Novel

□本編 Shinside
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31.禁欲

「ほんと、お前の目はごまかせねーな」

俺は溜息をついてから、笑顔を作った。

「俺のオフクロは孤児で…教会で育った。
両親も親戚も、血縁のある人間は誰一人いないと聞いていた。それなのにオフクロに宛てたオヤジの手紙にはこう書かれている。
<君の出生については誰にも話してはならない。君の出生を知れば、モルドーの連中は命を狙ってくるだろう>とな」

「それって・・・どういうことなんでしょう?」

「さあ、俺にも解らない。ただ・・・この言葉が気になって眠れなくてな。明日も早いし、さっさと寝なきゃいけねーんだけど」


手紙をいくつか読んでみたが、はっきりした事は書かれていない。

街外れの孤児院で育ったオフクロに、どんな秘密があったというのか。

オヤジの手紙は寧ろわざと確信に触れないように遠回しに伝える表現が多かった。


この手紙を読んでいるとオフクロとオヤジの互いへの愛情を感じることが出来る。

亡くなる時までオヤジの事を信じていたオフクロと、オフクロの為に命を賭けてウルを守ろうとしていたオヤジ

俺だけがずっと、何にも解ってないガキだったことを思い知らされる。

オフクロの出生。
オヤジの手紙。
カイ叔父さんの企み。
自分の愚かさに、

●●の寝言。

俺の眠れない夜は免れなくなった。




「シンさん!」

「・・・ってお前、何してんだ」

彼女が突然、ぎゅっと身体に抱きついてきた。



「むかし弟が眠れなかった時、背中をトントンしながら子守唄を歌ったらすぐ寝てたんですっ!」

そう言って俺の背中をトントンと優しく叩く。



弟?

俺をいくつのガキと同じ扱いしてるんだ?!




「よかったら子守唄でも歌いましょうか?」

さらに身体を密着させて、彼女は耳元で囁いた。


甘い香りと柔らかな感触が俺の五感を刺激する。

まだ耳に残るナギの名前が渦巻く独占欲に、再び火を付けるようだ。

二度とその身体から他の男の名を発することができないように隙間なく埋め尽くし、縛り上げてしまいたくなる。






「・・・ああ。たのむ」

オデコにキスをしてから、







ドスン!


――ベッドの下に彼女を蹴落とした。

「俺がそう言うとでも思ったのか」

「いったーーーーっ」


さっきの寝言といい、俺の理性を効かなくさせる無神経な行動といい。

「お前は男心がわからないヤツだな。そういうことされたら止まらなくなるだろ」

「へ?どういうことですか??」

邪気のない顔で、目の前の女は俺を見つめた。

「トントンするんじゃなくてナデナデしたほうがお気に召しましたか?!」




・・・・気が抜ける。


「もういい。お前は、今日は床の布団で寝ろ」

「ごめんなさい。気を悪くするなんて・・・」

「いーから寝ろ」

「よかれと思ったんですけど・・・」

「寝ろって言ったのが、聞こえないのか」

あまりのしつこさに、睨んでやる。




彼女は久々に怯えた表情を見せた。

その顔が、また歯止めを効かなくさせる。

暴走しかける加虐心を俺は出来る限りの冷静な態度で抑え込む。



チッ。

俺が背を向けると、●●は観念して床の布団に入ったようだ。




冷たくしたいわけじゃない。

ただ・・・・・。





「お前、よく夢を見るのか」

「夢、ですか??」

「寝言はまだ、治らないようだな」

「えっ。寝言いってました??ごめんなさいっ。もしかして…うるさくて眠れませんでしたっ?!」



自覚がないのか。

だとしたら、無意識でナギの名を?

どんな夢だっていうんだ。

あんな悩ましげな声のつづきで・・・・アイツの名前を嬉しそうに呼ぶなんて。




「私、何か食べる夢をいつも見るんです。貧乏だったからかなぁと・・・」

彼女は照れ臭そうに話しだす。

「フン。単に食い意地が張ってるだけじゃねーのか。」

「うっ・・・そうかもですけどっ。あとね、シンさんもよく出てきます。でもね、いっつも・・・」

「いつも、何だ?」

彼女は少しためらってから、

「いつもね、私に変なモノ食べさせようとするんです。絶対人間の食べ物じゃなさそうなモノとか」


・・・俺はそんなイメージなのか。

「私がイヤって言えば言うほどシンさんは嬉しそうで・・・他にご飯は無いから、これを食べるしかないって無理やり・・・」

だからいつも俺の名を呼びながら、泣いたり悩ましげだったりしてたってことか。

初日の夜は、たしかネズミだったか?


「あ、でも。今日の夢はナギさんの料理が出てきたので助かりましたっ!だから途中からは美味しいご飯の夢に変わって、幸せだったなーっ」


料理?

・・・・それで、ナギの名が?

身体を起こして、彼女のほうに向き直る。



「で?今夜のオレは何をお前に食べさせようと?」

「すごく大きい木の棒を。食べさせてやるからって、口に無理やり・・・」

・・・それは見てみたかった。

というかコイツの願望なんじゃねーのか。

「口が裂けそうになるし飲みこめないし、苦しくって」

●●は屈託ない笑顔を、俺に向けた。



そうだったのか・・・。

ほっとした自分に、驚く。


俺はコイツを調教しているつもりで、

どうもコイツの言動一つ一つに振り回されているようだ。




些細なことで、気が乱れる。

まだ抱いてもいないというのに。

このまま進めば俺はどうなるんだ?





――途端に、怖くなる。

女を抱くのが怖い?

この俺が・・・?



「お前とは、これ以上進まないことにした」

「ど、どうして?」

突然の宣言に、驚いた顔で彼女は聞き返す。




「宝を見つけるまでは、禁欲だ」

それだけ言うと、俺は理由を告げずに、また背を向けて布団を被った。




欲望と焦燥と、充足と嫉妬と、愛情。

長い海賊としての生活でも、一度も芽生えたことの無かった感情が。

たった一人の女によって。

次々と俺の中に鮮やかに色づき、

俺を変えていく――――。


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