Novel

□SiriusBoeki
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SIRIUS.BOEKI.@廊下【Shin】

…チッ、俺らしくもない。

食堂に背を向けて歩きながら、たった今自分が取った行動を思い出して俺は舌打ちした。
あんな馬鹿相手に人の多い社員食堂でわざわざ声を荒げるなんて、俺は一体何をやってるんだ。

総務部に顔を出したら、●●はトワと食堂にいると聞かされた。
俺に食堂まで足を運ばせるとはいい度胸だ…と思いながら向かえば、あいつらに囲まれている彼女が目に入った。
よりによってこの間俺に口出しをしてきた、あのナギが目の前に座っている。
俺の知らない処で●●が楽しそうに笑っているのも気に食わなかった。

気付けばイラつきに任せて、俺は●●の腕を取っていた。
その後のナギの、あの挑戦的な視線。

…ったく。
あれくらい、いつもの俺なら冷静に応対してるってのに…あれじゃあ只の横暴な上司じゃねーか。
クソ、みっともねー。
アイツと知り合ってから本当に調子が狂いっぱなしだ。
俺はどうかしている…

「シンさんっ」
呼び止められて振り返ると、
必死で追いかけて来たのか、息せき切って彼女が駆け寄ってきた。
不安げな顔をして俺を見上げている。
その姿に俺は急速に満たされていく。

犬みたいに俺の後を必死について来て。
懸命に俺の機嫌を窺う。

それでいいんだ。お前は俺だけの―――


「昼飯はもういいのか?」
「も、もうお腹いっぱいでしたし…それに…」
「それに?」
「シンさんが、気になったから…」
「気になった?」
「だって、私を迎えに来てくれたんですよね?」
確かに総務部に顔を出したのは、彼女の様子を見に行った為だった。
が、そんなことは口が裂けても言いたくない。

「今日は忙しいと言ってあったのにお前が遅いからだ。気を引き締めろ」
「すみません」
正直コイツが遅れようと遅れまいと開発部の仕事に全く支障はない。
ただ、騒がしいコイツが部屋にいることに慣れてきたせいか、姿を見ないとどうも俺の仕事が乗らない気がする。
それだけのことだ。

俺が廊下を歩きだすと、彼女は少し後ろをついてくる。
気になっていたことを俺は口にした。

「…お前はあのバカと仲良いのか?」
「バカ?ええと…?それはもしかして…」
「営業部のナギのチームのうるさいヤツだ」
「もしかしてハヤテのことですか?ハヤテとは同期なんです。入社式で隣同士だったのでそれからよくからかわれてて…。」

アイツ自身に自覚があるかは不明だが、ハヤテは確実に●●に惚れてる。無自覚で好きな女にやたらちょっかいをかけたがる異性免疫力低いガキのパターンだ。だが●●と距離感が近いところは油断できない。念のため注意が必要だ。

「そういえば、シンさんもナギさんとは同期なんですよね?あんまり話してるの見たことないですけど…」
「昔は同じ部署だったが、特に仲が良いというわけじゃない。俺よりお前の方がナギと親しいんじゃないのか。よくお前の近くにいるのを見かける」
ナギは最も要注意人物だ。アイツ相手じゃ俺も手を抜けない。
ったく、やっかいな男に惚れられやがって…

「へ?ナギさんとですか?い、いいえっ!だっていつも凄い睨まれますし、実は出会った頃に変なこと言ってしまって。だから初対面の印象が悪くて嫌われてるのかなぁと思ったり」
「変なこと?」
「はい。ナギさんって優しく笑うんですね、みたいなことを言ってしまったんです。や、やっぱりイキナリそんなこと言われたら気持ち悪いヤツって思いますよね」
「…ったく、鈍感なヤツだな。」
「え?」
「いや、何でもない。気にするな。ナギは昔からあんな無愛想だ。そういえば俺とお前の出会いもサイアクだったよな」
「そ、それを言わないでください…でもだからこそ余計に、シンさんの事が気になったのかも」
「じゃあ普通に出会ってれば違う関係になったと思うか?」
「…う〜ん。今よりもっと話しかけにくかったかもしれないですけど、でも。やっぱり、きっと好きになっていたと思います」
彼女は少し恥ずかしそうに、微笑んだ。

●●の言葉は、時折俺を戸惑わせる。
駆け引きや計算を含んだ誘惑に慣れていた俺にとって、まっすぐで飾らない感情を渡されることは新鮮すぎて、固く閉じた殻を正面から壊されていく気がするからだ。
そして何故か胸の奥がギュッと締め付けられるような不思議な感覚が湧いてくる。
そのことが俺を、少しだけ素直にさせる。

