Novel

□ShortStory
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――眠っていたのか
重い瞼を開いて気怠い身体を起こそうとするが、不自然な重みを感じて視線をやると、彼女が椅子に座ったまま俺にもたれて眠っていた。

「バカ。・・・病人を枕にしてどーする」
眠ったら随分身体が楽になった。
熱もさがったようだ。

汗をかいて湿った眼帯を外す。
いつから着けだしたのか、はっきりとは覚えていられないくらいに、この身体にコレはもう馴染んでいる。

隠すために、ずっと身に着けてきた。
自分の出生を、忌まわしい瞳を、黒く澱む感情を。

復讐以外の余計な感情を持たないようにと生きてきたのに。
コイツといる時の最近の俺は、何かがオカシイ。

これだけドンくさいから仕方ないのだろうが、つい大声で怒鳴るクセがついてきている。
夕凪の穏やかな海に、突然時化(しけ)がやってきたように、あらゆる感情が溢れ出していく。
眠る彼女の頭に手をやり、そっと撫でてみた。

「ガキみたいな顔で、気持ちよさそうに寝やがって」
発した自分の声が、思ったよりも優しいことに驚く。
この感情を何と呼べばいいのか。
俺はまだ答えを見つけられずにいる。

「ん〜…あっ!シンさん!」
彼女が急に目を覚まして起き上がった。
俺は慌てて眼帯を付け直し、頭へと伸ばしていた手を離した。
「何だか顔色が良くなってますね!熱は…」
彼女が額を近づける。

「うん!無いみたい!」
俺がじっと見つめると、彼女は顔を赤くして、慌てて額を離した。
「どうした?お前のほうが熱があるんじゃないか?」
「いいえ!なんでもないです!平気です!」
「ふーん…」
慌てる様子を見ていると、からかいたくなる。
俺はシャツのボタンを外して脱いだ。

「なっななんで脱いでるんですかっ?!」
「汗をかいたからな。着替えを取ってくれ」
「は、はいっ」
俺の方を見ないようにして、彼女が着替えを寄越す。
「おい」
「何でしょう…?」
「病人に自分で着替えさせる気か?」
「ええっ!だってシンさん、さっきそっとしといてって…」
「もともと風邪を引いたのだって、お前の寝相が悪いからだろ。だから…」
「そうですけど…だ、だから…?」

「身体を拭け」
「えええええっ!!」
ますます困った顔で、彼女は身を強張らせた。
「フン。ちゃんと看病してくれるんだろ?」
「だってシンさん、今、思いっきりイジワルな笑みを浮かべてますよね?絶対もう大丈夫そうですよね?」
「口答えするな。居候はお前だ」
「…はぁい」
観念したのか、タオルを持って身体を拭きだす。
男の裸に慣れていないからだろうが、そのぎこちない手が可笑しくて、思わず笑みが零れる。

「あの…シンさん」
「何だよ」
「眼帯は取り替えなくていいんですか?」
「ああ。いい」
「わ、わかりました…」

俺はそっと眼帯に手をやった。
いつか…コイツの前で外すことになるんだろうか。
その時の俺は、海賊になったワケまで晒け出しているのかもしれない…
醜くみっともない俺自身を――。
いずれ訪れるかもしれないその未来を少しだけ怖いと感じながらも、たどたどしく身体を拭く小さな手に満たされた気持ちになる。

「ったく、いつまでノロノロと拭いてるんだ。また風邪引くだろ。」
「す、すみませんっ!トロくて全然お役に立ててなくて…こんなんじゃ何にも…」

「…また看病させてやってもいい」
「え?」
「俺がまた、もし具合が悪くなったら。看病させてやってもいいと言ってるんだ」

「ほんとですか?布がちゃんと絞れてなくても?」
「また怒鳴ってやる」
「オカユをあーんってできなくても?」
「べつにそれはできなくてもいい!」
「こうして身体を拭くことに慣れてなくても…?」
「むしろ慣れてない方が楽しめる」
「え゛。やっぱり楽しんでたんですか…」
「当然だろ」

「…ほんとに?シンさん。ほんとに私の看病でいいの?」
「ああ。ただし俺を枕にして寝るのは許さん。不眠不休で看病しろ」
「は、はいっ!あ!汗かいてるから替えのシーツを持ってきますね!あと毛布と」

現在の俺達は、ベッドの端と端で寝ていた。
だがコイツは人の毛布をすぐ奪う。
おかげで俺はここ最近の冷え込みに殆ど眠れず、意識の無いコイツと毛布争奪戦を繰り返していた。

「それから、もうひとつ言っておく。毛布を奪われてまた風邪を引くのはごめんだ。今夜からお前を毛布代わりにするからな。もちろんお前に拒否権はない」
「え!!それって・・・」
「いーから早くシーツ取ってこい」
今夜からは温かく眠れそうだ。

・・・・・・・・。
・・・・眠れるよな?俺。



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