Novel

□SiriusBoeki
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私…今、わざと水をかけられた…??
意地悪されたうえに、仕返しされた?!
………何、あの人。

見とれるくらいカッコよかったけど…
性格わる…すぎっっ!!
心の叫びを上手く声に出せずに、ぺたんとその場にしゃがみこむ。
心臓が何故かまだ、ばくばくしている。

「具合でも悪いのか?…おまえ…濡れてるぞ?」
座り込んだ私を心配してくれる声が聴こえて、すぐそばにはナギさんが立っていた。
「い、いえっ。大丈夫ですっ」

ポケットからハンカチを取り出して、慌てて拭きながら立ち上がる。
幸いにもボトルの水は少しだけだったから、頭から水をかけられたけど、そんなに濡れてはいない。

廊下には続々と会議に参加する重役が集まってきていた。
あの人、本社会議、しかも主要メンバーが集まるこの部屋に参加するってことはどこかの部署の責任者なのかな?
本社で見かけたことが無いけど、あれだけ目立つ人なら噂になるはずだし、もしかして女の子たちが言っていた海外支社のカッコいい人って…。

ふと視線を感じる。
「…」
「ナギさん?…何か?」
じっと見つめられて、思わず聞いてしまった。
「…いや。●●、お前今度の休み…」
ナギさんが何かを言いかけた時、後ろからハヤテがやってきた。


「ナギ兄!開発部もう着いてるみたいだぞ。ぜってぇ先に入ってやろうと思ってたのに!クソ!時間早すぎだろ!!」
「くだらねーことで張り合うんじゃねーよ」
ナギさんがハヤテをたしなめた。


「システム部のエースだか何だか知らねーけど、受付の女がキャーキャー騒いでてもスルーだし、すかしたヤなヤローだぜ」
「もしかしてその人って…あの窓際の?」
私は会議室を覗き込んで、窓際に座っているさっきの人を指した。

「そっ。ウチの海外支社のシステム開発所属の、シンってヤツらしい」
シン、さん…かぁ。
「なに?まさかお前もああいうのが好みとかいうのかよ?」
ハヤテが睨んでくる。
「ち、違うよっ。別にっ」
そう言いながら視線を会議室に戻すと―――

あ、目が合ってしまった。
ドキンと、心臓が跳ねる。
「アイツ、こっち見てねえ?…てか何かスーツが濡れてねえ?」
シンさんはこちらを一瞥したあと、すぐに手元の資料に視線を戻した。

「ナギ兄、たしかあのヤローと同期だよな?」
「ハヤテ。くだらねーこと言ってないで早く席につけ。会議が始まるぞ」
ハヤテの質問には応えずに、ナギさんはそう言ってさっさと席に向かって歩いて行ってしまった。

仕返しはひど過ぎる!と思ったけど…大事な会議の前なのにスーツを濡らしてしまったのは私が悪いし。高そうなスーツだったし…。クリーニング代出した方がいいかな?すっごい金額請求されたらどうしよう。今月のお給料で足りるかな…
とりあえず、もう一度ちゃんと謝らないといけないよね。
なぜか言い訳するように呟いて、私は会議室を出た。




会議は予定時間通りに終わり、引き続き精鋭のメンバーだけが小会議室に移って、更にミーティングの予定になっていた。
大会議室を片付けようと廊下で待機していると、ぞろぞろと人の波が溢れてくる。
中には焦ったように勢いよく飛び出してくる人もいて、 隅にいたはずなのに、どんっと押されてよろける。

「フラフラするな。また通行人に水をぶっかける気か?どんくせーヤツだな」
よろけそうになった身体をガシッと支えられて、振り返ると、シンさんがいた。

「…ありがとうございます」
「別に礼を言われるようなことじゃねーよ。お前がぼーっと邪魔な場所に立ってるから注意しただけだろ」
シンさんのスーツを見ると、まだ濡れた染みが残っている。
そりゃあ私だってかけられたから、おあいこだけど、この恰好で大事な会議に参加することになってしまうなんて悪いことしちゃったな。
やっぱりちゃんと謝っておかないと気分が悪い。

「あの、さっきは本当にすみませんでした。」
そう言いながら、私は深々と頭を下げた。
シンさんがじろっと私を見下ろして、何か言おうとして、 後ろから来たソウシ専務が先にシンさんに声をかけた。

「シン。お疲れ様。いつもながら、とても斬新で画期的な提案だったね」
「ありがとうございます」
「あれ?●●ちゃんとシンは知り合いなの?」
ソウシ専務は不思議そうに私とシンさんを見比べた。

「そういうわけじゃ…」
そう言いかけると、
「はっはっは!シン、今日からお前、久しぶりの本社勤務だな!頑張れよ!」
今度はリュウガ社長が後ろからシンさんの肩を叩いた。

「ん?総務のビーナスと知り合いか?」
「ビーナス?」
社長の言葉に、シンさんは『どこに?』とでも言いたげに私を検めた。

「いやコイツはな、俺が社長秘書にって誘ってんだが、全然なびかねえんだよ」
「失礼ですが、どう見ても秘書として役に立つと思えませんが?」
初対面なのに…
そ、そんなハッキリ断言しなくてもっ!!
やっぱりこの人、ものすごく失礼だ!

「んなこと言うなよ。こう見えても根性あるヤツだと俺は思ってるぜ?」
「根性、ねえ…」
興味が無さそうにシンさんはため息をつき、ふっと笑う。
は、鼻でわらわれたー!!!

「あのっ!今すごくバカにしませんでした?」
思わず訊ねると、シンさんは『それが何か?』とでも言いたげに見下す。
「さすがリュウガ社長はどんな女でも褒めるところを見つけられるんだと思ってな」
うっ…やっぱりこの人、すごく性格悪い〜〜!!

「がっはっは!根性は大事だぞ」
リュウガ社長は愉快そうに笑ってから、驚くことを言い出した。
「よし!そこまで言うならシン!お前も長い海外生活から戻ってきて色々不便だろ?今のプロジェクトが無事終わるまで、●●をお前の部下につけてやる!」
ぶ、部下って…私がシンさんの?!!

「そうだね。海外からの業務移転立ち上げだし、シンのいる開発部はネコの手も借りたいくらいこれから忙しくなるしね。」
ソウシ専務までもが賛成し始める。
「ちょっと待って下さい。大事なプロジェクトなのでチームメンバーくらい選ばせて下さい」
シンさんが慌てた様子で返す。
「なら他のメンバーは自由に選んでいいぞ。じゃ、俺はこれから世界の美女が土産に持ち寄った酒を堪能するとするか」
「いやだから。こいつはいらないって言ってるん…」
シンさんが言いかけるけれど、リュウガ社長は聞く耳も持たず、ひらひらと手を振りながら去っていってしまう。
「じゃあ●●ちゃん、頑張ってね」
ソウシさんが笑顔で私の肩に手を置いた。
「冗談じゃない!手を貸すどころか足を引っ張る、の間違いでしょう」

む。
シンさんに、そうまで何度もはっきりと断言されると、カチンときてしまった私は―――
「わかりました!!絶対に、『こいつを部下にして良かった』って言わせてみせます!!」
そう、宣言してしまった。



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