベーターはセキュリティナンバーかカードを入れないとフロアに止まらないシステムになっている。…何をきょろきょろしてるんだ?」
「だ、だって…こんなの初めてで珍しすぎて何から見ていいのか…」
「ぼけっとするな。すぐ着くぞ」
ガラス張りのエレベーターはぐんぐん上がって行って、眼下にライトアップされた街並みがオモチャみたいに小さくなっていく。

最上階でエレベーターが開くと、シックな雰囲気のエントランスが広がっていた。
ホテルというより、本当に広い家みたいなエントランスだ。
贅沢なスペースに、枯山水をモチーフにした和洋折衷のモダンな庭が作られている。

「すごーいっ!私、ペア宿泊券が当たって一度だけこのホテルにお母さんと泊まったことあるんですけど、普通のフロアと全然違いますね!別世界みたい!」
商店街の福引で当てた高級ホテルのペア宿泊券。
あの時もウキウキしながらお母さんと泊まったけれど、その何十倍も素敵な空間に圧倒されてしまう。

「母親と?色気のないヤツだな」
「う…仕方ないじゃないですか。誘う人もいなかったし、お母さんも喜んでたし」
「フン。お前らしいな」
シンさんがフッと微笑んだ。

部屋の中はものすごく広くて今まで見たことも無いくらい豪華で、でもシンさんらしく落ち着いた雰囲気になっていた。
「きゃー!窓がひろーいっ!!海が見えますっ!!ベランダテラスもあるーっ!!」

一番に目にはいった夜景にうっとりしていると、
「ああ。海が見えるのが気に入ってる」
「夜景も良いけどお天気のいい昼間も気持ちよさそうですね!って、うわー!壁にスクリーンがあるぅ!綺麗なシャンデリアがあるーっ!バーカウンターもあるーっ!ちょっとお風呂とかトイレも見学してきていいですか?」
「…はしゃぐな。お前はガキか」
「だ、だって。こんなの見たことないから愉しくて…!!」

ふかふかの絨毯の上をウロウロしていると、シンさんが窓際に添えられたダイニングテーブルを指さす。
「ったく。大人しく座っていろ。腹がすいてるだろう?」
「あ、そういえば…」

ずっと緊張しててそれどころじゃなかったけれど、そう言われた途端にぐぅぅとお腹が鳴る。
「単純なヤツだ」
シンさんがキッチンの脇の小さな扉を開くと、美味しそうな料理が置いてあった。

「えええ!?すごいっ!マジックですか?!」
「アホ。さっき頼んだから届けられてるんだよ」
「その扉に?あっ、リフトって言ってたのって…!」
「コンシェルジュが直接運んで給仕する場合もあるが、リフトでと頼めば小型リフトを使ってレストランからここに運ばれるんだ」
「いたれりつくせり、ってやつですね!」
「そーだな。仕事以外の余計なことに煩わされたくないから、色々と便利だな」
シンさんがスーツのジャケットを脱いでタイを弛める。

テーブルの上には次々と食事が並べられて、グラスにワインが注がれた。
「おいしーっ!」
「お前、ホントに美味そうに食うな」
「だってこんなのナカナカ食べられないですよ!コレはなんていう食べ物ですか?」
「スターレットといって世界一小さいチョウザメから取れるキャビアだ。」
「濃厚だけどやさしい塩味でおいしいっ」
「かつてロシア皇帝や貴族に好まれ乱獲されたことで種の保存のため捕獲禁止になっていたほどの食材だ。」
「へえ〜。あ、それも美味しそう!」
「これか?ほら、食え」
窓から見える夜の海と光の波、美味しい食事とワイン。
目の前には、大好きなシンさん…

幸せな気持ちでいっぱいになって、ずっと夢の中を漂っているみたい――

「ごちそうさまです!おなかいっぱいです!」
料理をすっかり食べ終わってシンさんを見ると、お皿の料理は半分くらい残ったままだ。
「あれ?シンさん、もう食べないの?」
「いや、俺は見ているほうが楽しいからな」
「へ?何をですか?」
シンさんは問いに答えず、空になったグラスにワインをついだ。

「そっか!美味しいお料理食べなれてますもんね!私はこんなに美味しいお料理食べたの初めてですっ」
シンさんはワインを飲みながら、
「それは良かったな」
と優しい笑顔を浮かべた。
「俺だっていつもこんなに食ってるワケじゃない。大体は酒とオードブル程度だ」
「そうなんですか?」
「ああ。今夜は特別だからな」
「あ…あの…そうですよね」
真っ直ぐに見つめられると、お料理で忘れかけていた緊張感が蘇ってくる。


「そろそろデザートが必要か…」
シンさんはグラスをテーブルに置いた。
「デザート?やったぁ!楽しみです!」
最後はどんなデザートが食べられるのかと胸を躍らせていると、不意にシンさんが席を立って、フワリと抱き上げられた。

「えっ…!」
突然抱き上げられて慌てていると、
「じっとしていろ」
顔が近付けられて、ゆっくりと唇が重なる。

「…っん!」
「お前に、じゃない。勿論……俺の為のデザートの時間だ」



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