Novel

□ShortStory
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「何が妹だ…バカか」

甲板に佇んでいたシンに声をかけようと近づくと、独り言が聴こえる。
いつもは人の気配に敏感なのに、こんなに近づいたことにも気づかないなんて余程悩み事があるらしい。

まぁ、シンが悩むことと言えば彼女…そう、この船唯一の女性でシンと同室の彼女のことしかない。

「チッ、妹なんかじゃおさまらねーよ…」

もしかして彼女に対して『妹』だと言ってしまったんだろうか。


「妹?シン、妹がいたの?」

ハッとした顔でシンは振り返った。

独り言を聞かれていると思わなかったんだろう。
バツが悪そうに、目を逸らす。

「険しい顔でさっきから思い悩んでいるようだから声をかけそびれたよ」

立ち聞きするつもりは無かったんだけど、切なげな顔をして海を見つめるシンは珍しかった。

シリウスの全員が既に彼女の存在を受け入れている。
ううん、もう彼女なしでは考えられないくらい大切な仲間になっていた。
他のメンバーはそれを認めつつあるが、何故かシンだけは頑なに否定を続け、自分の感情を抑え込もうとしている節があった。

彼女を海賊の世界に引き込みたくないんだろうが、それは今の彼女は望んでいない。
互いに大切に想っているはずなのに、すれ違っている想いが二人に暗い顔をさせることがあった。今日はそういう日なんだろう。

もともと私達とも距離を置きたがる、少し冷めた様子で何かを抱えて生きてきたような印象のシンだけれど…彼女に出会ってからは、色んな表情を見せるようになった。

きっとそれが、本来の彼なんだろう。


「妹なんか、いませんよ」

「そう?私の聞き間違いだったのかな」

そうやって少しむきになる所も、まぁハヤテとの言い合いでもそうだけど、特に彼女のことになると顕著だって気付いているんだろうか?


「以前、彼女は船を降りた方がいいって私は言ったよね?」

話を切り出すと、シンは警戒したように小さく返す。

「ええ。俺も賛成しました」

「そうだね。けれど今は私もよくわからなくなってきてるんだ」

「…」

「彼女が来てから皆の雰囲気が明るくなったしね。ほら、イキイキしてるっていうのかな。ハヤテは更に強くなろうと努力をするようになったし、トワも逞しくなってきてるだろう?ナギも彼女に喜んでもらおうと新しい料理を覚えることを愉しんでるし。船長も彼女が言えばちょっとだけお酒を控えるようにもなったしね」

私も女性を本当に好きになるという感情に気付かされたし、きっとシンもそうなんだろう。

「だからずっとこのままで、と願う気持ちが強くなってきてるかな」

出来れば私の側で…と願いたいが、誰がどう見ても彼女が慕っているのはシンだと気付かされる。
そして彼女を見ていれば見ているほど、本気でシンの側にいたいと想っていることが伝わってくるから仕方ない。

「ええ…わかります」

シンは観念したのか苦しそうな表情で、そう吐きだした。

「でもシンが一番変わった気がするね」

「…そうですか?」

「ほら、そういう表情が変わったと思うよ。シンの見たことないような行動や表情を見る機会が増えた気がするね」

「俺はそんなに変な行動を取ってるつもりはありませんが」

「ふふっ。変だって言ってる訳じゃない。でもブツブツ言いながら険しい顔をして悩むシンなんて、そうそう見れるものじゃないから新鮮だと思うけどね」

シンは納得がいかない様子でこっちを見る。

からかいすぎたかな。

そう反省して私はシンの方を見ずに海へと視線を移した。

「彼女には帰る故郷もあるし待っている人もいるだろうけれど、彼女自身が旅を望んでいる。なら私たちは彼女の側にいて、その望みが無事に叶うように助けることが一番なんじゃないかって、最近は思うんだ」

(だから幸せにしてあげてくれ)

そう言いそうになる言葉を呑み込んだ。

心から二人を応援したい気持ちと、少しばかりの嫉妬が湧き上がる。

「彼女にココに居て欲しいっていう、私の個人的な願望が強いからってのもあるんだけどね」

本当に、そう思う。
彼女の笑顔がいつまでも続けばいいと――

だから『妹』だなんていって傷つけたのなら、こんなところにいるべきじゃないだろう?


「彼女みたいに真っ直ぐで可愛い子は、男所帯だとどうしても取り合いになってしまうよね」

「俺は…ただのバカでガキな女だと思いますが」

「そうかな。シンは素直じゃないね。いつまでも強情だと大事なものを失ってしまうよ」

「…」

「みんな彼女を大事に思っている。私やシンだけじゃなく、シリウスの全員がね」

この船の上は、彼女を狙っている…そう、海賊だらけなんだ。私も含めてね。

海賊は奪うことが仕事、なんて船長みたいに言わないけれどチャンスは誰にでも与えられる状況だろう?


シンは考え事をした後、私の事を気にも留めずに踵を返す。

「ドクター。冷えてきたんで戻ります」

「ん?ああ。そうだね。うん、陽も落ちてきたしね」

その背に言ってみるが、もう聞こえてもいないだろう。

シンは意外と嫉妬深いみたいだね…。



素直に彼女を探しに行ったシンに思わず笑みがこぼれた。

勿論彼女に一人の女性として惹かれているけれど、シンも大事な仲間だ。

だから私に付け入る隙を与えないように、ちゃんと大事にするんだよ。

あんな顔して慌てて探しに行くくらいなら、早く自分の気持を認めればいいのに…本当に素直じゃないな。


「私は彼女の笑顔が見たいんだ。だからおせっかいだってさせてもらうよ」

道化師になってしまっても、止められない想いがある。それぞれ形は違うけれど…
こうして大事な人を増やしながら私達は旅を続けていく。

きっとナギも、今頃そう思い始めているだろう――



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