Novel

□田舎娘とホスト
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「綺麗な顔に傷がつくぜ、兄ちゃん」
黒服の男達は目の前の男がクラブシリウス人気の男と知らないのか、シンを取り囲む。
足を蹴られて蹲っていたリーダーらしき大男がヨロヨロと立ち上がった。
「くそっ!お前もホストだろう?この街でうまくやっていきたきゃ俺達に媚を売るしかねーんだよ」
シンを殴ろうと大男は拳を振り襲いかかるが、あっさりと避けられた。

シンは男達を見下し、大きくため息をつく。
「俺はホストじゃない。お前らにも興味はない。そこの客に用があって来ただけだ。邪魔するな」
男達を一瞥した後、シンはノアの方を向いた。
正確にはノア、ではなくノアの後ろの娘に向けられたようだった。

「おい、スカしやがって!無視してんじゃねえ!」

次の瞬間―

懲りずに飛びかかった大男は地面へ倒れて気を失っていた。
正にそれは一瞬の出来事で、周りの男達は一斉に怯んだ。
「邪魔するなと言ったのが聴こえなかったのか?」


やはり只者じゃない、とノアはシンから目が離せなかった。綺麗な容貌から想像もつかないほど喧嘩慣れている。
つかつかと完璧に磨かれた靴先がこちらへ歩いてくる。
急に距離を詰めてきたシンにノアは身構えた、が、トワが一歩前へ出た。

「シンさん。どうしてここに?そろそろ営業時間じゃないですか?今日は同伴の女性たちはどうしたんですか?」
「あんな見世物行列やってられるか。そもそも借金は船長が作ったモンだろ。俺には関係ない」
「でもっ…せっかく人気出てきたのに」
「どうでもいい。それより…」

シンは田舎娘の腕を掴み、グイッと引いた。

「何やってるんだ、お前」
「へ?いや…あの、昨日ノアさんに助けていただいて、御礼がしたいって言ったら店に遊びに来て下さいって事だったので」
「そんなことは聞いてねー。何でホストクラブなんかにいる?」
「だ、だから…お礼と言うか偵察というか、観光…というか?」
「ちゃんと船長の許可は取ってるんですよ、シンさん!僕が一緒なら気分転換にはいいだろってことで」
トワが慌てて田舎娘を庇うが、シンは冷たく言い放った。
「俺の許可は得てない」
「う…シンさん指名いっぱいで忙しそうでしたし。他店見学なんて絶対反対するでしょうし」
トワは場を和ませようと、あははと愛想笑いをした。
「見学ならトワ一人で充分だろ」

ノアは驚いた。
やはり彼女達とシンは知り合いらしい。目の前で、シリウスの人気ホストはみるみる周りの空気を冷えさせている。

「で?気分転換になったのか?」
シンは大きく息を吐き出してから、落ちついた様子で娘に尋ねる。
「う、ええと…そ、そうですね。シリウスと違った雰囲気のお店で参考になる事も多そうだし」
「へえ。男と楽しそうに話して気分転換とはな」
「なっ…!そんなんじゃありません!し、シンさんだって…シンさんだっていつも女の人達とっ…」
「あんなのお前が嫌だと言うならいつでも辞めてやる」
「え…」
「ったく。俺が何の為にbPになろうと…チッ、まぁいい。とにかく帰るぞ」
「あ、あの、でもまだ御礼らしきことはちゃんと出来てなくて」
田舎娘は最悪のタイミングでノアを見た。


「…こいつを助けたって?」
シンはノアへ声を掛けた。
「え、ええ…。荷物を拾っただけですが」
「ノアさんは盗られそうになったお財布も取り戻してくれたんです」
「そうか。俺の女が世話になった」

え?

ノアは、何が起こったのかわからなかった。
(おんな?シンと?この娘が…?)



「こいつ、シリウスのシンじゃねえか?!」
黒ずくめの男達の一人がハッとした顔で叫んだ。何を今更、とノアは思ったが、男の発言は続く。
「そうだ!思い出した!海賊のシンだ!悪魔の航海士って呼ばれてる…海賊王の船に乗ってる男だ!」

「海賊?!」
ノアは思わず声に出してしまっていた。

シンは伸びている大男と取り巻く黒づくめの男達の方へと近づく。
そして懐から銃を取り出し、伸びている大男へと銃口を向ける。

「シリウスのシンって言えば…極悪非道で容赦ない冷血な男だって…な、何で海賊がラムでホストなんかに!?」
大男は怯えながら口にする。

「やりたくもねー事をやらされて只でさえ機嫌が良くねーんだ。これ以上煩い真似をして俺と俺の女を不快な気分にするようなら、血も涙も無いと言われてるこの俺が相手をするとお前らのボスにも伝えておけ。次は気を失うだけじゃ済まないとな」

「「「「ひえええ!」」」」

ガラの悪い男達は大男を抱えて慌てて去っていく。




「アンタ…あいつらを追っ払ってくれて有難う」
オーナーは恐る恐るシンへ近づく。
「マシな用心棒くらい雇ったらどうだ?ああいう奴らは幾らでも湧いてくるだろう」
「最近売り上げが芳しくなかったからね。古株のスタッフ以外は辞めちゃってね」
「お前らの店のせいだろ」
リアムが切れた唇の端を拭いながらシンを睨んだ。
「リアム!礼くらい言ったらどうだ!」
オーナーは慌ててリアムを窘めるが、シンは大して気にしていない様子だ。

