Novel
□本編 Shinside
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8.焦燥
「町の空気は久しぶりだぜーー!」
「ハヤテ。羽目を外しすぎて揉め事を起こさないようにね」
「わかってますって、ソウシさん!船長、やっぱ酒場に直行っすよね?食うぞー!飲むぞー!!」
「がっはっは!それじゃあ船と変わらねえじゃねえか。やっぱ陸に降りたからには女もだな!」
ファジーは着いた途端に買い物に行ったらしく、アイツはナギと話していた。
海賊だとわからないように旗は降ろしたうえで入港したが、やはり俺達は人目を引く団体らしい。
港にいる人々が遠巻きにこちらを見ている。
「お前もファジーと一緒にいけばよかったのに」
「え?あ、でも」
「ナギ、行くぞ」
「ああ」
ナギに声をかけ、彼女を引き離す。
●●は、とぼとぼと後をついてきた。
酒場につくと、船長に気付いた女達が集まってくる。
いつもの風景だ。
アイツは…?
またナギと隅のほうで話し込んでいた。
珍しくあの無愛想なナギが微笑んでいる。
自覚が…出来てきた。
俺はおそらく彼女を女として意識し始めている。
欲望を満たす為だけの女。
目的のために利用した女。
決して少ないと言いがたい数の女に出会ってきた。
だが彼女への気持ちは、それらのどれとも違っている。
これは…恋慕?
まさか。
この俺があんなガキに恋、だと?
必死にその考えを消そうとするけれど。
彼女に触れられた頬はまた熱を帯びたようだった。
ナギと話すその唇まで塞いでしまいたい衝動に駆られる。
日ごと●●を知るほどに、その無垢な存在が、自分の穢さをあらわにする。
俺は自分の目的のために海賊になり、
騙し、奪い、人を傷つけることもあった。
コイツとは生きる世界が違う。
今、自分の中に渦巻いている、このモヤモヤした塊が恋というものなら。
この想いが大きくならないうちに消してしまうべきだ。
席を立って、彼女の傍にいく。
「お前は宿屋に帰れ」
「何でですか?」
「ここはお前みたいなガキの来るところじゃない」
俺の言葉に、うつむいて泣きそうになる。
傷つけるつもりはないのに。
この胸の黒い塊が俺の言葉を表情を、ひどく冷たいものにする。
「リュウガ。今夜は可愛がってくれるの?」
女たちの甘ったるい声が船長に絡む。
「はっはっは!まとめて可愛がってやる!なにせ男所帯の船にのってるからな!なぁ、シン」
上機嫌の船長が女に囲まれながら俺を呼んだ。
久しぶりの港町。
これもいつものことだ――
俺は、香水臭い女の輪の中に戻った。
「お兄さん、すごく素敵!私が今晩喜んで相手するわ」
隣の女が身体を寄せてくる。
「待ちなさいよ。アタシが相手するんだから」
反対側の女もすり寄ってくる。
「そりゃ光栄だな」
●●の視線がこちらに注がれているのはわかっていた。
俺のことを軽蔑したのだろう。
背を向けて出ていく●●が見えた。
忘れることができるというなら、今夜一晩くらい誰かを抱くことだって出来る。
だが、女達のあからさまな欲情にも全く気分がのらない俺が、そこにいた。
「ねえ、誰を選ぶの?眼帯のお兄さん?」
「もちろん私でしょう?」
気だるい態度で肩にもたれてくる女に、思わず返す。
「まずはその分厚い化粧を落として俺を思い切り笑わせてくれるならな」
「な、何?その趣味…?」
「冗談だ。興味はない」
「なにそれぇ〜」
お前の化粧を落とした顔など興味がないという意味だ。
可笑しな寝言も手におえない寝相も、飾らない素顔も、突拍子もない言動も、時折のぞく色香も。
あんな変な女、他にはいない。
俺が追い出したから当然だが――彼女の姿は店内に無い。
「ちょっと外に出てきます」
船長に断って俺は席を外した。
「なんだ。まだいたのか。さっさと宿に帰れ」
店の裏口に出ると、ガキみたいにしゃがみこんでいるアイツがいた。
「シンさん!質問があります!!」
「何だ?数学か?」
「私のこと、嫌いになったんですか?」
泣きそうな顔で見つめてくる。
チッ。
せっかく避けてるのに
これじゃあ…
「別にお前のことを好きになった覚えは一度も無い」
「そ、そうだけど…そっけないし…私、何かしましたか?」
覗き込むようにぐっと顔を近づけてくる。
…もう。
我慢できねー
両手の手首を掴み、ドンッと壁に押し付ける。
息のかかるほど突然縮まった距離に、●●は戸惑った顔をする。
「そっけない?へえ。もっと可愛がれって言いたいのか?」
「ち、ちがいます」
掴んだ手に力を入れる。
いつもと違う俺の様子に●●は怯えていた。
「俺に、可愛がってほしいんだろ?」
欲望のままに、彼女の首筋に唇を沿わせる。
「…っいやッ!待っ…やだ…怖いっ、シンさんっ!」
彼女の叫び声に、ようやく我に返る。
…俺は、何をやってるんだ。
締め上げた手首を離した。
「わかっただろ。俺とお前じゃ人種が違うんだよ」
傷つけたいわけじゃない。
ただ自分の感情をどうしていいのかわからずにいた。
無茶苦茶に穢してしまいたい欲望と、
容易く触れて貶めてしまうことへの怖れ。苛立ち、そして焦り。
「宿へ帰れ」
結局俺には、こんな言葉しか出せない―
「シン、今夜の女はどうする?」
酒場に戻ると、船長が数人の女を侍らせていた。
全員宿に連れ帰る気か。
「今晩はそれぞれに部屋を取ってあるし、ちんちくりんの女と同室じゃなくていいんだぞ」
それは骨休めをしろという気遣いだろうが――
今夜はアイツと同じ部屋じゃなくてよかった。
このモヤモヤした気分を、またアイツにぶつけてしまいそうだ。
そうなれば今度こそ本当に無理やり犯してしまいそうだ。
「お兄さん。すっぴん好きっていうなら私は化粧落としてシテもいいわよ」
端にいた派手な女が腕を絡め胸を擦り寄せてくる。
「必要ない。悪いがお前じゃ満足しそうにない」
「なっ…!失礼な男ね!」
女は顔を真っ赤にして去っていく。
ピュウッと船長が口笛を吹いた。
「可哀想に。冷てえじゃねえか、シン。そういう遊びか?」
「せんちょー!シンの虫の居所がわりーようっす!」
ハヤテが酔った様子で敬礼をした。
「…」
ナギは何か言いたげにこっちを見てくる。
たった今俺がアイツにしたことを見透かされているようで居心地が悪い――。
そう。
本当に俺はどうかしてる。
「船長。今日は先に宿に戻ります」
酒を楽しむメンバー達を背に、俺はその場を立ち去った。