Novel

□ShortStory
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【食べたいくらいに愛してるA】


ツマラナイ男、なんて本心じゃなかった…

『シン様に女が出来たらしい』という噂が女ばかりの港町を駆け巡っていたけれど信じていなかった。
彼に愛や恋といった言葉は厳禁で、むしろ嫌っていたように思っていたから。
世界を旅するシンに釣り合うように、みっともない愛情の押し付けはしないと決めていた。
数年ぶりにこの港にやってきたシンに女の子達が色めき立ったとき、もしかしたら私を思い出して会いに来てくれたのかもと淡く期待をしたのに。

初めてこの港にシリウス海賊団が訪れた日を今も覚えている。
親の借金で色街に売られ、早くここから出て行きたくて上客になってくれそうな海賊王がいる海賊団に私は近づいた。
宝玉だとチヤホヤされた容姿を武器に初めは海賊王に取り入ろうとしていたけれど。

シンを見た瞬間に―その美しさに心を奪われてしまった。
だから彼が私に目を止め、
「へえ。イイ女だな」
と言ってくれた時は天にも昇る気持ちだった。

どの子に対しても変わらず氷のように冷たかった彼は、いつも淡々としていてまるで本心を覗けなかった。
この街の女の子達はこぞってシンを悦ばせようと、皆必死だった。
私は特別何かが出来るわけじゃなったけれど、歌声には自信があったからシンが訪れている時期は進んで酒場の舞台に立った。
彼はここに立ち寄る度、お酒の相手に私を選んでくれるようになった。それが私の誇りで…
借金が無くなった今でもこの街に留まっていたのは、またシンに会えると思っていたから。
そのために待っていたのに――

あの、女の子。

彼女を見るシンの瞳は、かつて此処に訪れた彼と全く違う。まるで別人だった。
あんな表情、一度も見たことない。
どれほど望んでも手に出来なかったシンの心を、彼女は持っている―
女の直感で痛いほどそれがわかった。
嫉妬でどうにかなりそうで、抑えていた嫌な言葉を私は放った。
長く積み上げたプライドは無残に砕け、酷い言葉を投げたのは自分なのに、背中越しにシンに同情されたように感じた。

「よお。宝玉が一人か?ちょうどいい。相手しろよ」
酒場の路地裏でぼんやり考えていると、ガラの悪い恰幅のいい男が絡んできた。
こんなことは慣れっこだけど…
「ごめんなさい。今日は気分じゃないの。またにして頂戴」
通り過ぎようとすると、手首を掴まれる。
「お前の気分はどーでもいいんだよ。商売女だろ?」
「離しなさいよ。この街で売り物に乱暴すればどうなるかわかってるんでしょうね?」
有名な色街で無粋な真似をした男は、二度と足を踏み入れられない程酷い罰が待っている。
「わからねーな。俺が相手しろっつーんだから黙って従えばいいんだよ」
「…っ」
振りほどこうとしてもビクともしない…
ぎりぎりと手首を締め上げられた、その時――

「は、離してくださいっ!」
声が響き、あの女の子がこっちを睨んでいた。
「い、嫌がってるじゃないですか」
「うるせえ!ガキは引っ込んでな。俺はこの上玉に用があるんだ。買ってやるっていってんのに」

女の子はキッと決心したように男を睨む。
「あなたが離すまで引っ込みません!」
「嬢ちゃん。脚が震えてるじゃねーか。怖いならほっとけ。それともお前が先にヤラレてーのか?俺はちんちくりんは好みじゃねえが満足させてくれるんだろうな?」
男がにやりと笑って、女の子に近づくと同時に、私の手首を締めていた腕の力が緩む。

彼女を捕らえようとした男の腕をかわして、
「えいっ!」
信じられないことに、女の子は大きな男の股間を蹴りあげた。
「いてえっ!」
反撃されるなんて考えもせず油断していた男は低いうめき声をあげる。
「に、逃げて!走って!!」
彼女はこっちを見て叫んだ。
「え?!」
ビックリして戸惑っていると、
「早く!」
「こんなの慣れてるから放っておいて…」
「無理ですっ!だって怖い人に絡まれるのに慣れるわけないもん!ほら、逃げましょう!」
彼女は私の手を握る。

痛みに耐えた男が怒り狂った表情で、
「こんな真似してタダですむと思ってんのか、このガキ!思い知らせてやる!」
「やっ…!」
男の手が伸びて彼女のドレスを掴み、肩のフリルがビリッと破ける。

パンッ

銃声が響き、男がまた呻き声をあげた。
「俺のものに汚い手で触るな」

シンが立っていた。
「シンさん!」
ホッとした様子で女の子が叫んだ。
彼女のドレスを掴んだ男の手はシンが撃った銃弾が引きはがしていた。

「いてえ!いてえよ〜っ」
「大げさなヤツだな。皮一枚で済ませてやっただろう?」
男の手からは血が滴っているけれど、シンの言うとおり傷はさほど大きく無いようで、指も無事だった。

