Novel

□本編 Shinside
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15.眼帯



「へえ。シンの言ったとおり、静かで小さな町のようだ。これなら大丈夫そうだね」
ドクターがそう言いながら船から下りる。

「少数民族が暮らす町で海軍の数も少ない」
以前と変わりなければ、定期的に港から入る海軍しか滞在していないはずだ。

俺が何故この町に詳しいのか、船長は感じるところはあるかもしれないが何も訊ねてこない。
船員の過去について口出ししないのは、俺にとってシリウスが居心地が良い理由の一つだった。






突然ものすごい音量の音楽がかかった。
な、なんだ…?

振りかえると、ファジーが小刻みに腰を振り、踊りながら降りてきた。

あの…大バカ…

「こうやって踊り子にみせかけるんだよっ」
「バカヤロー。余計目立つじゃねえか。音楽止めろ!」
ナギが慌てて音楽を止める。
「さっきは手伝えって怒鳴るし、今は踊ってるし。何なんだよ。わけわかんねーな」
ハヤテが呆れたように言う。

「お前、更年期じゃねーの」
ファジーにそう言ってやると、
「ふぎーー!!いくらシン様でもゆるせない〜〜〜!!!」
「ってえ!何で俺を殴るんだよっ!言ったのはシンだろ?!シンを殴れよ」
「乙女のアタイにそんなことできるわけないだろ!黙ってこの怒りを受けなっ!顔だけ剣士!!」
「んだと!人が大人しくしてりゃ!」
いつものようにハヤテとファジーの喧嘩がはじまった。

ったく、こいつらはガキか。
今は密入国中だって、全然わかってねーな。




「お願いします!食べ物をわけてください!家族が…」
「うるせえガキだな。お前にやる食い物はねえよ。おまえ、ウルだろ!どっかいけよ」
「お願いします!妹が病気で・・何日も食べてなくて」
声がする方を見ると、店先で店主とウルの少年がもめていた。

この町でウルの立場は相変わらずなんだな。
前にここに来た時と、何ら変わりの無い光景に溜息が漏れる。
少年は突き飛ばされて、店主は店に入って行った。



「ひでーことするな。ほら、これ」
ハヤテが少年を抱き起こして、金貨を渡す。
「わあ!金貨だ‼ありがとうございます!」
金貨を大事そうに抱えて、少年は何度も礼を言いながら走っていった。


「免罪符になるとでも思ってんのか。解決にならねーよ」
「シン。ならお前が政治家になればいーだろ!良い学校出たエリートなんだし!!」
ハヤテが噛み付かんばかりの表情で睨んでくる。

「ここの政治家は私腹をこやすことしか頭にねーよ。あんなガキ、この町にはウヨウヨいる。」
「何だ、偉そうに。金持ちの坊ちゃんが能書きたれんなよ」
ハヤテが、俺の胸倉を掴む。

一刻の情なんて、何の解決にもならない。
自分のちっぽけな正義感を、満たすだけだ。

「そこまでだ。仲間割れするなら、シリウスを追い出すぞ」
船長の一言で、ハヤテが渋々掴んだ手を離した。


「とりあえず船の修理だな。俺とシン、ナギは工場に向かう。ソウシは薬。トワと女達はそれぞれ食料や日用品の買出しに行ってくれ」
船長の言葉に、全員がそれぞれの仕事に向かう。
ふと、●●の視線を感じた。

「お前、トロいから役人に見つかるなよ」
「はい。市場に行くだけだから大丈夫ですよ」
こいつはすぐ、面倒事に巻き込まれる。
トワやファジーと同行なら問題はないだろうが、まあ、役人のほうも、こんな気の抜けた顔の女がシリウスに乗ってるなんて思わねえか…

俺は別行動であることに正直ほっとしていた。
この町は、誰にも見せたくない俺を――呼び起こす。



船工場から出て酒場に向かう途中で、●●が役人に捕まったとハヤテとドクターから聞かされた。
市場でウルの少女を助けようとしたらしい。

「ったく!トワとファジーは何やってたんだよ!」
ハヤテが近くにあった樽を蹴飛ばすと、ドクターが諌める。

「やめなさい、ハヤテ。物に当たっても仕方ない。とりあえず連れて行かれた牢を探さないと。トワ達もきっと彼女を探してる最中なんだろう」
「さっき役人を締め上げたけど何も知らされてねえみてーだし」
「目立つ行動はよせ。アイツが俺達と関わってると知れたらマズい」
ナギの心配も最もだ。

