Novel

□本編 Shinside
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9.足音


「あっ」
小さな声と共に勢いよくガキがぶつかってくる。
落とした玩具を拾おうとして俺の足元に突進してきたようだった。
玩具を拾い上げて、大丈夫か、と声を掛けようとして、
すぐ脇から悲鳴のように子供の名を呼ぶ母親が駆け寄ってきた。

ガキが玩具に手を伸ばして受け取る前に、母親は抱き上げる。
そして心底怯えた目で俺を見る。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!この子に悪気はないんですっ。どうかお許しをっ」
俺から庇って隠すようにガキをきつく抱きしめている。

「おかあさん、おもちゃー」
「しっ!おもちゃはいいのっ」
半狂乱で母親に叫ばれてガキはビクッと縮こまる。

「あ、おにいちゃん、ゆうめいなかいぞくだってみんながゆってた」
子供が悪びれず言いかけて、母親が慌てて口を塞いだ。
「お金なら少しあります。だから命だけは、どうか!」

なるほど。
この場の俺は凶悪な海賊でしかなく。
何も言っていなくても心底怯えた顔をされるほど、顔は割れているわけだ。

「そんなはした金に興味はない」
差し出そうとした玩具を、俺から渡されるのが汚らわしいと言わんばかりに母親は後ずさる。
玩具を地面に置き、俺はその場を後にした。
玩具に手を伸ばして泣き続ける子供を抱えたまま、母親は急いで走り去っていったようだった。



アイツはまだわかっていない。
海賊船に乗るという事は、そういう事だ。
どこの誰ともわからないヤツにどう思われようが俺はどうでもいい。

だが…

その悪意や恐怖の矛先がアイツに向き、いつか危害を加えられるまでになったら。
俺達と同じに見られるようになってしまったら――?


ふと視線を外すと、
男二人組に絡まれている●●の姿が見えた。

…まだ宿に着いてなかったのか。
何やってるんだ!アイツはッ!!!

腕を掴まれ、まさに連れ去られようとしている。


「おいお前ら。汚い手をどけろ」
「んだよ、てめー!」
「し、シンさん!どうして?」

俺がいるのが信じられないと言わんばかりに●●は目を丸くする。

ああ、めんどくせー。

本当にコイツは、面倒事に巻き込まれるグランプリがあったら間違いなく優勝だな。

「なんだ?知り合いか?」
「こいつはお前の女か?」
男たちは俺と●●を見比べる。

「女じゃねーよ」
俺にとってコイツは…

「まあ。飼い犬みたいなもんだ」

…そうだ。
コイツは飼い犬だ。

「飼い犬だと?何わけのわからねえことを!やっちまえ!」
男たちが一斉に飛びかかってくる。
ちょうどムシャクシャしていた所だ。
都合が良い――



「お、おい。あの刺青!コイツ、シリウスの…」
少し暴れてやろうかと思ったが、男の一人が気付く。
「やばい!行こうぜ!!」
口ほどにもなく、足をもつれさせながら二人は逃げていった。

何だ。つまらん。


「さっさと来い」
アイツを呼ぶ。
ったく。
何だってこんな場所を一人でうろついてるんだ。
…って俺が追い出したからか。

「この辺りはガラの悪い連中が多い。一人でウロウロするのは襲ってくれといってるようなものだ。宿に戻らなかったのか?」
「戻ったんですけど…言いたいことがあって、いてもたってもいられなくて」
「言いたいこと?わざわざ俺に文句でも言いに来たのか?まあ、俺が一番ガラが悪いといえるが」
さっきの親子のことを思い出す。

「とにかく一人でうろつくな。あぶねーだろ」
「ごめんなさい!!」

そして――

突然、背中にやわらかな感触が触れ、俺の身体にぎゅっと華奢な腕がまわされた。

「さっきは…怖いって言ってごめんなさい。飼い犬でもいいから・・・私のこと可愛がってください」


な……。

何を…言ってるんだ…こいつ。


「お前、意味わかって言ってるのか」
振りかえって、見つめる。

俺の顔はもしかしたら赤くなっているかもしれない。
身体が、熱い。

「ったく、何なんだこの女は。ストレートすぎてこっちが恥ずかしい」
独り言のように、口から漏れた。


幼い頃、追っ払っても追っ払っても、すり寄ってきた近所の犬。
飼うつもりはないから甘い顔もしてやれねえのに、俺を見つける度にしっぽ振って近づいてきた。
最期まで面倒を見るのが怖くて撫でてやることもできなかった。

だが―――


「やっと、目をみてくれた」
彼女の瞳から、ひとすじの涙が流れた。


コイツは犬じゃない。
強い意志を持った稀有で上等な――女だ。


「お前の目は、綺麗に透き通ってる。きっと中身も純粋だからだ。言っただろ?俺とお前じゃ人種が違いすぎる」
「そんなこと言わないでください」
瞳から、次々と透き通った涙を溢れさせて、彼女が泣く。


「俺は、そんなに綺麗な涙は流せねーよ」
「ちがっ…!し、シンさんはっ本当はっ…」
嗚咽でうまく喋れないのかもどかしげに●●は言葉を絞り出そうとしている。

「…お前は本当の俺を知らない」
俺がどうして海賊になっているのか。
これからどうするつもりなのか――

「で、でも!犬と人間じゃそもそも人種?が違うし!!だからッ」
涙を流しながら、必死でしゃべる目の前の女。


ああ。
俺は、やっぱりこの飼い犬に――
●●に…恋に落ちている。


「バカか。意味わからん理屈をこねてんじゃねーよ」
ピンッと鼻先を弾いてやる。
「いたっ」
「もたもた歩いたらおいてくからな」
赤くなった顔を飼い犬に見られないように、背中をむけて少し速足で歩き出す。

少し後ろから必死でついてくる足音に。
俺は愚かしいほど満たされていた。




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