Novel

□ShortStory
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【食べたいくらいに愛してる@】


船長が船から降りたった途端待ってましたとばかりに着飾った女達が取り囲む。
その日、シリウス号は昔よく立ち寄った港に停泊していた。

バレンタイン。
『愛』を語る日だからという船長命令で今の俺にとってはかなり気が進まない場所へ船を運ぶことになってしまった。

というのもこの港は――

「シン様〜!シン様だわ!お久しぶりです!」
「シン様、私の事覚えてますか?私はあの夜から一度も貴方を忘れられなくて…」
「バレンタインだから立ち寄ってくださったんでしょう?今夜は誰をお選びになるの?」
「私を選んでくれたら特別サービスするわ」
「ちょっと何シン様に気安く話しかけてるのよ!アタシの方が先にシン様を知ってるんだからね!」
「ずうずうしい。ちょっと一回相手してもらっただけでしょ?」
「何よ!あんたなんて一度お酒ついだだけでしょ?私なんて肩抱かれたことあるわよ!」

……。

商売女が多く、船長と共に夜通し遊んでいたこともあった俺には懐かしくも煩わしい港だった。
あの頃はけばけばしく着飾った女達が本能剥き出しで派手にやり合う所をそれなりに愉しんでいた気もしたが、久しぶりにここに来てみると何もかもが違った景色に思えてくる。

「ここはいつ来ても美人が多くて良い眺めだな!なぁ?お前ら」
船長は上機嫌で船員全員を見廻した。
確かにこの港は色街で栄え、美人も多いことで有名だった。

トワやハヤテは女達に囲まれ、緊張気味に相手をしている。
ナギは興味もなさそうに突っ立っているが、遠巻きにナギに熱っぽい視線を送る女は数多くいた。
ソウシさんと船長は慣れた様子で笑顔を振りまき、それなりに楽しそうに見えた。
「今夜は朝まで酒と女だ!」
船長が上機嫌で女達を侍らせ、酒場へと向かっていく。

海賊王率いるシリウス海賊団は金にも女にも不自由しない。
港に降りれば嫌という程女は寄ってくる。
それは有名な話で、シリウスに入りたがる海賊連中は今でも数多くいた。

――その有名なシリウス海賊団に。

「シンさ〜ん!食堂のモップ掛け終わっ…あっ!」
慌てて駆けてきて、何もないところで足をもつれさせて転びそうになるマヌケな女。

「何やってるんだ。どんくせーな」
その華奢な身体を支えると、気の抜けた笑顔が返ってくる。
「あ、ありがとうございます!」
コイツが天下のシリウス海賊団の一員…そして俺の女だということを知っているヤツは多くない。


「ちょっとシン様。その小汚い小娘なんなんですか?」
「モップ掛け?どこかで買われた奴隷?泥だらけじゃない。汚いわ〜」
突然現れた●●に、女達は敵意を示す。
「えっとさっきまで掃除してたから…やっぱり汚れてますかね?うーん。これじゃあ港に降りちゃだめかなぁ」
●●は自分の衣服を見てから、汚れのついた顔をごしごしと擦った。
あからさまな敵意を向けられながらも、物ともしない鈍感ぶりは実にコイツらしい。

「フン、馬鹿か。更に汚れたぞ」
俺は胸元のクラバットを外し、●●の顔を拭った。
「ぶっ。し、シンひゃん…いたっ!そ、そんな強く擦ったら痛…ぶっ」
犬みたいに必死に反応するのが一々面白くて、つい汚れてもいない所までくしゃくしゃと擦ってやる。


「し…シン様が笑ってらっしゃるわ…はじめて見た」
「あの小娘ほんとうにナニモノなの?!」
「親しすぎじゃない?船から出てきたみたいだし…」
ざわざわと女達が騒ぐなか、

「シンに女が出来たって噂は本当なのね」
覚えのある声が響き、女達の後ろから懐かしい姿が顔を出した。
「…久しぶりだな」
昔、少しだけ馴染みにしていた女だった。
この港の宝玉だと呼ばれ、稀な美貌と豊満な肢体、透き通った声で男達を魅了したその艶姿は全く衰えてはいない。
特別思い入れがあったワケじゃなかったが、他の男が欲しがる宝を手に入れたかったことと、他の女ほど面倒じゃなかったから一度だけではなかった。それだけだった。名すらも覚えてはいない。
「シン様の女って、この小娘が?」
「まさか!」
周りの女達が嘲笑に混じって口々に騒ぎ出す。

