Novel

□本編 Shinside
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19.嫉妬
「そんなにボケてたら、他の男に狙われるぞ。…こんなふうにだよ」

背中を向けたアイツの様子が気になって、キッチンに向かうと、ナギの声が聞こえる。

アイツ…


「っ…何きょとんとしてんだ。ほんとにやっちまうぞ」
「え?普通はきょとんとしません?」
「はぁ〜、気が抜ける…。ま、それがお前のいい所なんだろーけど」

ドアの隙間から、ナギが●●の顎を持ち上げて、顔を近づけているのが見えた。
その声は、大事なものを慈しむような穏やかさで、少しだけ、熱っぽさを帯びている。



その瞬間。
身体中の血が沸きあがってくる感覚に襲われた。

今すぐナギの手を振り払って、
彼女をこの腕に閉じ込めて。

永久に――
二度と他の誰にも触れさせないように離さない。

押さえきれずに暴走しそうになる感情を押し留めて、出来るだけ冷静な声で俺はキッチンのドアを開けた。



「よう」

俺に気付いたナギが、慌てて彼女の顎から手を離す。
●●は放心した顔で突如現れた俺を見る。
「ナギ。女の趣味が変わったんだな。ガキには興味無いんじゃなかったのか」
「ふん。冗談でからかっただけだ」
「へえ…」
冗談でからかうつもりなら、あのままキスすることだって出来ただろう。
だが、彼女の反応を見てキスを止めた。
それは冗談じゃないからだ。
ナギが本気で、彼女に惹かれているからだ。


「お前、甲板の手が足りない。こっちを手伝え」
彼女を睨みつけると、俺の不機嫌さが理解出来たのか、怯えたように返事をする。
「は、はいっ!わかりました!」
返事を待たずに、彼女の手首を掴みキッチンを出た。



「あ、あの…?こっちは甲板と逆方向です…けど…」
俺の態度に怯えたまま、恐る恐る彼女は口にする。
「うるさい!」
思わず大声になってしまう。

ナギもナギだが、ぼーっとしてるお前も悪い。
さっき押し留めた黒い感情が、一気に溢れ出す。


「もしかして…妬いてます?」
彼女が俺の顔を覗き込む。
俺が怒っている事に対して、場を和ませようとしているらしかった。
「あはは。じ、冗談ですよー!まさかそんな訳ないですよね?調子乗ってるって言わないで下さいね。ちょっと言ってみたかったんです」
「…るせー」

「え?」
「うるせーって言ってるんだ。海に投げ落とすぞ」
彼女を睨むと、さっきまでナギが触れていた細い顎が目に止まる。

「…」
彼女を壁に押し付けて、顎から首筋に唇を沿わせた。
「な、なにッ…し、シンさんっ」

その皮膚を、全て俺の所有の痕に染め上げたいくらいだ。
ナギが触れたことを消し去れるまで。
俺のこの黒い感情がおさまるまで。

彼女の表情を見ると、目をつぶって怯えたように肩を震わせる。




チッ、俺は。
また、何をやってるんだ…

これじゃあ寸前で抑えたナギより暴走している俺のほうが余程ガキだ。


「やっぱりビビッてるじゃねーか」
頬に軽く唇を当てて、
「フン。冗談でからかっただけだ…」
精一杯の強がりでナギの台詞を言う。

俺の唇が離れると、少しほっとした顔で●●は俺を見つめた。

俺は、掴んだ彼女の手首をねじ上げる。
「いたたたっ」
「いいか。俺以外の男にからかわれるな。わかったか」
「わ、わかりました」

ったく、すぐ隙を見せるからお前は、俺がこんな不愉快な気分にならないといけなくなるんじゃねーか。
やっぱり、誰に飼われているのかを一から教育しないとわからないようだ。

「シンさんって…意外と嫉妬ぶか…」
「うるさい!」
彼女の言葉を遮って、俺は甲板に向かった。



俺が嫉妬深いだと?
何故アイツはあんなにぼーっとしてるんだ。
お前が自覚がなさすぎるだけだろう?!
男だらけの船の上で油断はできない。

女は何でもアリの船長。
無害なフリして一番厄介なドクター。
●●への気持ちをストレートに出し始めたナギ。
色事に鈍感なわりに火が付くと力技で手を出しそうなハヤテ。
ガキ同士で立場が近いから接点が多いトワ。

どれもこれも要注意人物だ。
あいつらの危険度を●●は理解していない。

俺になついてるのは解っている。
だがもし男としてじゃなく、本気で飼い主だと思っていたら…?

慾に任せて触れれば怯えたような眼をした●●の表情が浮かぶ。

「…まさかな」
恋に夢見るような処女だ。

有り得ん事じゃないが、この俺に対して男を感じないなど―――
『おにいちゃんみたい』と言っていたセリフがリフレインする。

生まれて初めて感じる不安に俺は襲われていた。




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