Novel
□ShortStory
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「さーな。妹みたいなもんだろ」
俺の言葉に彼女は暗い顔で背を向けて立ち去った。
「何が妹だ…バカか」
夕陽が落ちかけた甲板で一人。
海を見つめたまま、自分から放たれたセリフを思い出し、呆れて溜息をつく。
彼女は俺の部屋の居候であり、この船唯一の女だ。
懐かれていることも承知しているし、アイツの存在が俺の中で大きくなっていることも認める。
だが恋人じゃない―――なれるはずもない
オヤジの誤解が溶けようと俺が海賊なのは紛れもない事実で、俺とアイツの間には見えないボーダーラインが引かれている。
樽で運ばれるアクシデントさえなければ、アイツは永遠に海賊に近寄ることもなく、平和にヤマトで家族と暮らしていたんだろう。
そして今も尚、帰る場所も待ってる人達もいる。
これはアイツにとって珍しい冒険の途中みたいなもので、船から降り夢から醒めればそのうち俺への愛着だって薄れるだろう。
俺だって…
俺は?
アイツがこの船から居なくなった後、俺はこの想いを風化させることが出来るのか…?
それとも、これから先ずっと…
こんな想いを抱えながら、側に居ない女を慕い続けて生きていくことになるのか…?
不意に傷ついたような彼女の顔が浮かんだ。
「チッ、妹なんかじゃおさまらねーよ…」
呟くと同時に背から声が掛けられる。
「妹?シン、妹がいたの?」
振り返るとドクターが立っていた。
「険しい顔でさっきから思い悩んでいるようだから声をかけそびれたよ」
そう言いながら、いつもの柔らかな態度で俺の隣に並ぶ。
「妹なんか、いませんよ」
「そう?私の聞き間違いだったのかな」
ドクターは海を見つめながら微笑んだ。
沈黙することで感情の露呈を守っていると、ドクターが先に切り出した。
「以前、彼女は船を降りた方がいいって私は言ったよね?」
やはり聞かれていたのか――?
質問の真意を図りながら返事を返す。
「ええ。俺も賛成しました」
「そうだね。けれど今は私もよくわからなくなってきてるんだ」
「…」
「彼女が来てから皆の雰囲気が明るくなったしね。ほら、イキイキしてるっていうのかな。ハヤテは更に強くなろうと努力をするようになったし、トワも逞しくなってきてるだろう?ナギも彼女に喜んでもらおうと新しい料理を覚えることを愉しんでるし。船長も彼女が言えばちょっとだけお酒を控えるようにもなったしね」
確かに彼女はいつしかシリウスの空気を変えていた。
まるで初めからシリウスに居たかのように馴染み、かけがえの無い存在にまでなっている。
「だからずっとこのままで、と願う気持ちが強くなってきてるかな」
ドクターから素直にこぼれる言葉を少しうらやましく思いながら、俺は小さく頷いた。
「ええ…わかります」
俺にとって精一杯の白状だった。
「でもシンが一番変わった気がするね」
「…そうですか?」
多少の自覚はあるが認めることに抵抗を覚えて、かわしてみる。
「ほら、そういう表情が変わったと思うよ。シンの見たことないような行動や表情を見る機会が増えた気がするね」
「俺はそんなに変な行動を取ってるつもりはありませんが」
「ふふっ。変だって言ってる訳じゃない。でもブツブツ言いながら険しい顔をして悩むシンなんて、そうそう見れるものじゃないから新鮮だと思うけどね」
軽くウインクをされると、さっきの自分の独り言を聞かれていた気恥ずかしさが込み上げる。
ドクターは気付いているのか、俺の方を見ずに再び海へと視線を外した。
「彼女には帰る故郷もあるし待っている人もいるだろうけれど、彼女自身が旅を望んでいる。なら私たちは彼女の側にいて、その望みが無事に叶うように助けることが一番なんじゃないかって、最近は思うんだ」
今は――そうだ。
だがこの先は…?
アイツを失うことが本当は怖くて、俺は逃げている。
危険な旅に巻き込んでしまったら?
ヤマトに帰りたいと言い出したら?
汚れた俺の手に触れられたことを後悔させてしまったら…?
現実を受け止めることを怖れ、俺は目の前にあるたった一つの線を飛び越えられないでいる。
「彼女にココに居て欲しいっていう、私の個人的な願望が強いからってのもあるんだけどね」
ドクターが意味ありげに呟いた。
まさか、ドクターもアイツを?
「彼女みたいに真っ直ぐで可愛い子は、男所帯だとどうしても取り合いになってしまうよね」
悪戯っぽく微笑むドクターを見ていると、不意に不安が込み上げる。
「俺は…ただのバカでガキな女だと思いますが」
「そうかな。シンは素直じゃないね。いつまでも強情だと大事なものを失ってしまうよ」
「…」
「みんな彼女を大事に思っている。私やシンだけじゃなく、シリウスの全員がね」
アイツ…今は確かキッチンにナギの手伝いに行ってたな。
ドクターはともかく、ナギは確実にアイツに惚れている。
狭いキッチンで二人きり。
暗い顔を指摘されて、余計なことをナギに話して、まさか過剰に慰めてもらっているとかそういう……展開になってねえよな…?
なってたまるか。
「ドクター。冷えてきたんで戻ります」
俺は返事も聞かずに身体の向きを変える。
「ん?ああ。そうだね。うん、陽も落ちてきたしね」
背後からのドクターのクスクスと笑う声がきこえてきたが、俺は構わずキッチンへと急いだ。