Novel

□本編 Shinside
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10.選択



翌朝。

船長が次の行き先はブラッディトライアングルだと告げた。

世界中の海賊が集まる場所だ。
そしてその海賊たちを狙う海軍も出没する。

ブラッディトライアングルは船の墓場、死の海域と呼ばれている。
危険な海域だが、そこを通らずに目指す宝には辿りつけない。

いつになく皆の表情が険しくなる。
アイツだけは、きょとんとした顔で立っていた。
どうやらブラッディトライアングルを知らないらしい。




「おい、女!お前が望むなら、この港で降ろしてやる。最初はサメの餌にしようかと思ったが頑張って働いたしな。免じて自由を与える」
船長の言葉に、全員が黙る。

いつかこういう日が来るとは思っていた。コイツは海賊じゃない。当然だ。

ナギを見ると、珍しく動揺した表情をしていた。
俺が気づいているとナギ自身は意識していないだろうが、ナギもやはりコイツの事を…


「もちろん旅を続けたいなら、遠慮なく続けろ。お前はよく働くし、ふくよかな女とのコンビも捨てがたい」
船長が、選択肢を与える。
彼女が俺の方に視線を向けてきた。

何かを言いたげにも思えたが、
俺はそれに答える術を持たない。

彼女が答えを自分で出すまで黙って見つめるしかなかった。




「もうすこし…旅をつづけたいです」
彼女のその一言に、みんながほっとしたように見えた。
「やったー!これでまた一緒に旅ができるんですね!」
「お前がいないとこのデブチンが寂しがるからな」
「誰がデブチンだって?!」

これから向かう場所が、たとえ危険なものだとしても――その選択を喜んでしまう俺がいた。

「はっはっは!そうこなくっちゃな」
船長は豪快に笑った。
「またコキつかってやる」
ナギも例外ではなく。
珍しく笑顔を浮かべた。

そして俺も、きっとそうだったに違いない。
彼女の頭をぽんっと叩く。

「やっぱりお前は、筋金入りのバカだな」
本当にバカなヤツだ。
海賊船に残りたいなんて。

だが、そのバカを
少しでも長く見ていたい、傍におきたいと思いはじめている俺は、もっとバカなんだろう――






夜。
アイツが船に残る祝いだという宴の後――

甲板に出ると、月を眺めているアイツがいた。
何かに想いを巡らせているようだ。
すぐに話しかけられずに、しばらくその横顔に見とれる。

船に来た頃はガキだと思ったが。
いや、今でもガキだが。
それでも彼女は、美しかった。

日に日に女としての輝きを放っていくようにも思えた。
俺が変わったのかもしれない。
アイツを女として見るようになったからなのか。

「おい」
声をかけると、びっくりしたように振り返る。
瞳が濡れている。

…泣いていたのか?

「何で船長の申し出を断った?後悔してるんじゃないのか」
理由を聞いてどうしようと言うのか。
俺の傍にいたいと、言わせたいのか…

「後悔してません」
「じゃあ何で鼻が赤いんだ」
「こ、これは…えっと、自分でつまんで…」
「つまんで、何だ?」
「つまんで遊んでましたーーー!あはははは」


バカ。
ぎゅっと彼女の鼻をつまむ。

「いたた」
涙をごまかす仕草も、痛がる顔も。
もうとっくに、この心を捉えて離さない。


「船の上で一人になるな。もうすぐブラッディトライアングルに入る。あぶねーだろ」
危険な地域に入ったら、いつ大砲が撃ち込まれ、いつ侵入者が来るとも限らない。

「シンさん…何で、そんなに優しいんですか?」
「知るか、バカ」

優しい?この俺が?

女に冷たいと詰られたことはあっても、優しいなんて言われたことは無い。
今の俺が優しいと感じるなら、それは●●のせいだ。

「身体が冷えきってるじゃねーか。ほら、部屋に戻るぞ」
ふと、彼女の手にある紙袋が目に留まる。

「それ、何が入ってるんだ?」
「ファジーさんにもらったんです。港で買ってくれてて」
「ふーん。あいつ、いいヤツだな」
「はい!すごく嬉しくて!こんな豪華なドレス一枚も持ってないし!!」
「一枚もか?」

たしか彼女の家は貧しかったと言っていた。
いつも近所のお下がりを着ていたから、新しいドレスを持つのは初めてだという。

「そうか。でもお前は貧しくても、愛されて育ったんだろうな」
彼女の持つ、あたたかい空気は、愛されて育った証だ。
俺には無いものだ。
とっくの昔に、捨ててきたものだ。



「ねえ、シンさん。地図みて思ったんですけど、モルドー帝国には行かないんですか?」
「あそこは海軍の本拠地だから、寄らねーだろ」

モルドー。
聞き慣れたその名を聞く度に、胸の奥に強い衝撃を覚える。
「行ったこと、ありますか?」
「ああ」
俺の無言の拒絶を感じたのか、それ以上彼女はモルドーについて触れなかった。




「うわぁ!見れば見るほど綺麗なドレスだ〜っ!」
部屋に戻ると、彼女はドレスを広げて嬉しそうに眺める。
「…」
じっと俺を見て、遠慮がちに何か言いたげだ。

「なんだよ」
「今着てみたいんですが…」
「とっとと着ろ」

背中を向ける。

…………。

………………。

「もたもたしてねーで、さっさと着替えろよ」

………………………まだか?!