「そうだな…。どんな出会い方をしても、お前とはこうしている気がする」
●●は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「ハヤテにナギ、それに、いつもお前にくっついてる後輩の男…」
「あっ、トワ君ですか?トワ君はとってもいい子なんですよ!」
無邪気に笑う彼女の鼻の頭をむぎゅっとつまむ。
「いたたっ」
「いい子なんですよ、じゃない。男なんだ。油断してるとどう豹変するかわからねーだろ。お前は俺にこの間、車の中でイキナリされたことを覚えてないのか?ちょっとは警戒しろ」
念を押してから、手を離す。


「だって…あ、あれはっシンさんだったし…」
「俺だったから油断しただけだっていうのか」
「油断というか、嬉しかったというか…」
少し赤くなった鼻をさすりながら、彼女は俺の機嫌をうかがうように言葉を続けた。
「でも何だかシンさん………」
「何だ?」

「シンさん、ヤキモチ妬いてるみたい…」
ぼそりと発せられた言葉に、俺は一瞬目の前が暗くなる。

ヤキモチ?
この俺が…?
まさか。

「…うるさい。自惚れるな」
「ごめんなさい。でも、そうだったら嬉しいなって思ったんです。私ばかりヤキモチ妬いてるんじゃ淋しいですし」
「お前が何を妬くようなことがあるっていうんだ」
「受付の女の子が、シンさんが相手してくれないとか言ってたって訊きました」
「フン。昔の話だ。少し甘い顔をしていれば色々としつこいから、『女が出来た』と教えてやっただけだ」
「あのぅ…その『女』って…私だと思ってもいいんでしょうか?」
「馬鹿か。お前以外誰がいる?」

「だ、だって、シンさんはずっと厳しいし、こないだの告白から後も全然様子は変わらないし、いつ『あれは冗談だ』とか言われちゃうのかと思って」
確かにずっと仕事も立て込んでいるから、●●と過ごす大半が仕事の内容になっている。
「そーだな…」
他に誰も居ない廊下で、俺は出会った時と同じように●●を壁に押し付けて腕に閉じ込めた。

「し、シンさん…?!」
「いつもみたいに厳しいのとは違った関係が欲しいんだろ?」
「わ!あ、あのっ…」
ぐっと顎を持ち上げて上を向かせる。
頬に唇が触れそうなくらい、顔を近づけて――耳元で、囁く。

「そういえばまだ、キス以上をしてなかったな」
言った途端に●●の身体がビクッと震えた。


「ほら、でっでもココ、社内ですしっ!誰か来ちゃいますしっ!」
「来ねーよ」

開発部へ向かう廊下は、ほとんどウチの人間しか使わない。
今の時間は皆、午後の仕事に追われてコンピューターにかじりついている。

「だ…だめですよ…」
「ホントにダメだと思ってるのか?」
「…っ…それはっ…でもこんな場所ではさすがに…」
慌てる●●を見るのは厭きない。

チュッ
ワザと音を立てて軽く耳たぶにキスを落とす。

「ひゃっ…」
●●は小さく悲鳴をあげた。

「俺以外の男と親しくしていた罰だ。それから…俺がヤキモチを妬いてるなんて生意気を言った罰」
唇は首筋を伝って鎖骨に触れる。

「シンさっ…」
「…もっと仕置きが必要だが、今はここまでだな」
その必死な反応に満足した俺は、身体を離した。


●●は力が抜けたように、その場にへたへたと座り込んだ。
「何だ、やはり耳と鎖骨は弱いのか?覚えておいてやる」
「そ、そういう問題じゃありませんっ…うぅ…心臓バクバクしてます…」
苛立っていた感情はすっかり鳴りを鎮めて、今度は穏やかな想いが胸をいっぱいにする。
意外と俺も単純にできてるのかもしれない…ふとそう思って、笑みがこぼれた。

「ほら、さっさと仕事するぞ。早く来い」
「あっ、ま、待ってくださいシンさん…立てないっ…」
「ったく、甘えるな。置いていくぞ。これくらいで腰を抜かしてたらこの先どうするんだ」
●●に手を差し伸べて起こす。

「こ、この先ってっ……ま、まさか?!」
「何がマサカだ。お前は俺の女なんだから当然だろ?今の仕事が一段落したら…覚悟しとけよ」
そう言ってから急に手を離すと、●●は慌てた顔で、またドスンと尻餅をつく。

クックッ。
ホントにコイツは面白い――

俺は上機嫌で開発部のドアを開けた。

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