ハヤテの単純な行動で処刑が早まれば危険だ。
「とりあえず酒場でトワ達を待って全員揃ったら作戦をたてよう」
「そうだな」
ドクターの意見に船長も頷く。


やはり――アイツは率先して面倒事に巻き込まれる。一体どれだけ俺にかまってほしいんだ?
そうとしか思えねー。

「船長。俺は少し用を思い出したんで、酒場には後で合流します」
「ああ。遅くなるなよ」
船長はそれだけ言い、皆と一緒に酒場へと歩いて行った。





数分後。
俺はある家の前に立っていた。
ノックを七回すると、ギイッと重いドアが開き、隙間から小さな少女が顔を覗かせる。

「仕事を頼みに来た。シンだ」
「証拠は?」
淡々とした少女の様子に、俺は右眼の眼帯とシリウスの刺青を見せる。
確認を済ませると、少女はドアを大きく開き、俺を中へと案内した。

「君がここにくるなんて珍しいね」
奥に座ったままの男が俺を見て懐かしそうに眼を細めた。

「探して欲しい女がいる。今日市場で役人に捕まった。この町周辺の牢に入っているらしいが場所が特定できてない」
テーブルの上にドサッと金貨の袋を置くと、子供たちが群がってくる。
「わぁ〜!すごい数の金貨だ!シン、お金持ちになったんだね」

「…金持ちじゃなくて海賊だ」
そう言うと、端にいたマセた様子の少年が、
「オレ、シンの手配書みたぞ。すげえ懸賞金かけられてたな。オレがシンを通報すりゃ金持ちだ」

カチッ
銃を取り出し、少年の眉間の間に狙いを置く。

「やれるものならやってみろ」
突然銃を取り出したことで、きゃあきゃあと他のガキは隠れる。

目の前の小さな男と、互いの瞳の奥を探り合う。

コイツ――なかなかに度胸が据わっている。
自分の足元をチラチラと見ている。

「足元にある板を蹴り俺に当て、出来た隙で銃を奪う――そう考えているだろう?だがそれじゃあ遅い。俺が撃つ気だったらもうこの世にいないぞ。今の場合は考える前に動く方が正解だ」
「ははっ!やっぱシンにはかなわねえや。安心しろって。俺たちはプロの探偵団だ。顧客が気高きウルであれば職業なんて問わねえよ」

少年は屈託なく笑顔を見せた。
そう、ここは―――ウル専用の『何でも屋』

親が投獄されたり、親を亡くした子供ばかりで結成された組織であり、表向きは下働きや雑事の仕事を請け負うが、その実、ウル…特に子供は人間としても数えられていないという現状を逆手にとって情報を集めている。
その日食べるものも無い子供たちに仕事を与え、帝国の動向を探り、モルドーのなかでウルとして生きやすくするための組織だった。

「俺はこの先の酒場にいる。情報が集まり次第届けてくれ。それと、俺達との関わりが表面化しない方法で探ってくれ。パッと見はどうみても海賊には見えねー女なんだ」
腰かけた男は昔と変わらず柔和な笑みを見せた。
「わかったよ。場所についてはすぐ得られると思う。伝言を忍ばせることももしかしたら可能かもしれない」
「助かる。金が足りなければ言ってくれ」
「充分すぎるほどだよ。シン。…というよりも、君にとってその女性はきっと、これじゃおさまらないほどにかけがえのない人なんだろうね。君を来るつもりもなかった此処へ足を運ばせたわけだし」
「…余計な詮索はするな」

