Novel

□本編 Shinside
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6.兄妹

マジックアイランズ。氷の島。
船長の口から次の行き先が告げられた。
探している宝の手がかりはその島に眠るという。

「氷の島か」
ナギがつぶやく。

マイナス40度の世界。

船長室に集まったこの中の誰か一人が、その死の島へ宝の地図を取りに行かなければならない。



「俺が行く」
犠牲は少ないほうがいい。
だからこういう場合、行くのは誰か一人に限る。
俺には、絶対生きて帰る自信があった。
俺の背後からすかさず声があがる。
「せ、船長!私も行きます!!」

本物のバカか…こいつ。

「バカか。お前は!雪合戦に行くんじゃねえんだぞ」
思わず声を荒げてしまった。

「で、でも!海に落ちたとき助けてもらったし!何か恩返ししたいんです!」
「じゃあ頼むからここにいろ。俺の邪魔をするな」
今から行くのは危険な場所だ。
コイツを連れていけるわけがない。

しばらく睨みあっていると、
船長が笑い出し俺に同行するのを許可すると言い出した。

船長命令は絶対。
逆らえば船から追放だ。

本気かよ…
「ったく、足手まといになるなよ」



その2日と5時間後。
俺たちは氷の島を歩いていた。

「おまえ…大丈夫か?」

振りかえると、●●は息をきらせて必死に俺の後をついてきている。
「だ、だいじょうぶです」
ファジーから受け取った手袋も、この極寒の地では無いに等しい。
ただでさえ気管が凍ってしまいそうなほど息苦しいうえに、足元も悪い。
島についてから数時間、ずっと歩き続けている。
根をあげないのは、さすがに根性があると誉めてやりたいところだが。
休まないと、さすがにコイツにはきついか。

だが悠長にしているとあっという間に夜になり、気温がさらに下がる。
地図の行方もまだわからねーし。



ずぼっ。

「シンさん!ぶ、ブーツが!!脱げましたぁぁ!!」
「ったく」
恩返しとか言いながら、
こいつ、まさか邪魔しに来てるのか?!
雪に埋まったブーツを掘り起こして履かせる。


びゅううううううう〜〜〜〜

突風が吹き、
目の前でブーツが風に煽られる。

「シンさん!!ぶ、ブーツがっ!!飛びましたぁぁぁぁ!!!」
「見たらわかるわ!ボケ!」

俺はコイツといると調子が悪い。
ガラにも無く、つい大声を上げるクセがついてしまったようだ。

飛んでいったブーツを追いかけて、履かせるために近くの洞窟に入る。

「ここで履け。今度はちゃんと履けよ。ったく、手がかかる…」

アイツがもたもたとブーツを履く。
手がかじかんで上手く動かせないようだった。

「足先が冷え切ってるじゃねーか。こんなひどい目に遭うのによくついてきたな」

わからずについてきたなら大馬鹿だろう。
海から引っ張り上げたくらいで恩を感じてこんな極寒の地までついてくるなんて、本気でコイツは忠犬か?
見ると鼻は真っ赤で、涙が頬を伝っていた。
「おい、泣くな!泣いたらアザラシの餌にするぞ」