何してるんだ?!

衣擦れの音だけが聞こえて、様子がわからない。

「ええと、このボタンと紐が…あれ?あれれ?わ!絡まった」
「15秒以内に着替えを済まさないと、部屋から放り出すぞ」
「すみません!でもあのッ、だって紐とかボタンとかいっぱいあってわからなくて。こんな高級なドレス初めてで…」


ガタン。
反射的に俺は立ち上がって、ドアに背を向けて下着姿の彼女を抱きしめた。


「…何か用か?」
●●を抱き締めたまま、顔だけを入口に向ける。
ノックもしないで入ってくる非常識な輩は、必ず、ハヤテとトワだ。

「あ〜!抱き合ってる〜!!」
「お!おまえら!やっぱ付き合ってたんだな!!」
「前から怪しいとは思ってましたよ!」

やはりこの二人か。
「あーあ。ファジーが泣くぜ〜?」
ハヤテは、たまにファジーの肩を持つことを言う。

「だったらハヤテさんがファジーさんと付き合えばどうですか?」
「はあっ?何言ってんだよ!トワ!なんで俺があんな豚ゴリラ女とっ!」

ったく。ぎゃあぎゃあうるせーな。
そんなどうでもいいことは、部屋の外でやってくれ。

「いーからさっさと出て行け」
「へーへー。言われなくても出て行くわ。行くぞ、トワ」
「はい。お二人とも、素敵な夜を」

「ったくあいつら。ノックって習慣を知らねーのか」
うるさい二人が出ていった後、身体を離す。
「ごめんなさい。私がもたもたしてたから」


バカ。下着姿で上目遣いは止めろ。

「ハヤテさんたち、勘違いしてましたね…」
「どうせ明日になったら忘れてるだろ。言わせておけ」
「…」
「それより」
ドレスを引っ張りあげる。

「さっさと後ろ向け。背中のボタンを留めてやる。それとも脱がされたいのか」
「す、すみません。何から何まで」
素直に後ろを向いて、されるがままになっている。
ボタンをひとつひとつ留めながら、ふと苛めてみたくなる。

「お前、やっぱりちんちくりんだな」
耳元で、息がかかるようにわざと囁く。

「そ、そりゃあ!シンさんは!グラマーで!セクシーな女性が好きかもしれませんけどッ!!!」
彼女は真っ赤になりながら、耳を押さえて反応する。

「あほか。あれはトワが勝手に言っただけだ。ほら、ウエスト締めるぞ」
「私だって、これから成長するんです!成長期なんですぅっ」
「へえ、成長期ねぇ。まあ頑張れ」
「何ですか?その信じてない感じイッパイのどうでもよさそうな返事…」
「どうでもいいから仕方ねえだろ」
「…やっぱり」
●●は落ち込んだ様子になる。

「落ち込むな。お前がグラマーだろうとチンチクリンだろうと、俺の飼い犬だってことに変わりはない」
そういうことだ。

「シンさん…ドレス着せるの、慣れてますね。ってことは…脱がすのも?」
「うるせーよ」
軽く頭を小突いてやる。
一人前にそういう事はつっこんでくるが、
俺が今、誰を脱がせたいのかわかってんのか?


華奢な肩、細い首筋に所有の印をつけてやれば、どんな反応を見せるだろうか?
などと想像しては、それを実行するだけの理由を見つけられずに、涼しい顔で●●のウエストを絞っている自分に嫌気がさす。

「完成したぞ」
「どうですか?」
ドレスを着た彼女は、綺麗だった。

「ま、ちんちくりんも悪くないんじゃねーか」
「ほ、ほんとに??」
瞳を輝かせる彼女。
「下着姿も、そこそこよかったけどな」
「!」
頬を染める彼女を眺めていると、微かな音が聞こえてきた。


これは…!

床に彼女を押し倒し、片手で口をふさぐ。
「妙な音が聞こえないか?」

ドーーーーン

衝撃に、船が大きく揺れた。
やはり…きたか。


「敵の砲撃だ」




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