目が見えず足も悪いこの男の、相変わらずの詮索好きにバツが悪い気分になる。
チッ…だから頼みたくなかったんだ。

この男の悪影響を受けてか、ガキ共は<ひゅーひゅー>と口々に言って冷かしてくる。
「…」
ギロッと睨んでやると片っ端から大人しくはなるが。


「シン。今のモルドーは酷い。数少なくなったウルが片っ端から牢に入れられている。僕はもうどこにも歩いていけないし目も見えないが、君なら何かを変えられるかもと、僕は期待してしまう」
「そんな期待は捨てろ。俺は昔の俺とは違う」
「そうかな。今の君からはまた違った空気を感じるんだ」
「お前の勘も衰えたもんだな。それより、妹が病気だっていうガキがモルドーの店で揉めていた。知ってるか?」
「あ、その子、最近両親が牢屋に入れられたって子だよ。」
脇から子供が情報を寄越す。

「そう…なら、確か畑仕事を手伝ってくれる子供を探していた老人の家があったな。明日にでもその子を連れて行ってあげなさい」
「わかった!青い屋根の家だろ?犬とおじいさんだけで大変だって家。おじいさんは昔お医者さんだったって聞いたぞ」
この男は本当に、俺の言葉以上の仕事をしてくれる。
そこが子供たちに慕われる理由なんだろう。


これで満足かい?とでも言いたげに微笑む。
「その大切な人が、無事に戻ってくるといいね」
「…俺が海賊になった目的は変わらない。長居する必要もない。もうここに来ることもなくなるだろう」
居心地が悪くなり、俺は逃げるようにその家を後にした。








翌日。


広場で公開処刑が行われると、朝から町はその話題でもちきりだった。
女海賊だということで人々の関心が高いらしい。

「なんでもあのシリウスの女海賊だって」
「へー。シリウスって海賊からしか奪わねえっていう海賊団だろ?女海賊いたんだな」
「きっとすっげえ強面じゃねえのか?」
「いやいや。姉御って感じのすっげえ色っぽい美人だろ」


どうみても、アイツは女海賊って容貌じゃねーけどな。
「シン。なに笑ってんだ」
ナギが不審そうに声をかけてきた。
「いや。群衆の期待に沿えそうにないと思ってな」
「アイツを助けるんだろ。」
「ああ。当たり前だ。あんな薄汚い奴等に、いつまでもアイツを預けてられねーしな」
「同感だ」

昨夜のうちにアイツの投獄された場所もわかり無事も確認できた。
そして、『必ず助ける』との伝言も出来た。
あとは広場にシリウス全員で乗り込み、颯爽と仲間を助けるだけだ。
船長の計らいで、俺が●●を連れ出す役割を与えられていた。


広場に着くと、●●は壇上にあげられ、頭に銃を突きつけられていた。
それでも彼女は、銃を突きつけられたまま役人を睨みつけている。

やはり俺が見込んだ女だ。
あの状況であれだけ気丈でいられるのは、よほどのバカか忠犬か、それとも極上の女――

トワのカモメが処刑場の上を舞い、合図によって一斉に広場をかき乱す。


俺の銃声が響き渡る―――


「薄汚い手でそいつに触るな」

用意した馬で、広場の真ん中に突っ込み、片手で彼女を抱き上げ前に乗せる。

「しっかりつかまってろ」
「し、シンさん…!みなさん!!」

ナギ、ハヤテ、トワ、ドクター、そして船長。
それぞれが持ち場で役人達を蹴散らしていく。

「シリウスのシンだな!?女を渡せ!銃をすてろ!」
役人達が俺の馬へと集まってくる。

「こいつを渡すのも、銃を捨てるのも断る」
彼女を抱きとめる腕に、力をこめる。

「どうせ片目しか見えてないんだ!死角から攻撃しろ!」
役人が大きな声で叫ぶと同時に、俺は頭上に銃声を放つ。

これが―――第二の合図。


「おい。目を閉じてろ」
彼女の耳元で囁く。
「へ?目?」
●●は言われるがまま馬上で目を閉じた。

手綱を取りながら、銃弾を交わして、閃光弾を撃ち込む。

「あいにく、俺の片目は見えてるぜ」
この眼帯を人前で外すのは数年ぶりだ。

強い光と共に、追いかけてくる役人や逃げ惑う群衆が時を止めた様に固まり、その間に船長達が撤退していく様子が見える。

俺は光にやられなかった片目を使い馬を走らせ、腕の中の●●に言う。

「この先に馬車がある。そこで乗り換えるぞ」



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