何で泣く。
ついてくるって言ったのはお前だろ。

ごしごしと鼻と涙をぬぐって、
「な、泣いてません!!」
気丈にも俺を睨む。

訳がわからねー

「で、でも。私。恩返しどころかっ…邪魔になってる…ぐすっ」

ああ。それで泣いてたのか。
いまさらだな。

俺は、お前がついてくるって言った時点で十分邪魔される覚悟はできていたが。
むしろ邪魔にならないと本気で思っていたことに驚きだ。


「は、鼻水も出るしっ」
「それは仕方ねーだろ。」

ほんとに…コイツは。

笑みがこぼれそうになって顔を逸らすと、視線の先に氷に埋もれた紙片が見えた。

「ふーん。足手まとい、か。そうでもないかもな」
「え?」
「見ろよ、あそこ」
よく見ると、やはり地図のようだ。

「やったぁぁぁぁーーーー!!シンさん!!やったあああ!」
突然俺に抱きついてくる。

「ばっ!抱きつくなっ!」
「あ、すみません!うれしくてつい!」
「興奮したのか?」

ふいに、コイツを苛めたい衝動にかられる。
きょとんとした表情が、ますます面白い。

「うーん。したと言えば、した、ような?」

真剣に考える姿も滑稽だ。
「ふーん。じゃあ、宝の地図を見つけたご褒美に、可愛がってやろうか」
俺の一言に、みるみるうちに顔を火照らせる。
しばらくこの反応を楽しんでもいいが。

「冗談だ」
「で、ですよね…」
「なんだ?がっかりしたのか」
「し、してません!」

探していた地図に間違いない。
「よしよし。お手柄だな」
彼女の頭にぽんっと手を置く。

「三回まわってワンって…」
「鳴かなくていい。ほんとお前は犬みたいだな」
「えへへ。鼻がきくみたいです!」

今のは誉めてねえぞ。
地図は無事に見つかったが、この時間だと船には帰れない。

火をおこしてこの洞窟で夜を明かすしかなさそうだ。
アイツは俺の火を起こす行動にいちいち感心していたが、疲れていたのかすぐ眠ってしまった。


あどけなく眠る姿は本当にガキだ。

起こさないように、そっと頭を撫でる。

早く船から降ろすべきなのに…これじゃますます愛着が沸いている。

ペット。
みたいなもんだよな、きっと。

そう自分に説明しながら、俺の唇は寝ているアイツの唇に近づく。

言ってることと、やってることがおかしいぞ、俺…


ふっと、起きる気配がして俺は思わず身体を離す。
「おかあさん!!」
飛び起きたアイツはまた涙を流していた。
…悪い夢をみたのか。

「ほら、こっちに来い」
世話が焼ける。
小さな身体を後ろから抱きしめて座る。

「この方が、あったかいだろ」
俺は自然と、強く抱きしめる言い訳をしていた。

「やはり寂しいのか?」
●●が居た村を思い出す。
たまたま立ち寄った村の、たまたま開いた酒場のドアだった。

「うちはお母さんと弟と3人暮らしなんです」

父親は?
俺のぎこちない質問に、アイツは苦笑して答えた。

「お父さんは出稼ぎに出ていた先で女性が出来て、出ていっちゃいました」
「憎んでないのか?」
「今はもう大丈夫。おじいちゃんもいたし、村のみんなが優しかったし」
「そうか…幸せだったんだな」
だからこいつの笑顔は、こんなに眩しいのか。

そして彼女はおそるおそる俺の家族の話題に触れる。
「俺は家族はいない」
そう、ずっと前に消えたんだ。

俺が黙ると彼女も黙った。
気づけば腕に力が入って、彼女をきつく抱きしめていた。

「苦しいか?」
「いえ、安心します。シンさんの腕の中」

安心、か。
なぜか…

「俺も、穏やかな気持ちになる」
こんなふうに感じる自分に驚いた。
そしてそれを素直に口にしていることも―


「…にしてもお前、こんな状況でよく眠れるな。処女のくせに」
さっきコイツが起きなければ、まさかの事態だが、俺はあやうく手を出すところだった気もする。

「そ、その言葉は言っちゃだめです!!」
顔を真っ赤にして怒る。
「それに、シンさんだって、私を女として見てないでしょう?」
「ああ。見てねーよ」
「わ、わたしだって!シンさんのこと、勝手にお兄ちゃんって思ってますから!」

お、お兄ちゃん?!

何、勝手にお前の兄貴にしてるんだ。
ありえねー。
お前が妹なんて、絶対ありえない。

「うるせーな、とっとと寝ろ」
くしゃっと髪を撫でる。

兄貴、か。
コイツは単なるガキで、単なるペットのはずだ。それが妹に昇格しようがどうでもいいことだ。

なのに―――
俺はどうしてこんなにイラついている?

こいつの些細な一言が、ここまで俺をイラつかせるなんて…




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