Novel

□本編 Shinside
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16.混血




「みんなは大丈夫ですかね…」
●●は不安げに呟いた。
「簡単にくたばる連中じゃねーし捕まったりしねーよ。ここまでくれば大丈夫だ」
「すごく見晴らしのいい丘ですね」

懐かしいな…
ここにくるのも久しぶりだ。

彼女の視線が、俺の瞳で止まる。

「助けていただいてありがとうございます」
瞳の事には触れずに、彼女は頭を下げた。
「フン。飼い犬の面倒を見るのは俺の仕事だからな」
「私、シンさんに助けられてばかり」
少しだけ嬉しそうな顔をして●●は瞳を伏せた。
俺の眼帯の下の瞳を見ることを少しためらうようなしぐさに思えた。
人前で二度と外すまいと思っていた鎧は、なぜかコイツの前では自然と剥がれ落ちてしまう。

「…俺の身体は、半分はモルドーで半分はウルの血が流れてる」
●●が映っている俺の瞳は、片目ずつ色が違っている。
「オヤジはモルドーの役人で、ウルのオフクロと結婚した。俺はずっとオヤジの血を恥じていた」
彼女は黙って俺の話を聞いていた。

「俺が生まれる前、モルドーがウルを侵略した時、モルドーはウルの土地だけでなく、ウルの人口の半分を殺した。生き残った男は強制労働につかされ、女子供は奴隷にされた。モルドーはウルの全てを奪ったんだ」
●●は何も言わないまま、悲しげな顔になる。
「だからオヤジの血をモルドーの色を、封印したかったんだ」
「それで眼帯を?」
「ああ」
彼女が俺の手をぎゅっと握る。

「オヤジは出世のことしか頭になかった。船に乗ったまま帰らず、モルドーと結婚したオフクロはどんな辛い思いをしたか…」
「シンさんも…?」
「俺も、どちらにも居場所は無く混血と罵られた」
「シンさん…お父さんに傍にいて守って欲しかったんだね」
「…そうなのかもな」
彼女のあたたかい手をぎゅっと握りかえす。

「甘ったれたガキだったんだろう」
●●はぶんぶんと大きく首を振る。
「お前には…俺の気持ちがわかるんだな」
コイツのオヤジも家族を捨てたんだった。

「でも俺とお前は違う。俺はオヤジを許すことはできない。オフクロが死んだ時に誓ったんだ。海賊になってオヤジを失脚させてやるって」
俺はウルだのモルドーだのと縛られていた自分と決別した。
オフクロが死んだ日に、捨てた。

ここにいる俺は、海軍の敵である海賊だ。
どんな選択をしようと自由だった。

「オヤジは海賊を追う立場の役人だ。その息子が海賊になれば笑いものだろ。俺を捕まえにきたら、この手で殺してやる」
そして今度こそ、俺は完全にモルドーの血から解き放たれる。


彼女が怯えた顔をする。
「そんな怯えた顔をするな。モルドーに長居するつもりはない」
「いつか…シンさんの憎しみが溶けてなくなる日がくればいいのに」
彼女の唇から零れる言葉は、俺の胸に、いつも深く入り込む。
こんな時は、彼女の瞳を見つめることが出来ない。
そのまっすぐな瞳が俺の過去を本当に溶かしてしまいそうで。

この『復讐』という足場が壊れることを、俺は恐れている。
母を亡くしてから今までずっと――信じてきた道だから、簡単に引き返せなどしない。



「そんな日は、こない」
喉の奥からその言葉を搾り出した。
「もういい。この話はおしまいだ。返事は?」
平静を取り戻した俺は、彼女の頬を両手ではさむ。
「…はい」
「よし、いい子だ。みんなの元へ帰るぞ」



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