俺は●●の肩を抱き寄せた。
「ああ。そうだ。コイツは俺の女だ」
女達は悲鳴をあげ、倒れそうになるヤツも出てくる。

「そんなのが趣味だったのね。全くシンに釣り合ってると思えないけど?」
馴染みだった女は顔を歪めて呟いた。
怒りのこもった声は俺を責めるように投げかけられる。

「フン…●●、行くぞ」
俺は●●の手を引き、船長達の向かった酒場へ足を向ける。
「あ、待ってください。私汚れてるから着替えて…」
そういう●●越しに、バケツを持った女が立っているのが見えた。

バシャ―ンッ

勢いよく水が飛び散り、ガラガラと鈍い音を立てて錆びたバケツが地面に転がる。

「…シン、さん…」
●●が背中から恐々声をかけてくる。
「あ…手に血が…」
バケツを払った際に指を切ったのか、指先に血が滲んでいた。
そして俺の髪はずぶ濡れになって水を滴らせ、僅かにはねていた。


「シン様…ご、ごめんなさい!まさかシン様に当たるなんてっ」
バケツを投げた女が怯えた様子で俺を見上げた。
「誰に当てようとした?」
俺の声が低く鋭いものになったことに気付いたのか、女はガタガタと身を震えさせる。
「そんなつもりじゃ…」
「コイツは俺の女だと言ったところだ。それを知ったうえで汚ねー雨水の入ったバケツをぶつけるつもりだったなら、海の藻くずにされても文句はねーよな?」
「ひっ!わ、わたし…その子が汚れてて、水を掛けて綺麗に…」
「そうか。ならお前もかぶったらどうだ?綺麗になるぞ」

「ま、待ってくださいシンさん!あの…シンさんの手当しなきゃ!ほ、ほら。船にいったん戻りましょう!」
●●が慌てた様子で俺の服を引っ張った。
「…チッ」
俺は女から離れ、背を向けた。
「仕方ねーな」

ほっとした様子の●●と一緒に船に戻ろうとして、背後から馴染みだった女の捨て台詞が投げられる。
「ずっと待ってたのに…そんな女の言うなりなんて貴方らしくない。つまらない男になったわねシン」
船に戻る手前で届いたその声に、俺よりも●●の手が震えたことを、俺は見逃さなかった。


「何暗い顔してるんだ」
「えっと…えっ?」
「脱げ」
バスルームで俺は濡れた上着を脱ぎ、ぼうっとしたままの●●の服に手をかけた。
「もしかして一緒に…?」
「貴重な水だ。二人纏めて洗った方が早いだろ」
「ええっ!」
「今更驚くことか?」

「あの…シンさん…さっきの人…」
「バケツの女か?」
「ううん。そうじゃなくて最後に話しかけてきたすごく綺麗だった人…」
「ああ。アイツか」
「昔…付き合ってたんですか?親しげだったから」
なるほど。
それでコイツは暗い顔をしているのか?

俺は●●の頬を両手で挟んだ。
「確かに過去に少し遊んだ時期もあったが、付き合ってはいない。名前も憶えてねーよ」
「がーん。やっぱり遊んだんだ…」
ぶつぶつと小さな声で●●は呟く。
「遊んだって、私が弟と今日は何して遊ぶ?っていうアレじゃないよねきっと。いろんな大人の事情の…」
「何ぶつぶつ言ってるんだ。付き合ってないって言ってるだろ」
「でも…」
「俺は女と付き合ったことはない」
「うそっ!だってシンさんすごくモテますし、さっきもあんなに沢山女の人がよってきてましたよ!」
「言っておくが自分の女にしたのはお前が初めてだ」

「シンさん…シンさんって根っからの女の人泣かせなんですね…」
「何だと?」
「だって女の人は真剣にシンさんを好きだったのに付き合ってないとか名前も憶えてないとか」
「なら、あいつら全員と付き合ってたと言えば納得するのか?」
意味がわからん。お前が特別だと言ってるじゃねーか。なのに何故まだ暗い顔をする?

