Novel

□本編 Shinside
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5.爪痕

冷たくなったアイツの身体を抱いて、船へとたどりつく。

「おい!目を開けろ!死ぬな!!」

呼んでみるが意識がない。

唇から息を吹き込む。


「ごほっ」

息をしたな。
まだ水を飲んでる。吐かせねーと。

人工呼吸を繰り返すと、ごほごほと●●は口から水を吐き出す。

ああ。身体がどんどん冷えていってる。早くあたためねーと。

「シン!どうした!?」
ハヤテがドクターを呼んだのか俺たちに気づく。
「コイツを…!水は吐かせたが目をさまさない。それに身体をあたためねーと」
「ああ。わかった。トワ、毛布を。診よう」



毛布でくるまれドクターの処置に少し楽になってきたのか、アイツの顔に少しずつ生気がもどる。
「シン。お前も着替えて身体を温めないと。」
「俺は大丈夫だ。」
「僕、新しい毛布と着替えを持ってきます!」
ドクターに注意されたが、俺の身体はその場を動こうとしなかった。俺を気遣ってトワが船内へと戻っていく。

こいつが目覚めるまで…


その場で濡れた服を脱ぎ、トワが持ってきた服に着替え、身体を毛布でくるむ。

「一体何があったんだい?」
ドクターの言葉に。
「…そいつがアホで、海に落ちた。」
「さっき威嚇砲撃があったんですよ!海軍の!!」
「ああ。知ってるさ。トワ。それでボートが壊れてたからな。」
「ボート、壊れちゃったんですか?」
ボートはまた作ればいいと船長が言った。

何故かアイツを船から送り出そうとしたことが、口にできなかった。

あのとき俺は、逃げた。
コイツから。

そして逃げたくせに、手放せなくて…
抱きしめた。


「とにかく、目が覚めるのを待つしか…」
ドクターが言いかけて。
「よかったーーー!!目が覚めたよ!!ドクター!!」
トワが、アイツを覗き込んで叫ぶ。

「あれ?私…海に落ちて…」
「シンが飛び込んで引き上げてくれたんだ」
「シンさんが…?」
「シンは泳ぎも一流だ。見つけたのがシンで良かったね。あと少し遅かったら二人とも命が危なかったよ」
ドクターが●●の頭を撫でた。

ああ。
目が、覚めたか…

ほっとした俺は、壁にもたれる。
アイツの視線が、俺の姿を探しているのがわかった。

「よかったー!!サメの餌にならなくて!!」
トワがアイツに抱きついている。
「だからちんちくりんは、サメの餌にもならねーって言っただろう」
安心した俺はいつもの憎まれ口を言う。




その数時間後。
何故かリカーの女海賊ファジーがこの船に残るために目の前でリンボーダンスを踊っている。

縄を持っているアイツを見ると笑顔になっていた。
ほんとに、バカだな

「さっきまで泣いてたヤツがもう笑ってるのか。ったく、脱出失敗だな」
隣で小さな声で言ってやる。

「命を助けてくださって有り難うございます」
「別に。お前が海軍に拾われたら厄介だからな」
「海賊船に乗って笑うことなんてないと思ってたのに、今すごく楽しいです!見てくださいよ、ファジーさんのあの腰のそりっぷり!」
●●はまた、楽しそうに笑い出す。

俺と、コイツしかしらない、今晩の出来事。
アイツの表情はほっとしたように見えた。
俺がそう思いたかったのかもしれない。

この船にコイツがいることに、俺は意味を覚え始めていた。






三日後。

「シンさんってすごくモテるんですよ。港に降りると女の人が集まってきて。同じ部屋で緊張しないんですか?」
航海室の掃除を言いつけてやろうと近付くとトワと●●が呑気に話している。
くだらん話題のように思えたが、俺は一瞬声をかけることを躊躇いそうになる。

「うーん。緊張というよりも」
言いかけた言葉を遮るように声をかけると、二人は驚いた表情になる。
「あ!シンさん、仕事をください!」
「仕事?」
「はいッ!!洗濯はファジーさん一人でいいって言われて、他の皆さんにも人手が足りてるって言われたので」
「ふーん」
しばらく考える振りをする。
指示を待っている●●は待て状態の犬のようで愉快だ。

「そうだな。航海室を掃除しろ」
「はいッ!」
何か、嬉しそうだな。
仕事が出来て嬉しいという。
本当に変なヤツだ。



ぐらり。

そのとき船が揺れて。
彼女を支える。

「バカ。しっかりつかまっとけ」
腕に爪が食い込んだ。
「っつ!…って、つかまりすぎだ」
「あ!ごめんなさいっ!」

「床はモップをかけろ」
「はいッ!」
「手すりは雑巾で拭け」
「はいッ!」

何でも『はい』だな、コイツ。

「三回まわってワンとなけ」
「…ワン!」

本気でやるか…?

「バカか。素直すぎるだろ」
「だって、シンさんが冗談言うなんて珍しいから」
少し困った顔で俺を見つめてくる。

チッ。
余計な冗談を言ってしまった。


「目を閉じろ」
「え??」
「掃除を頑張ったご褒美をやる」
緊張した表情で、アイツが目を閉じる。
顔が真っ赤だ。わかりやすいヤツ。

「お前、発情期か。興奮するな」

バカ。
期待しても起きてる時にキスなんてしてやらねーよ。


ポン。
口にキャンディーを入れてやると、驚いた表情になっている。
「港で買った最後の一つだ。味わって食え。おい、何ニヤついてる」
「え!?だって、シンさんも甘いの好きなのに」
ああ。
そう言えば俺がケーキ食ってるとこを、モノ珍しそうに見てきやがったか。
普段は甘いものは食わないが、脳の活動を促す時に糖分は重要だ。

口からキャンディーを出そうとする。
「出すなッ!」
「え、でも、はんぶんこしましょうよ。よく弟ともこうやって食べてましたし!」
「食えるか!バカ」
俺が怒鳴ると、しゅんとしてキャンディーを口にしまう。

こいつ…

本気で一つのキャンディーを舐めあうつもりでいたのか?
誘ってるのか、ガキなのか。

いや、バカだな。


「ったく、お前といると体温があがる」
調子が狂う。
ぽんっとアイツの頭に手をおいてから、部屋を出る。
「外に出てくる」

外に出ると、不意にアイツに掴まれた腕の爪あとが目に入った。
肌にくっきりと浮かぶ小さな痕。

あのバカがこの船に居続ける限り、これからも俺にこうして痕をつけるだろう。

俺は最近どうもおかしい。
この傷を見る俺の目は、きっと今までの俺と違う気がする。
生き抜くために今まで数え切れない相手を傷つけてきた。

海賊になって、迷いは無くなっていた。

なのに。
そんな俺が。
どうして、たったひとりの女が傷つくことを、気にしているんだ。

「やっぱり彼女は、彼女自身の為に、この船から降りるべきだよね」

ドクターが気づいたら傍に立っていた。
「俺も、賛成です」
そうだ。彼女はここにいるべき人間じゃない。
生きる世界が違う。

俺たちはやはり…海賊なんだ。




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