Novel

□ShortStory
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<バカかお前は>

ガチャ。
ドアの開く音に、手元の海図を横に置き視線を向ける。そこには赤い顔をした彼女が立っていた。
「ドクターに診てもらったんだろ?大丈夫なのか?」
微熱がある程度だったはずの彼女の足元は、この部屋を出て行った時よりはるかにふらついている。
何だ?熱が上がったのか…?
ドアからこちらへ歩き出そうとしてよろけた身体を抱きとめた。

ん…?
この匂いは…。
「お前、酒を飲んだな」
「え〜〜〜ぜんぜんのんれませんよぉ〜〜〜」
「嘘つけ。ロレツが回ってないだろ。ドクターに薬を貰いに行ったんじゃなかったのか」
「クスリならちゃんともらいましたよぉ〜」
「じゃあ何で酒を飲んでるんだよ」
「途中でせんちょーに会って微熱があるって言ったら、ソウシさんのくすりよりこのクスリのほうが良く効くからってもらったんれす〜」
「バカ。これは酒瓶だろ。いい酒だが、こんなもんが熱に効くのは船長くらいだ」
「あれ〜?おかしいれすねぇ〜せんちょーがクスリだって〜…うっぷ。きぼちわるい」
「ったく、何やってるんだお前は。具合悪いのに飲むな」
口元を抑えてうずくまる彼女の背中をさする。

「大丈夫か?」
「シンさん…」
急に、彼女の声が少し熱っぽいものに変わる。
「何だ?」
「私のこと、どー思ってるんれすかっ?!」
「は?何を言ってる…?」
…そういえばコイツ。
酒癖が異様に悪かった気がする…。
前はちょっと暴れて絡むくらいで済んだが、具合が悪かった事が輪をかけているのか…
目が、据わっている……

不意に彼女が勢いよく抱きついてきて、バランスを失った俺は床に倒れこんだ。
「シンさんっ。こ、答えてくらはいっ!!!!」
瞳を潤ませながら迫ってくる。
「ちょっと待て。上に乗るな。いいからもう寝ろ」
「いやれすっ!今日こそはハッキリしてもらいますーーっ」
「お前、前に酔って絡んだ時よりタチ悪いぞ。どけ」
「やだやだ〜〜っ!だって俺の女になれとか言いながらそのままだしっ。愛してるだって一回しか言ってくれてないしっ。
キスだって数えるほどしかしてないしーーっ!」
彼女が首にしがみついてくる。
「デカい声で騒ぐな。落ち着け」
両肩を引き離して、彼女を何とか落ち着かせようとするが…。
見上げると、彼女の瞳からポロポロと涙が落ちた。
今度は…な、泣き上戸か?

「うううぅ〜〜〜〜。シンさんっ」
「何だよ」
「私のこと、ほんとに好きなんれすかぁ?」
「でなきゃ俺の女になれとは言わねーだろ」
「で、でもっ。まだちゃんと女になってないしっ」

・・・・・・・・・・・・・・・。
それはそうだが。
ただでさえアイツらが聞き耳立ててねーとは言えないし、
共同部屋に慣れたせいか、コイツは夜になればすぐ熟睡している。
そして何となく手を出すタイミングを失ってしまっていた。
女には不自由したことないこの俺が、コイツ相手だとどうも調子が狂う。
「き、キスだって…いち、に、さん…よん…ご、ろく…なな…七しかしてないーっ!!」

ったく。
俺は上半身を起き上げ、彼女の頬の涙を拭った。
そして俺の上に座り込んだままの彼女に腕を回す。
「…んっ」
ゆっくりとキスをしてから、その瞳を見つめる。
「これでいいのか?」
彼女は惚けた顔になって、戸惑っていた。
自分から誘っておいてそのバカ面は何だよ。
思わず笑みが漏れる。

「し、シンさん…私を子供扱いしてる…?」
「ああ。してる。ガキはもう寝ろ」
「やっぱりっ!!そ、そんななだめるようにキスされたって嬉しくないれすっ」
俺の笑みを悪い意味に受け取ったのか、彼女が怒った顔で横を向く。
「バカか、お前は…」
俺の言葉に、彼女がピクンと肩を震わせた。
出会ってから、何度も何度も口にしてきた言葉だ。
だが、それを口にする度に自分の変化に気付く。
彼女に向かってこの言葉を口にする時。
俺にとってそれは…愛しい、と同じだった。

「俺がいつ、なだめるようなキスをしたんだ?」
もう一度、深く唇を重ねる。
この唇を奪う時、いつだって俺は…
「お前に言っておく。いちいちキスを数えるな」
彼女の唇の上質な酒の香りが、さらにキスを甘くする。
何度も、何度も。
彼女がもう、数えることを考えられなくなるくらいに…
「お前をあいして…」

ス――――――。
「っておい。何、寝てるんだ…」
突然、意識を失った彼女の身体が重みを増して倒れ込んできた。
寝息を立てて、腕のなかで安心しきった顔で眠る女。

ったく、コイツだけは…。

無理やり火を消されてくすぶる火種を理性で抑え込み、俺は彼女をベッドへ運ぶ。
邪気の無い顔で寝やがって。
ガキ扱いされて安心してるのはお前だろ。
だから俺は、もう少しだけ待ってやる。
「まぁ。待てるのもあと少しだ…」
彼女の頭を撫で、その温かい身体を包み込み、
俺も安心して眠りについた。

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