Novel

□本編 Shinside
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2.朝陽

ったく、スッキリしない。
何でこの俺が寝不足なんかにならなきゃいけねえんだ。
それもこれも全部コイツ――

「おい、起きろ。クソガキ」
「ほえ?」

何度か呼ぶと焦点の合わない眼で俺を見上げる。
ホントにコイツは海賊船に乗ってしまった緊張感ゼロだな。

「あれ?シンさん気のせいかお顔の色が優れない気が…」
「誰のせいだと思ってるんだ?歯軋りはするし、いきなりベッドから転げ落ちてくるし」
思い切り溜息をついてやる。
「う、うそ!私寝相だけは良いはずなんです!」
どの口が言う。
「ほう?俺が嘘つきだと言いたいのか?」
「いやほら、だって…ベッドでちゃんと寝てますし」

チッ。
暫くの沈黙のあと、誰が戻してやったのか気付いたのか恐る恐る口を開く。
「あっ!あの、ありがとうございます」
「いいか?タダでメシが食えると思うなよ?海賊船に乗り込んだ以上、こっちのルールに従ってもらう。」
「わかりましたっ!」
●●は勢いよく返事を返してくる。
…ホントに調子を狂わせるクソガキだ。


シリウス号が浮かぶ海に朝陽が昇りはじめ、穏やかな光が船を目覚めさせる。
静寂に包まれた操舵輪は神々しいほど輝いていた。
まずはコイツに舵執りの大切さを教育しておかねばなるまい。

「すごーい!初めて見ました!!」
「風向きによって進路を少しずつ変える。まぁ、お前に言っても一生理解できないだろうがな」
今日は特別、風向きが良い。
いつものように舵をとると、視線を感じる。

「おい、人の顔をジロジロ見るんじゃねーよ。また顔色が悪いっていいたいのか」
「いえ。そうじゃなくて黒い瞳が綺麗だなって」
「………」

コイツ、何を口説いてきてるんだ?
「私の故郷のヤマトも黒い瞳の人はいるんですけど、そこまで深い色じゃないから…ほら、宝石みたいな色ですよ!」
そう言って顔を近づけ覗き込む。
「…やめろ」
俺の機嫌を損ねたと思ったのか、●●は俯いた。

「フン」
俺への機嫌取りのつもりかもしれないが、綺麗だと言われて喜ぶ男は少ない。
だが裏を返せば、そのガキくささは、俺を喜ばせるなどいう考えもなく口にしただけの単純な行動なのかもしれない。
どちらにしても、このクソガキに船の規律を乱さないだけの教育をする義務はある。
「ここを掃除しておけ」


数分後。
戻ってみると、舵は綺麗に磨かれていた。
「沈められないように一生懸命やりました!」
「心がけは褒めてやろう」
掃除の腕と要領は悪くないようだ。
それにコイツの態度は―――何かを連想させる。
そう、幼いころ妙になついてきた近所の犬だ。

「朝の海は気持ちいいですねー!」
●●は朝陽に向かって大きく伸びをする。
その姿は、とても酒場で働く種類の女に見えない。
「お前、なんで酒場で働いてたんだ?」
「うちはあんまりお金なくて、私が働かないと弟は学校に通えなかったし」
「そんなに貧しいのか?」
「はい。街全体も貧しかったし他に働くところが無かったので。でも私だってちゃんと役にたってたんですよ?店長も頼りにしてくれてましたし!」
「お前は掃除以外で役に立つのか?貧相なガキに酒の相手をされてもな」
「ヒドイ!でも結構楽しかったし、常連さんに『●●ちゃんがいると店が明るくみえるよ!』って褒めてもらったことあったんですよ!」
「社交辞令だな」

●●はそれ以上何も言わず、不服そうに眉間にシワを寄せた。
「…そんな理由で酒場で働くヤツもいるんだな」
俺の知っている酒場の女は、甘ったるい声とキツイ香水の香り。
権力のある男に取り入り金と愛情を絞り出そうと必死で…我先にと金をもつ男に群がる。
贅沢な暮らしを夢見て、酒場での労働から抜け出そうとしている奴も多い。
そういう強かで弱い女ばかりだった。

目の前のコイツはまるで酒場が似合わない容貌で、働かざるを得ない状況を愉しんでいる。
海賊船に乗ったクセに妙に度胸が据わっているのも呆れる程前向きな思考回路のせいだろう。



宴前に航海室で海図を眺めていると、指を抱えた●●が通りかかる。
「ナギを手伝ってたんじゃないのか?」
「はい。ちょっとだけ指を切っちゃって」
「どんくせーな」
紅く滲んだ血を●●の唇が含む。
「舐めとけば治ると思うんですけどね。ソウシさんに診てもらえってナギさんが」
唇からうっすらと覗く舌が、唐突に、少しばかり女の熱を放つ。

「…お前、ナギのようなクールな男が好みか?それともドクターみたいな優しい男か?」
●●の手首を強く掴みあげる。
「え?」
「勘違いするな。つまんねえ恋愛沙汰を持ち込まれると船の風紀が乱れるからだ」
ガキだと油断していても結局は女だ。
俺は今の船をそれなりに気に入っている。
こんなガキとも女とも知れないヤツに乱されるのは御免だ。
どうしてか胸騒ぎが消えない。

「俺の目的を邪魔するヤツは容赦しない。よく覚えておけ」
そう言い放ってから●●を解放する。
部屋を出て行く俺の脳裏に、折ってしまいそうなほど細い手首に残った痕がいつまでも焼きついていた。

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