Novel

□ShortStory
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それはとある街にシリウス海賊団が立ち寄った時。

「恋人同士が多い街だね」
ソウシさんが周りを見廻していった。
「カップルばっかりですね!」
トワ君も不思議そうに見廻す。
「…俺ら浮いてねえか?」
ナギさんが居心地悪そうに言う。
「がっはっは!この<アムール>の街は何でも恋人同士が永遠の愛を誓う街だそうだ!」
船長の言葉に、
「わぁ〜!素敵ですね!」
トワ君だけが顔を赤らめて街の様子を嬉しそうに眺めた。
「物資補給って用がなきゃ、ぜってー寄らなかったよな」
ハヤテさんは興味なさそうに言った。

愛の街かぁ…
ちらりとシンさんを見てみると…
あ、目が合った。
けれど、
「くだらねー」
とだけ言われ、そっぽを向かれてしまう。

「んなこと言うなよシン。お前と●●はせっかくだから街を探索してきたらどうだ?」
船長がシンさんの肩をポンポンと叩く。
「船長。そんな暇があるなら傷んだ船の修理が出来そうな職人を探しに行きます」
「それはハヤテとトワに任せとけ」
「げっ!何でオレ」
ハヤテさんが露骨に嫌そうな顔をして、
「コイツらに任せておいたら使えねー船大工しか探してこないので」
そう言ってシンさんはスタスタと行ってしまう。

「はは。素直じゃないね」
ソウシさんが笑う。
「あれはもう少し行ったところで絶対にお前を待ってるな」
ナギさんにぽんっと肩に手を置かれる。
「ですよね!シンさんは●●さんが自分についてきて当然って思ってますもんね!」
トワ君が言うと、皆が頷く。

「おい●●。お前、シンのいう事ばっかり聞いてねーで、たまにはあのスカした態度に『ムカつく!』って言ってやれよ?」
ハヤテさんが何か恐ろしいことを言っている気がする…。
「い、言えませんよ。別に私は怒ったりしてませんし…」
「まぁでも、ハヤテのいう事は一理あるな。たまには冷たくされるのも燃えるってもんだぜ?」
船長の言葉にドキッとする。
「まぁ…手に負えねえくらいのが面白いよな」
ナギさんの意外な言葉に驚いていると、
「お、さすがナギ。わかってるじゃねえか」
船長がにやりと笑う。

ナギさんまでそんなことを言うなんて…
そんなものなの…?
冷たく…?!
私にできるのかな…

「そーだそーだ。ためしに『大嫌い』って言ってやれ」
「ハヤテ。それは絶対面白がってるだけだろう?●●ちゃん、無理しなくていいんだよ。君とシンの関係性っていうのは二人にしかわからないことなんだから」
ソウシさんに励まされて、私はとりあえずシンさんの後を追いかけた。

「ついてきたのか」
…シンさん、やっぱり待ってくれてた?
ずっと先に行ったと思ってたのに、角を曲がった少し先でシンさんは立ち止まっていた。
シンさんの背後にある看板には、恋人達の伝説スポットはコチラと矢印がでかでかと書かれていた。
「言っておくが、俺はこの街の愛だの何だのスポットには全く興味が無い」
「…は、はい」
予想通りの言葉だなぁ…
「とりあえず船大工を探しに行くぞ」
「はい。あ、あの…でももし船大工さんを早く探せたら、ちょっとだけ街を散歩してみませんか?」
意を決して申告してみる。

「何故?」
う…思いきりシンさんの眉間に眉間にシワがよってる。
「な、なぜって…恋人同士の街って言ってたし…せっかくだし…」
「宝があるなら考えないでもないが、どうせ商業的な観光スポットしかない。行くだけ無駄だ」
「無駄じゃないかもしれないじゃないですか。行ったら意外と楽しいかも…」
「しつこいぞ」
…う。そんな言い方しなくたって。
黙り込むと、シンさんは構わず歩を進めようとする。
「お前は黙って俺についてくればいいんだ」
いつもなら何てことの無い言葉。
けれど何故か今日は――


「…らい…です」
「何だ?」
「シンさんなんて大嫌い…ですっ!」
私はそれだけを言い捨て、その場から走って立ち去った。


はぁ…はぁ…
言っちゃった。
『大嫌い』なんて初めてかもしれない。
シンさん怒ったかな。
もう口聞いてもらえなかったらどうしよう。
「…ってダメダメ!たまには冷たくしたほうがって船長も言ってたしっ!…」
でも、本当は全然大嫌いなんかじゃないのに…
「何であんなこと、言っちゃったんだろう。みんなの所にも戻りづらいしなぁ。仕方ない。一人で街を見てみようかな…」


アムール、と名付けられた街には、やはりどこを見ても寄り添って歩く恋人ばかり。
大きくため息をつくと、露店のおじさんに声をかけられる。
「可愛いお嬢さんが一人でこの街を歩いてるなんて奇妙なこともあったもんだな。これ食べるかい?」
大きなハート型のクッキーを渡される。
「好きな相手と一緒に食べると愛が実るってクッキーだよ。特別にプレゼントしよう」
「あ、ありがとうございます!」

「…いつからか恋人の街なんて呼ばれるようになったが、物珍しさにやってくる観光客ばかりでね。最近は商売色が強くなって住民同士の諍いも起きている。何のための『愛』の街なんだかな。元々この街は住民が皆仲良くて夫婦になっても幸せに暮らす者が多かったから『愛』の街だと言われるようになったってのに」
「そうだったんですね」
「ああ。世界中どこにいたって自分のなかに確かな『愛』さえあれば揺るぎはしない。アムールの街であってもそうでなくてもね。クッキーは表現するための一つの手段に過ぎないんだよ」