「お前は…シリウスのシンか!」
「ほう…俺の事を知ってるのか?」
「そうか…お前は昔宝玉の上客…だから俺の邪魔をするんだな…」
「それもあるが、俺が用があるのはそっちのチンチクリンだ」
「がーん。シンさん、今チンチクリンって言った…」
「クソガキ!お前はシリウスのシンの…妹か?」
「妹じゃないです!こ、恋人です!」
「嘘つけ。お前みたいなガキがシリウスのシンの女なワケないだろう。コイツはどの港でも女を選り取り見取りな野郎だぞ」
「知ってますけど私が恋人なんです!」
「マジか…欠点の無い男だって聞いたが、女の趣味が変だったんだな」
「ちょっと!チンチクリンって言うのも失礼だけど、シンさんの趣味が変なんて言わないで下さい!私は絶対今にチンチクリンじゃなくてグラマー美女になるんだからっ!…多分!」

「ぷっ」
シンが思わず吹き出し、クックッと声をあげて笑う。
こんなふうに笑うシンを初めて見る。

「あまりその女を怒らせるなよ。そいつもシリウスの一員だからな。それに俺の女だ。それ以上ムカつく真似をするなら、次は皮一枚じゃ済まないが覚悟はあるのか?」
「ヒッ!冗談じゃねえ!」
男は慌ただしく逃げ去って行った。

「●●」
シンは彼女の名を呼び近寄る。
「シンさん…いだだだっ」
そして思い切り頬を引っ張る。
「手洗いに行くと行ったきり戻ってこねえと思ったら、またお前は俺のいねーところで危ない目に遭いやがって」
「すびばせんっ!でもあの男の人が乱暴しててっ」
「ここであんなことはしょちゅうある。コイツもあしらい方くらいわかってる」
「わかってますけど…女の人だし怖くないなんてことないと思うんです。だから見ないふりは出来ませんでした…」

「シン…」
思わず声をかけると、シンは黙ったままこっちに視線を移した。
それから、ぽんと彼女の頭を撫でる。
「まぁ…シリウスの掟を守ったことは褒めてやる。ファジー直伝の護身術も今回はたまたま効果あったようだしな」
「えへへ。私強くなりましたか?」
「調子に乗るな馬鹿。心配をかけるなと言ってるんだ。俺から離れるな」
「あ、えと。はい!」
シンは愛しげに彼女を見つめる。
そして私を見て言う。
「もしまたあの男が絡んできたら、俺が容赦しないと伝えておけ」

必要以上に他人を気をかけるなんてシンらしくない。
けれど今の彼にとってそれが自然な行動なんだと感じた。
世の中の全てと深く関わりを持つことを拒否していたような過去の彼は、もうどこにもいなかった。

「素敵なドレスね」
私は彼女に声をかけた。
「え?有難うございま…あ!わあっ!シンさんゴメンナサイ!せっかく貰ったのに…破けちゃってる!どうしよう!絶対これ高かったですよね…!」
慌てる彼女を見て可笑しげに笑うシンに見とれていると、目が合う。

本当に、ただ一人の相手を見つけてしまったのね…

「完敗だわ。元々勝負にもならなかったんでしょうけど」
着けていたショールを彼女の肩にかける。
「酷いことを言ったのに、助けてくれて有難う」
「いえ!そんな!私は何も出来なくてシンさんが…」
「ううん。身をかわして男に蹴りを入れたのは凄かったわ。さすがシリウス海賊団ね」
彼女は嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。

「着ていない新品のドレスなら沢山あるから、是非プレゼントさせて?」
「え?!いただく理由なんてないし悪いです」
「いいの。たった今、この街を出ていくって決めたから、もうあんな豪華なドレスは着ないでしょうし」
私がそう言うと、シンが彼女の身体を引き寄せた。
「チンチクリンのコイツじゃ、この街の女のドレスはサイズが余って着れねーだろう」
「し、シンさん!またチンチクリンってっ…き、着れるもん」
「見栄をはるな。お前のサイズは俺が一番よく解ってる。それにお前、派手なドレスで航海は出来ないだろ」
「あ!そうですよね。本当にたまにしかドレスを着る機会ないから…嬉しいけどやっぱり辞退します!」
着飾っていなくても破れたドレスを着ていても、彼女は変わらず美しい。
シンの瞳がそう言ってるように思えた。

「●●さーん!シンさーん!船長が呼んでますよ〜!」
シリウスの男の子が二人を呼びに来る。
「はーい!シンさん、先行ってますね」
彼女は元気に返事をして店内へと戻っていく。
シンはふと足を止め、こちらを向いた。
「最高の女だろう?」
悔しいけど…
「そうね。お似合いだわ」
今度は心からそう告げた。
あんなに毒気を抜かれる子は初めて。

シンは思い出したかのように私の名を呼んだ。
「イイ女なんだから幸せになれ」
その言葉に、思わず涙が頬を伝う。
フッと微笑むと、シンは足早に彼女の後を追いかけていった。

「酷いわ。もっと好きになってしまいそうじゃない。」
小さくなるシンの背に、聞こえないくらいの小さな声で私は一人呟いた。





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