「…っ違います…けど」
「何だよ。もう黙れ」
強引にキスをしようとすると、●●は顔を逸らした。
「ほう。俺のキスを嫌がるとはいい度胸だな」
「い、嫌がってません!…けどっ…ごめんなさい。私のせいでシンさんが悪く言われちゃったし」
「悪く?」
「最後の…」
「ああ。あんなこと気にするな」
「…」
コイツと恋人同士になってから、船長やドクターに散々俺は変わったと言われている。
確かに頭の中に花畑が生えてしまったことは認めざるを得ない部分もあった。
こうして●●と向き合っている時は猶更それを強く感じる。

「確かに、ツマラナイなんて言われたのは生まれて初めてかもしれねーな。お前もツマラナイ男だと思うのか?」
●●は勢いよくブンブンと首を振った。
「そんなわけないです!シンさんは私には勿体ないくらいすっごく素敵で!私はシンさんといるのが一番嬉しくて、楽しくて!」
「ならいいだろう。俺は今の自分を気に入ってる。何も知らない女にどう言われようと気にするな。俯いてるヒマがあるなら俺の身体を洗えよ」
「え゛」
「当然だ。お前の代わりに泥水被ったんだからな」
これは単に●●に触れてほしいだけの俺の言い訳だった。
「隅々まで丁寧にな」
「は、はい…!」




バスローブを羽織りシャワールームから出る。
「あ、シンさん!食堂に…行きませんか?」
「食堂?」
「えっと、バレンタインなのでチョコケーキを作っておいたんです」
数日前からコソコソしていたのは知っていた。
ヤマトの女はバレンタインに好きな相手にチョコレートを贈るという風習を教えられてから、いつもこの時期は隠し事が下手なコイツのサプライズに微笑まされることになる。
「リキュール入りか?」
「はい!沢山ラム使いました!」
「よし上出来だ。受け取ってやる」
このやり取りも、もう慣れたものだ。

食堂に入ると、ワインボトルとチョコレートケーキ、キャンドルまで用意されている。
「酒場に行っている間にって皆さんに協力してもらったんです」
数日前からソワソワとキッチンに出入りしていたから、こんなことだろうとは思ったが、どうりで今日は皆俺達に構いもせず、さっさと酒場へ行ったわけだ。
「ワイン開けますね!あとケーキも!」
普段甘いモノは無駄に取らないが、●●の作ったケーキを俺が意外と食うからか、よく焼くようになった。
最近は好みもわかってきたのか、リキュールが多めで程良い甘さになっている。

切り分けられたケーキを一口食い、ワインを流し込む。
「美味しいですか?」
「ああ」
じっと俺の様子を見ている●●に、
「お前も食うんだろ?」
「えっ!いいんですか?」
「ってどう見ても俺一人で食うデカさじゃねーだろ」
「へへっ。このカカオ、こないだの港で奮発して買ったとびきり美味しいのなんで食べたか…んっ…」
●●を引き寄せ、唇を重ねる。
「早く食わせろ」
「…なに、を?」
「わかってて誘ってるのか?」
高級なカカオよりも俺が欲しているものは癖になるほどもっと、とびきり甘い。
絡んだ舌先が待ちきれず膨らみはじめた熱を奪う。

シリウス号に二人きり。
いつになく性急な気分で、●●のローブを剥ぎ取る。
こんな好機にノンビリと我慢できるはずなどない―





「さて。船長たちの所へ行くか」
「え?」
食堂から廊下で、そしてベッドで。
すっかり味わい尽くした後、部屋に用意していたドレスを●●に渡す。
「これは…?」
「お前の国は女が愛を伝える日らしいが、男からプレゼントを贈る国もある。俺の気まぐれだ。受け取っておけ」
「い、いいんですか?!」
ラベンダーブラックのフリルドレスは大人過ぎず露出も程よく●●の白い肌に映える。
「後ろを向け。着せてやる」
「はいっ!緊張します」
ドレスの紐をしめながら、首筋に残った堪能のアトに口づけると、●●はびくっと身体を震わせた。
「もう一度脱がせたくなるな」
「あの…」
●●の髪を整え掻き上げると、色付いた耳が視界に入り、思わずガブリと耳朶を噛む。
「っ…」
「食い尽くしたくなるほど、愛してる」
「シンさん…」
●●は振り返り、真っ直ぐに俺を見つめた。そして幸せそうに微笑む。
「私もシンさんを愛してます」

背中越しの俺の告白と対称的に、●●の言葉はラッピングもされずに剥きだしで俺のなかへと落ちてくる。
食っても食っても欲しくなるのに、他に何も必要ないほど空腹は満たされる。

だから、溺れている――









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