「海賊だったのか…」
ノアは驚いた様子でシンを見た。
「それがどうかしたか?」
シンは鋭い眼光でノアを見据えた。
「い、いや。この街は海賊もホストもギャングも皆受け入れる街だから、驚いただけで別に問題はないよ。ただ…」
ノアは田舎娘を見た。

彼女を俺の女だとシンは明言した。
だとしたら彼女は海賊に囚われた一般市民なのか…?冷酷非道な海賊に無理矢理連れ回されてるのか…?
シンみたいにモテて女を選り取りみどりな男が、どこにでもいそうな田舎娘をこんなに気に掛けていることがノアは不思議に思えた。

先ほどの冷えた空気を放つシンを思い出して、助けが必要なんだろうかとノアは田舎娘とシンを改めて観察してみる。

「シンさん…。勝手に他のお店に来てしまってごめんなさい。ノアさんの言葉に甘えて、シリウスのお店の参考になるような情報がもらえたらって思ったんです」
「お前がクラブシリウスの事をそこまで考える必要はない。お前は俺の事だけ考えていろと言ってるだろう?そもそも働き過ぎだ」
「それはシンさんの方です!だってシンさんが一番になろうと頑張ってるし」
「それは…そうすればホストを辞めていいと船長から言われたからだ」
「え?」
「ここに来てから店のことばかりで、ロクにお前と出かけたりもなかったし、変に有名になったせいで出かけてもイチイチ騒がれるしな」
「シンさん…」
「とにかく、お前にかまってやる時間も取れなかったからな。飼い犬の世話も必要だろ」
そう言うシンの顔は少し照れたように見えた。
ここにシンのファンの女達が居れば、皆卒倒するだろうと思う程に、その表情は柔らかく、ノアの心配は杞憂だったとすぐに気付く。


彼女からシンの話が出た時は、真逆の二人に接点など思い当たらないように思えたが、二人が恋人だと知った今、これ以上にピッタリとくる組み合わせが思いつかない程だ。
互いの足りない部分を補える関係とでも言うのか、とノアは感じた。
彼女が持つ瑞々しい色香はシンと居る時にこそ最大限に引き出される。
全身で『大切』な相手だと伝えようとしている様子が何とも愛らしく美しい。
シンの方も、悪魔の航海士という異名がしっくりくるほど人を寄せ付けない怜悧な容姿を持つくせに、彼女と居る時は色んな表情を見せ、ずいぶん近寄り易い雰囲気を醸し出している。

(似合だな…)

ノアが何となくボウッと二人を見ていると、
ふと、シンと目が合う。

何をじろじろとコイツを見てるんだ、とでも言いたげな鋭い瞳がノアへ向けられた。
それは同伴行列で見た不機嫌な様子とも、ギャングを追い払った冷酷な様子とも違い、ただ一人の男としての可愛らしい嫉妬心を思わせ、ノアは思わずクスリと笑うというあるまじき反応を示してしまった。


「シン様よ!」
「本当だわ!店に行っても居なくて探してたのに〜!」
「何でハコブネにいらっしゃるのかしら?」
「もしかして転籍?!だとしたら私、今度はハコブネに通っちゃう」
騒ぎが去ったからか、再びハコブネに集まってきた女達がシンの姿を見て騒ぎはじめる。


「シンさん!早く店に戻りましょう。騒ぎになる前に」
トワがそっとシンに話しかける。

「ところで、何で女装してるんだ、トワ」
「だって船長がこの恰好で行けって」
「女装?」
ノアは口を挟んだ。

「あ。僕、男なんです」
バツ悪そうにトワは頭をかく。
「え゛ッ」
ノアはまたまた何が起こったのかわからなかった。
「そんなに可愛いのに…」
「ええ〜。照れちゃうな」
「褒められてねえだろ」
シンが溜息をこぼした。
「褒めてます!理想の女性だと思ったのに…」
ノアはがっくりと項垂れた。


「シン様〜!一緒にお店に行きましょうよ。今日は私、一番高いボトル入れちゃう!」
「あら!私もよ!シン様の召し上がるお酒を心を込めて作るわ」
女達は我先にと猫なで声でシンに擦り寄る。

シンは女達を押し退けて、グイッと田舎娘の腕を掴んだ。
「え?あ、あの…シンさん?!」
田舎娘は目を丸くしてシンを見た。

「悪いが俺はこれから先、永久にコイツ専属だ。ボトルが飲みたいなら、代わりにコイツらと飲め」
シンはノアとリアム、そしてトワの方を見遣る。

「えっ!?シンさん!僕、船長に何ていえばっ…!」
トワが慌ててシンを引き留めようとするが、
「船長には言ってある。昨夜でドクターの売上は超えた」
シンは田舎娘を引っ張って、さっさと店から出て行った。

「あ―…もう。しょうがないなぁ」
そう言ってため息をつくトワは、呆れ顔というよりも嬉しそうな顔をしていた。
「彼女。よく彼の恋人になれたね。いや、オレはお似合いだとは思うけど」
ノアは正直な感想を呟いた。

「そうなんですよね。僕も、シンさんはグラマーでセクシーな人が好みなんだとずっと思ってました。ずっと恋人は作らないって言ってたのに、突然恋人になっちゃって。でも今では、二人は出会うべくして出会ったんだと思ってます」
「ああ。そう見えるよ。あれはきっと、シンの方が彼女に入れ込んでるね」
力いっぱい頷くノアは、恋がしたい気持ちになっていた。
「同感です!」
優しく微笑む隣のトワを見て、今夜のつかの間のトキメキに、ノアはそっと別れを告げた。


















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