Novel

□本編 Shinside
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7.覚醒

イラつきながら眠りについた俺は、結局浅い睡眠をとった。

朝。

「船に帰るぞ」
「あ、はい!シンさんがおこしてくれた火のおかげで暖かかったし、よく眠れました!」

そうか。そりゃ良かったな
さすがにこいつは船室と違って暴れはしなかったが、こっちは寝不足だ。


すっきりしない。
何だ、この気持ちは

「お前…」
「な、何ですか?」
俺がじっと見つめると、照れたように目を逸らす。
何故その表情が、仕草が、俺を安心させると同時にこんなにイラつかせるんだ。

「お前は…これ以上海賊に関わるな」

海賊の俺に、これ以上――




そう言い放った瞬間。
ドーーーン!!

ものすごい轟音が響き、頭上で雪崩が起きた。
とっさにアイツの名前を呼び、俺の身体は●●をかばうために動き、そこで意識が途絶えた。






「君は休んだほうがいいよ。寝てないんじゃないか」
ドクターの声が遠く聞こえる。

ここは?
船か…

「シンさんが目覚めるまで傍にいたいんです。ソウシさんこそ少し休んでください」
「じゃあ医務室に戻るから。君も休むんだよ」
パタン、とドアが閉まる音がして。
彼女の気配をすぐ近くに感じた。

何となく目を開けれずに閉じたままでいると、彼女の温かい手が俺の手に触れた。
「シンさん…」
名を呼ばれ、
じっと見つめられているようだ。

いつ起きるべきか。
迷っていると、彼女が立ち上がろうとする。

「行くな」
思わず彼女の手を強く握り、声が出た。

「お前の歯軋りがないと、静か過ぎて寝れねーんだ」
俺の憎まれ口にもアイツは泣きながら笑顔になる。

「めがっ…さめ…っよがったああああ!!」
涙と鼻水で溢れたその顔は、心配と、安堵と、喜びと、色んな感情で満たされていて。
ぐしゃぐしゃのその顔をぼんやり見つめていると、不意に『愛しい』という言葉が、俺の頭に浮かんだ。

「あ!シンさんが目覚めたならソウシさんを呼びに行かなきゃ!」
「待て。いい。お前がいないと眠れねえって言っただろ。ここにいろ」
強く腕を掴む。

「ふん 何 泣きながら笑ってんだ」
彼女は顔を俺にすり寄せてくる。
「ばか お前は犬か。スリスリすんじゃねーよ」

俺の言葉は今、無力だ。
心に灯った言葉と裏腹すぎて意味を成していない。

「ったく、これじゃ本物の忠犬だな」
「忠犬でも何でもいいです。死なないで。ずっとそばにいてください」

どうしてコイツの言葉はこんなにも俺の心を満たすのか。
安心しきった俺は、また深い眠りに落ちていった。






翌日。


雪崩に巻き込まれて生死を彷徨ったようだが、皆が探してきてくれた命の草という薬草のおかげで随分回復が早い。
まだあちこち痛むけれど、俺の身体はだいぶ自由を取り戻していた。

航海室を覗くとアイツがバカっぽい顔で唸っている。
「何してる?」
「あ!シンさん!もう起き上がれるんですか?」
「ああ」
「船長にね、仕事を任されたんです!」
相変わらず嬉しそうな顔で尻尾を振っている犬みたいに、彼女は笑顔になる。

「仕事?の割には、すごい顔してたぞ」
「だって食費計算が!これがむずかしくて」
差し出されたノートを見ると、滅茶苦茶な計算がしてあった。
「お前、ものすごく頭がわるいのか?」
「うっ…それ、ほんとにバカって言われた気がして。いつもの[バカか、お前は]のほうがマシです。」
真剣に落ち込んでいるようだ。


「ぷッ。本気にするな。お前の反応がおもしれーからだ。お前が船を降りるまでの間、徹底的にしつけてやるから覚悟しろ」
俺の口は、思いがけない言葉を発していた。
「こないだ、海賊に関わるなって」

そう。
今でもそう思っている。
きっとこの怪我のせいだ。
こいつが目の前からいなくなるまでは傍においても許されるだろうと、俺は思い始めていた。

「船を降りるまでの間だ。計算のやり方を教えてやるよ。その代わり、俺の指導は厳しいぞ」
わざと冷たく言ってやると、彼女の顔は途端におびえた顔になる。
「なんだ。その顔は。俺によっぽどお仕置きされたいみたいだな」
こうやってからかって、コイツの反応を楽しめるのも、きっとあと少しなんだ。



真剣に計算の説明をしていると、ふと、間近で視線を感じる。
「何だよ」
「何か、おにいちゃんみたい」

おにいちゃん、だと?
またその言葉か…


ぺしッ!!
「あいたっ!」
なぜか無性にイラついた俺は、オデコをペンで叩いてやった。
「俺の顔を見る暇があったらノートを見ろ。お前はもっと厳しくする必要があるな」
「だってシンさんが勉強教えてくれるなんて凄いなーって」

「フン。最後の問題…30秒以内に答えられなければ、さてお前をどうするかな」
「が、がんばります!」
最後の問題に、彼女は怯えながらも正解した。

何となくつまんねーが、飲み込みが早いのは良い事だ。

「正解だ。ご褒美をやる」
「これって封筒と、便箋??」
「それで家族に手紙を書け」
「あ、ありがとうございます!!」
「字は書けるんだろうな」
俺の言葉に、書けるとムキになって返してくる。
絵だって得意だといってスラスラと描き始めた。

「ふーん。人間なんでも一つくらいは得意なモンがあるんだな」
「え?どういう意味ですか?…あ!シンさんを描きますね!じっとしててください」
俺の返事を待たずに、じっと俺の顔を見つめてノートにデッサンを始めた。

コイツ…顔が近い。
目が悪いのか?!
近すぎて…

「じろじろ見るな」
「なんで?」
俺の言葉に、意味がわからないという表情で見つめてくる。

バカ。
「ったく、これだからガキは」
そう言いかけると、不意に顔を上げた彼女の頭が俺の顎に直撃した。

「ってぇ!この石頭」
「ご、ごめんなさいっ!!」
慌てて彼女が俺の顎と頬を撫でる。

やばい…

「さわるなっ」
思わず振り払う。

…こんなガキに触れられた頬が、熱い。

「本当にごめんなさい。痛かったですよね」
「痛くない。顔を触られるのが嫌なだけだ」
「あ…ごめんなさい。」
「もう行く。ちゃんと勉強しろよ」
彼女を一人残して、逃げるように部屋を出た。


まずい。
俺は本当にどうかしたのか。

船を降りるまでの間だけ、忠犬を傍においてやるだけのはずなのに。

このままだと、俺は…




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