Novel
□ShortStory
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誘惑
「きゃっ!」
シャワールームのドアを開いた瞬間、瞳に飛び込んできたのは―――
「なんだ。お前か」
上半身裸のシンさんだった。
「すみませんっ、あ、あれっ?確か今の時間は女性の・・・??で、でもごめんなさい」
「いや、今は女湯の時間だから俺が長引いただけだ」
そっか。
何だ、私が時間を間違えたんじゃないんだ。
シンさんを目の前にすると、つい謝るクセがついてしまっている。
それにしても―――
半裸でよくウロウロしているハヤテさんや船長と違ってシンさんっていつもピシッとしてるから、
こういう姿って、見てはいけないものを見てしまったようなイケナイ感が・・・強い。
「何をジロジロ見てるんだ。男の裸が珍しいってワケでもないだろう?」
「へ?あ、す、すみませんっ」
やっぱり裸をじろじろ見るなんて失礼だよね。
私は少し視線を逸らした。
「・・・お前はオレと話す時、すぐに謝るな。ナギと話すときはあんなに楽しそうにしてるってのに」
「え?な、ナギさん、ですか・・・?」
「まあ、当然か。お前はナギの女だしな」
「は、はぁ・・・」
何だかシンさんの様子がいつもと違う気がして、抱きしめていたタオルを掴む手に力が入ってしまう。
出て行けって命令されるほうが自然な気がするのに、着替える間私がココに留まることを嫌がってないような・・・。
それはそれで余計に緊張してくる。
急いで出ていくふうでもないし、出ていってほしいなんて恐れ多くて言えない・・・。
横を向いたままシンさんは白いシャツに腕を通した。
前から思ってたけど、シンさんって一つ一つの動作がすごく綺麗。
育ちが良さそうというか品があるというか・・・パッと見海賊ってわからないよね。
濡れた黒い髪が綺麗だなぁ・・・くるんとはねてるけど、しっとりとした本当に深い色。
こんな時も眼帯してるんだ・・・
もしかしてお風呂上りに一番に眼帯つけるのかも。寝る時だってつけてるのかな?
外したところは見たことないけれど、やっぱり見られたくない傷があるのかな。
「おい」
「へ?えっ!あ、はい、ジロジロとすみません!みとれてました!」
思わず口にすると、面食らった表情をした後、シンさんは可笑しそうに笑い出した。
し、しまった!つい思ってたことをそのまま言ってしまった。
「う・・・いや、そんなに笑わないでくださいよ」
シンさんがこんなに笑うなんて珍しいことだ。
「ほら、綺麗な月を見て、綺麗だなぁ〜って眺めちゃうじゃないですか?それと同じで決して変な意味ではないんです」
厭らしい、なんて意地悪言われたらどうしよう・・・
うう。言われそう。絶対からかわれそう・・・!
トンッ、と次の瞬間、湯気で湿った壁際に追い詰められる。
まだ雫が滴り落ちている前髪から覗く黒い瞳が目線の先まで降りてきて、正面から容赦なく射抜かれる。
予想と反して、いつもみたいに不敵な笑みでからかうような言葉は無くて、
「月と同じ、か・・・」
物憂げにそう吐き出す唇があまりに妖艶で、ますます身動きが取れなくなる。
「あの、し、シンさん?き、気に障ったのならごめんなさい」
囚われた状態からもがこうと、やっとの想いで言葉を紡ぐ。
触れれる程近くにあった顔が、スッと遠のき、シンさんは壁際から解放してくれた。
「馬鹿。そんな怯えた顔をするな。女には不自由してない。ナギの女にわざわざ手を出して面倒を起すつもりもねーよ」
ちょっとだけ鼓動が早い。
ナギさんという人がいながら不覚にもドキドキしちゃった・・・。
からかわれただけだろうけど、でもシンさん、絶対女の私より数百倍色気あるんだもん!
「何だ?残念そうだな」
「へ?」
一度離れたシンさんの綺麗な顔がまた、ぐっと近づく。
「なら、ナギに秘密で遊んでやろうか?」
「え゛っ!!!!」
ボンッと一気に顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「あああそぶってっ!むむむりっ!」
「へえ。ガキかと思っていたがナギがちゃんと調教してるのか?意味はわかるようだな」
「ちちちがっ・・・」
ドンッと胸を軽く押しかえすと、はっとした顔をした後、シンさんは目を逸らす。
「・・・フン、冗談だ。秘密も何も、お前みたいにすぐ顔に出るヤツ相手に俺が本気でそんなこと言うわけないだろう」
「で、デスヨネ・・・」
ほっとした溜息が漏れる。
「ん?それは何だ?」
シンさんは私の手元にあった小瓶に目をとめた。
「これは、ナギさんが作ってくれたトリートメントです」
「ナギが?」
「はい。海風で髪がパサパサになるので困っていたら、ナギさんがソウシさんに聞いて良く効くものを作ってくれて。
何でも貴重な食材の黒ツバメの巣の何とかを煮詰めたものが入っているらしいです。勿体ないからちょびっとずつ使ってるんですけどね!」
「ほう、それはかなり貴重な材料だ。やはりナギは顔に似合わず女に甘いな」
「えへへ。優しくしてもらってます」
シンさんの眉間にシワが寄る。
「チッ、ノロケか。この特製トリートメントを俺が全部使い切ってやろうか?」
ひょいッと瓶を取り上げられ、高い位置に持ち上げられる。手を伸ばしても届かない。
「駄目ですーっ!!か、返してください!!私の大事なものなんです〜!」
「おい馬鹿っ。返してやるから抱きつくな」
気付けば私は薄いシャツ一枚纏っただけのシンさんに思い切り抱きついて手を伸ばしていた。
「あ・・はい。すみ・・・」
すみません、と言いかけた言葉を飲み込む。
また謝っちゃう。
「クックッ。気にしすぎるな。お前はそのままで十分からかいがいのあるオモチャだからな」
「お、おもちゃ・・・」
「礼を言うところだ」
「ええっ?あ、ありがとうございます」
お礼を言うのも変な気がしたけれど、もう条件反射のようなものだ。
シンさんは脇にあったタオルを一つ取ると、出て行こうと背を向ける。
そして少しだけこちらを振り返って――
「おい。ここが海賊船だってことはわかってるな」
「え?はい・・・」
「ならいい。言っておくが俺が本気になったら、欲しい宝は必ず手に入れる。だからあんまり・・・本気にさせるなよ」
言い終わらないうちに、シンさんはパタンとドアを閉めた。
うーん。
シンさん、そんなにこのトリートメントが欲しかったのかな。
使わなくても充分綺麗な髪だと思うんだけれど・・・?