Novel

□Beauty and the Beast
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塔をゆっくりと登りきり、豪奢で重々しい扉の前で置時計ソウシは鈴を鳴らした。

「城で介抱しておりましたお嬢様が目覚め、ご挨拶をしたいとの事でしたので連れて参りました」

ギイッと僅かにドアが開く。

「…挨拶など不要だ。動けるなら出ていけ」

意外と若い男の、背筋も凍るような突き放した声がドアの隙間から漏れた。

「ですが、客人は久しぶりです。しかも可愛らしい女性です。部屋から出ることもなくこの城を訪れる者も途絶えれば、永遠に貴方は…」

「黙れ!」

グルルルッ、と低く獣が唸ったような声だった。●●は思わずヒッと口元を押さえる。



「余計なことは言わなくていい」

城の主は声を荒げたことを落ち着かせるかのように静かな声音で置時計を窘めた。
ソウシは一向に構わぬ様子で続けた。

「レディを怖がらせてはいけません。
彼女は森で迷子になったらしい弟を探しているそうです。あの鏡が役立てばと思ったのですが…」

しばらく沈黙があり、奥へと何かをとりに行く衣擦れの音が聞こえる。
だが同時に僅かに苦しそうな吐息が漏れ、

(お体が悪いのかしら…?)

●●は姿も見せようとしない相手が少し気になった。

(人に会いたくないほど酷いご病気とか?)




「治療が必要ですか?」

ソウシも主人の息遣いの乱れを感じたのか、
医者として様子をうかがうが、

「あとでスープを。それ以外必要ない」

ドアの向こうの男は冷静に言いきった。


「かしこまりました。くれぐれも無茶はなさらぬように」

「わかっている」

改めてきちんと声を聴くと、
ずっと聞いていたくなるほど清んだ素敵な声だと●●は感じた。




「鏡を見たら立ち去れ」

拒絶するかのように、鈍く光る手鏡がドアの隙間に投げられる。

探し物を映してくれる鏡など普段なら信じがたい提案だが、置時計や燭台が喋る時点ですでに普通ではない。

藁をもすがる思いで●●は鏡を手にする。

「有難うございます!この御礼は必ず!」




城主と少女を見比べて満足げに、ソウシは優しく使い方を説明した。

「鏡に自分を映してから見たいものを望むのです。その光景を映してくれます」

「はい。弟を…ヤマトは、どこ?」

ボンヤリと濁っていた鏡が波紋を拡げ、徐々に見慣れた弟の姿を映し出す。

「え…牢屋?!」

弟は見知らぬ牢に閉じ込められている。

「こ、これはこの城の地下牢ではないですか?!」

ソウシは驚いて鏡を覗き込む。




「どういう事ですか?!弟はこの城の牢屋にいるんですか?!」

「ああ、あの盗人の姉なのか」

城の主の心底見下したような声がドアの隙間から届く。



「盗人…?まさか!あの子はそんなことする子ではありません!」

「そいつはこの城の庭にあるバラを盗もうとしていた。それにソイツは俺の…いや、とにかく泥棒を罰するのは当然だろう」


「他に客人がいると私は伺っておりませんが」

ソウシは鋭い声で主を諌める。

「客人じゃない。ちょうどファジーが居たから伝えてある。伝えておけといったはずだが」

「ファジーはクローゼットです。そういう事は私にお願いします。食事の世話などもありますので」

「フン、盗人の食事の世話は必要ない。」

「待って下さい!弟に会わせてください!何かの間違いです!」

「彼をどうしようとお思いなんですか?」

ソウシの質問に、●●の心臓は脈打った。



「あのガキはここで下僕として働かせる」

「それなら!私を使ってください!弟はちゃんとした仕事があるんです。村に帰らないと職を失ってしまいます!私が弟の代わりに働きます!」

●●が言い切ると、

「いや駄目だ!これ以上ここに余計な人間は…」

城主は拒否するが、

「お待ちください。彼を解放して代わりに彼女に手伝っていただきましょう。これは使用人一同が望むことです。まさか異論はありませんね」

置時計のソウシは有無を言わさぬ様子で言いきった。

●●は何かおかしな空気を感じたが、城主の怒りを鎮め、赦しを得る為にも余計な詮索を止めた。

「チッ。勝手にしろ。俺はそいつと会う気はない。ここには近づかせるな」

ドアは完全に閉じられた。







***




「姉ちゃん…おれ…」

「ヤマト!無事で良かった!どれだけ心配したか…」

「ごめん。約束のバラ手に入らなかったんだ」

「そんなの良いのよ。ヤマトが無事ならそれだけで」

「オレ、この城にバラがあるって聞いて、それで貰いに来たんだ。ドアを叩いたけど誰も出てこなくて、それで勝手に貰って帰っちまおうって…そしたら…」

牢に近づくと●●の傷だらけの腕を見てヤマトは怯えたように顔を歪めた。

「姉ちゃん怪我してるのか!?まさか俺を助けるためにアイツに…」

「アイツ?」

「化け物だよ!姉ちゃん!早くここから逃げろ!俺見たんだ!この城には化け物がいる。黒い化け物だ!」



「化け物、とは心外ですね」

ソウシが鋭い口調で口を挟む。

「確かにこの城には黒い獣がおりますが、あなた方に危害を加えるものではありません」

「違う!この城の主人ってヤツもおかしい!お前達だって…道具が喋るなんて…絶対おかしい!」



「そうです。我々は呪われているのです。詳しくはお話できませんが、それが解ける日を待っている。さぁ、君の代わりにお姉さんがこの城で働いて下さるそうですので、帰り道を案内いたしましょう」

「姉ちゃん!駄目だ!」

「ヤマト。何にしてもバラを勝手に持って帰ろうとしたのはお詫びをしないといけないわ。ヤマトには仕事があるでしょ。ずっとお世話になってるんだからヤマトが戻らないと困らせてしまうわ。私なら大丈夫。許しを貰ったら必ず村に帰らせてもらうから」

「駄目だって!オレと一緒に村に帰ろう!オレが稼いで、お詫びの金は払うから!」

「お金の問題ではないのです」

ソウシは時計の針をポンッと鳴らして身体を揺らした。

「もう13時になってしまった。申し訳ありませんが、さぁ、弟君はお帰りください」

コツンコツンと牢へ近づく音が聴こえ、燭台のハヤテがピョンと牢の鍵を開けた。



「帰り道はオレが案内することになってる。外にお前らン家の馬も待ってるぜ」

「シャロットが?!無事だったんですね!」

●●は嬉しそうに聞き返した。

「ああ。傷の手当と水は与えたが、飼い主を見失って怯えてる。さっさと会いに行ってやれよ」

ヤマトは牢から出る。と、同時にハヤテは●●を牢へと押し入れた。

「怪我人に手荒な真似して悪いが、お前を帰すわけにいかねーんだ。しばらくココで待っててくれよな。さ、ガキ。馬のとこへ案内するぜ」

「…姉ちゃん。オレ、村に帰って皆に助けてもらえるようお願いするから!必ず助けに戻るからな!」

ヤマトは小声で●●に囁く。



「ったく。オレらは悪者かよ」

ハヤテはため息をついた。

「まぁ、この場合そうなるよね」

ソウシがニッコリと笑う。

「ちぇっ。俺はこんなチンチクリンの女を無理に残しても意味ねーと思うけど」

言い捨ててから、燭台はヤマトを火で追い立てながら出ていった。












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