手元のクッキーを見つめる。
「君にはそのクッキーを一緒に食べたいと思う大切な相手はいるか?」
その質問に迷わず答える。
「はい。います!」
「そうか。それは幸せなことだね。思う存分大事にすればいい」
「ありがとうございます!大事に…します!」
精一杯言うと、おじさんは笑顔になった。
落ち込んでいた気分が温かくなる。
こういう温かい人たちが沢山いるから、ここは愛の街って呼ばれるようになったんだ…きっと。


クッキーを持ったまま、元来た道を駆け戻ると、遠目にシンさんの姿を見つけた。
「シンさ…」
手をあげて近づこうとすると、
「絶対許さないからっ!!」
女の人の叫ぶ声が聴こえて、目の前のカップルの女性が刃物を振り上げた。
「どけっ!」
男の人にドンっと突き飛ばされて、よろけた途端、女の人の持っていた刃物が私の目の前に―――



「あれ…?痛く、ない…?」
恐る恐る目をあけると、刃物の柄部分だけを持った女の人が呆然と立っていて、
男の人は腰を抜かせて地面に座り込んでいた。


シンさんの銃口から硝煙があがっている。
ぼうっとしていると、シンさんが駆け寄ってきて――気付けば腕の中に閉じ込められていた。

「ったく…無事で良かった」
小さく呟かれた声はいつもみたいに余裕のあるシンさんの声じゃなくなっていて、本気で心配してくれていることを身体中に教えてくれる。
地面に落ちている割れた刃を見ると、怖ろしさで身体が震える。
そっか。
シンさんが刃物部分を銃で吹き飛ばしてくれたんだ…

シンさんは泪を流しているカップルを見つめ、
「他人を巻き込むな。俺の女に何かあったら容赦しない」
と睨むと、二人はヒィッと声をあげ、抱きあうようにして走り去っていった。

「あ…クッキーが割れちゃいました」
地面に落ちてしまったハートのクッキーは無残な姿になっていた。
「一緒に食べると愛が実るってもら…んっ」
言いかけた言葉は、ぐいっと顎を持ち上げられてキスで塞がれた。
「…っ!はぁ、し、しシンさんっ?!ここ外ですよっ?!」
「だから?」
「だからじゃなくって!そ、外だからっ」
刃物まで登場した痴話ゲンカ、そして銃声に集まってきたカップルを含めた周りの人たちが揃って皆こっちを見ている。
「…や」
「『や』じゃねえ」
シンさんの唇がまた近付いて、抵抗する術もなく更に深いキスが落とされる。

「俺の事を『大嫌い』だと言ったな?」
「え?い、イイマシタ…ケド」
「もう一度言ってみろ」
「へっ?!そんなこと…んっ」
口を開こうとすると、またキスで塞がれる。
「これじゃ何も言えなっ…」
唇が離れると、シンさんの瞳に真っ直ぐ射抜かれる。

「お前が俺を『大嫌い』だなんて言っていいと思ってるのか?」
「…あの、怒ってます…よね?」
思わず聞いてしまうけれど、その問いに対してシンさんからの返事はなく、
「お前に俺を『嫌い』だという権利はない。当然離れる権利もだ。」
横暴だけど、ひどくシンさんらしい、いつもどおりの無茶苦茶な答えが返ってくる。

「お前が何と言おうとどう思おうと、俺にとっては問題じゃない。俺はお前を手放すつもりはないからな。理由は一つ。俺がお前を必要としているからだ」
「そ、それは…私が嫌いだと言っても、シンさんは嫌いじゃないってこと…?」
「で?お前は俺が『大嫌い』なのか?」
「き、嫌いじゃないです…」
「それじゃ足りねーな」
「だ、大好き!!ですっ!」
チュッと再び軽くキスがされて、それからシンさんは何かを思いついたように顔を離した。

ヒュウッと口笛が吹かれて、周りにいた人たちから何故かパチパチと拍手が起こりはじめる。

「うわ!すっごい見られてましたよっ?!や、やだ。シンさんっ…」
恥ずかしさに顔から火が出そうなくらい熱くなる。
「なら――」
シンさんが手を引く。

「に、逃げるんですか?」
「馬鹿。クッキーを買いに行くんだろ?」
「え?い、いいんですか?!」
「またアイツらのしょうもない冷やかしに乗せられて、お前に『大嫌い』だと言われたら気分が悪いからな。時々は優しくしておいてやる」

ぜ、全部ばれてた?!

「まぁ…少しくらいは効いたかもな」
「今なんて…」
「冗談だ。お前が俺に心底惚れてることは充分わかってるからな」
「…じ、自信満々ですね…」
「違うのか?」
「違わないですケド…」

何か悔しいなぁと思いながらも、完全降参の気分になる。
やっぱりシンさんにはかなわないや。

「シンさん!大好きですっ!」
笑顔で改めて伝えると、シンさんはハッとした顔になり、僅かに頬を染めて目を逸らす。
あれ?
「馬鹿かお前は」
「わーい!その言葉久しぶりに聞きました!」
「喜ぶな」

私はシンさんに手を引かれ、幸せな気分で『愛』の街を駆け抜ける。



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