Novel

□本編 Shinside
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13.抱擁


どのくらいの時間が経っただろう。

「シンさん」

ベッドの傍に腰掛けていると、彼女の声が突然聞こえた。
いつもよりかすれているが、聞き取れる。

「うわ。お前しゃべれるのか?」
「はい。まだ喉は痛いですけど」
「何でそんなにすぐ薬が効いてるんだよ」
「多分、ほとんど薬を飲んだ事ないから強烈に効くのかも…」


お前な…

「原始人レベルの回復力だな」
「ひど…っ!単に貧乏なんです!」
いつものやり取りに、俺の身体の力は抜けていく。

……よかった。


「心配させやがって」
ガラにもなく、俺の瞳に熱いものが沸きあがる。
体を起き上がらせた彼女を、思わず抱きしめた。
「本気で…お前が死ぬかと思った」
「私も死ぬかと思いました」
「バカ」


「あのね」
彼女が俺の身体に腕を回し、俺のシャツをぎゅっと握る。
「何で船長の申し出を断ったかって聞いたでしょう?」
彼女が残ると決めた夜、俺は聞いた。
なぜこの海賊船に残ることを選んだのか、と。

身体を少し離し、●●は赤い顔で真正面から俺を見る。

「シンさんと、離れたくなかったんです」
「…」
「それから、なんで俺なんか助けたとも聞いたでしょう?」
「…」
「あの時、自分の命より、シンさんの命が大事って思ったんです」
彼女は、言いたかった事を全部言った、というふうに、得意げに笑顔を見せた。


…ったく、コイツは。

どうして…こんなに深く、俺の心に入ってくるんだ。

「●●…」

その愛しい名前が、俺の口から思わず漏れた。
彼女をもう一度、胸に抱きしめる。

「このまま…抱っこしててください。…迷惑ですよね?でも今日だけはシンさんに甘えたいんです」
「生還した褒美をやる」
「え?」
「好きにしていい」
「く、くっついててもいいの?」
「だから、好きにしろって言うのが聞こえないのか」
「うん!好きにします!」
更に強く抱きついてくる彼女を抱きしめて、その背中を優しく撫でる。

「ほら、もっかい眠れよ」
愛しいと思う気持ちは、日に日に強くなる。
彼女の真っ直ぐな言葉や仕草が、腕の中のぬくもりが俺を満たしていく。

俺は今、●●を失うことを何より恐れていた。
俺が海賊で、たとえ生きる世界が違っていても、今は彼女をこの腕に抱きとめていたい。
こうして彼女の一番傍にいる男が、俺であってほしい。
心の中で強く、そう祈った。





「ほら、口をあけろ」
「シンひゃん。こんなの一口で無理ふぇふ。もうひょっと優しく食べさせてくれても…」
「ほう、俺に口答えか?なら自分で食え」
「ま、待って下さい!食べます!食べさせていただきますっ」
俺が差し出したスプーンを、口の周りに米粒をつけながら、●●は粥をほおばる。

「おいしい〜!!」
「すさまじい食欲と回復力だな」
「ナギさんのお粥が凄く美味しいですし、ソウシ先生のお薬もとっても良く効いてくれますし、それに…」
「それに、何だ?ニヤニヤするな、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いってひどすぎます。私はただ、シンさんが食べさせてくれるから数百倍美味しいって言いたかっただけです!」
「お前に借りを作る気はないからな。ほら、薬も飲んでおけ」
「……」
薬を飲めというたび、●●は顔を赤らめモジモジする。

………何を思い出してんだか。

がっと顎を掴んでやると、反射的に●●は目を閉じた。
強引に口を開けさせて、水と薬を流し込む。

「げほげほっ。水一気にのんじゃいましたよ〜!」
「何を期待してる。馬鹿め」
「ちぇっ!シンさんのケチ〜!」
「フン。つまらん文句を言えるほど回復しているようだな。俺はもう行く。飯も薬も摂ったから、もう寝てろ」
「は〜い」

部屋を出て廊下を歩いていると、ナギとすれ違う。
器を下げに行くついでにアイツの様子を見に行くんだろう。

「アイツは寝てたか?」
俺に訊ねてくる。
「知らねー」
「様子を見にいってたんだろ?」
ナギが見透かしたような目で見てくる。

「アイツが無事で良かったな」
ナギが呟いた。
「そうだな。あれで死なれたら俺の気分が悪い」
そう返した俺に、ナギは短く返す。
「素直じゃねーな」

余計な世話だ。
「…俺には好都合だ」
ナギはそれだけ言うと、俺に背を向けて●●のいる部屋へと入っていく。

…だから何だっていうんだ。





3日後。

船長が、船の修理のためにモルドーに密航すると言い出した。
「海軍の本拠地ですよ?危険すぎます。俺は反対だ。」
「もう決めた。密航すれば大丈夫だ。どうした?シン。何をそんなに反対する?」
「…」

右目の眼帯を押さえる。

モルドー。
憎むべき男がいる町。

そこには俺の、葬った過去があった。



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