Novel

□エピローグ SHINside
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「ええ!?あんたたち、まだヤッてないのかい!?」
モルドーの酒場で。
店じゅうに響きわたりそうな程のファジーの声に、俺は持っていた酒のグラスを落としそうになる。
チラリとナギやドクターがこっちを見たのは見逃さなかった。

(アイツら…)

「しっシーッ!…ふぁ、ファジーさん、声が大きいですっ!」
慌てて人差し指に手をあてて制す●●の声もシリウス連中に届くほどには大きかった。

(…まるで公開処刑の気分だ)

「そんな誓いまで交わしといてヤッてないなんてどういうことだい?!まさかシン様、あっちの方に問題が…」

(あってたまるか)

「具体的にはどこまでいったのかもっと詳しく言いなよ。シン様のアレは見たのかい?で?どんなだい?」
「ファジーさん〜〜!」

(もう我慢ならん)

ぽかっ

「あいたっ!」

俺は近づいて行き●●の頭をはたいた。

「貴様ら二人ともまとめて地獄に行きたいようだな?」
銃を構えるとビビる●●越しに、ハヤテが肩を震わせて笑いをこらえているのが見えた。

(チッ…脳天撃ち抜いてやろうか)

「ごめんなさいっ。だってファジーさんに聞かれたから」
「お前は聞かれたからとベラベラと何でも話すのか」
「うっ…すみません…」
「守秘義務ってのを教え込む必要があるな」

「シン様!なんで●●とさくっとヤッちまわないんです?」
俺と●●の間にぬっと顔を出したファジーがサクッと痛い所を聞いてくる。

「ぶわーはっはっ!もームリ!マジムリ!」
ハヤテがついに堪えきれずに吹き出した。
「おいおい、ハヤテ。ここは酒を飲みつつ聞こえねえフリしてやるってのがオトナってもんだぜ」
船長がハヤテの肩をたたき、俺を同情するかのような眼で見る。

(こいつらには品位ってモンがねーのか?!…いや、求める俺がまちがってるのかもしれねえ)

「ふんっ。わざわざ説明するのも馬鹿馬鹿しいわ」
俺が呆れて吐き捨てると、●●は取り繕うようにファジーに答える。
「いや、あの、違うんです!実は毎晩、ハヤテさんとトワ君が部屋に遊びにくるんです」
「コザル二人がかい?」
「ポーカーしようとか、スゴロクしようとか怪談しようとか」
「怪談??」
ファジーの目が『怪談』ワードに輝く。
「アタイ、怪談結構好きなんだよ」

そんな事はどうでもいいが、話が逸れるならこの際ファジーの怪談好きの話題を拡げてやってもいい…そう思っていると、元凶が会話に入ってきた。

「だってよー!シンだけ恋人ができるなんてズルいじゃねーか」
いつものように毎晩邪魔をしてくる、トワを引き連れたハヤテだ。
「僕は無理やり連れていかれるんですけど…」
「んだよ!トワだって、ずりーと思ってんだろ?」
「思ってませんよ…てゆーか、そんなに羨ましいならハヤテさんもファジーさんと付き合ったらどうです?」

ぶっ
今度は俺が吹き出す番だった。
ハヤテが思いっきり睨んでくる。

「なんでオレがこんなブースカと!?」
「ブースカだって!?てめえ耳の穴から指ツッコんで奥歯ガタガタ鳴らせてやろーか!」
「うっせえ!天地がひっくり返ったってお前なんかとはありえねえっ」
「あ!今アタイの豊満なバディを意識しただろ!?ヤラシイ目で見ないでくれるかいっ!?」
意外と似合いなのかもしれねーが、本っ当にどうでもいい。

「アタイだって例え無能でもコザルよりシン様の方がいいに決まってるだろ!」
「おい。誰が無能だ」
ファジーの言葉に思わず俺も参戦することになる。
「ぶわっはっは!おいシン。無能とか言われてんぞ」
「え?シン様がアッチに問題あるって話じゃなかったのかい?そりゃアタイのせくしーバディを見りゃそんなものイチコロで治るだろうけどさ」

(むしろ萎えることだけは断言できる)

「ファジー。お前とは会話が成り立たねえな」
「そりゃあシン様とアタイはコトバが無くても通じ合うカンケイだけどさ!アタイはシン様と●●が上手くヤれるように応援してんだから、ちょっとは褒めてくれたっていいじゃないか〜!」
「なら雰囲気ぶち壊しな笑いしか取れねー化粧やダンスを●●に教えるな」
「がーん。せくしーだって聞いて頑張ってたのに…」
●●がぼそっと呟く。

「シンさん!僕も応援してますよ!ダメな時があっても気にしないで下さいね!」
「だとよ!気にすんなって!」
「お前ら話聞いてたのか?言っておくが俺にダメな時なんてねえし、気にもしてねえ!」
俺は思わず大きな声で言い張った。


「シンさん…あのっ…」
●●が遠慮がちに俺の上着の袖を引っ張る。
いつしか賑やかな酒場のギャラリーの注目を浴びていて、近くで酒を飲んでいたはずのナギは他人のふりを決め込み、ドクターは苦笑しつつ遠巻きに見守り、船長は腹を抱えて笑っている。

(クソ。こいつらと居ると俺まで馬鹿の仲間入りをしているように思えてくる)

「チッ、ガタガタとうるせーな」
俺が席を立つと、
「あっ…、ど、どこいくんですか?」
●●も慌てて立ち上がる。
「ちょっと外の空気にあたってくるだけだ」
「…」
●●はじっと俺の顔を見つめた。
「何だよ、その顔は」
「いや、一緒にどうかなと思いまして…」
遠慮がちに俺の様子をうかがう。

(ホントにコイツはいつまで経っても…)

「一緒に連れてってください、だろ?」
「は、はい!連れてってください!!」
「よし。許可する」
「ありがとうございます!」

俺と●●のやり取りをハヤテとトワが不思議そうに見た。
「ったくお前らの付き合い方っつーのがよくわかんねーよな。●●、そんなに子分みてーにしなくても、シンのことドーンとケツに引いちまえよ」
「●●さん!僕も応援してますね!」
トワがキラキラした瞳で●●を見る。
「お、応援されてもっ…」
●●は焦った顔で俺を見た。

(フン。主導権を●●が握るなんて百万年早い)

「あ、やっぱお前ケツもちっちぇえし無理かもしんねーよな」
ハヤテが笑う。
ケツ『も』とは、色々どこをどんな目で見てるんだか…と追及したくなるが、余計な口出しをすればまたこいつらにからかう隙を与えることになる。

「あ!シンさん待ってくださいっ」
背を向け足早に出て行こうとすると、●●は急いで後ろを付いてくる。
「…」
振り返ってその存在を確かめるように見つめると、
「ん?あの…どうかしました?」
少し恥ずかしそうに笑顔を見せる。
ただそれだけのことがこの胸を温め、穏やかに満たしていく。
コイツが主導権を握るなんて想像もつかねーが、骨抜きというのはこういう事を言うのかもしれない。



「ほんとお前って犬みたいだな。俺のあとを、どこでもついてくるだろ」
「…だってシンさんのそばにいたいんだもん」
「…」
っとに、コイツは何でこんなに直球なんだ。
こっちが照れる。

「じゃあ飼い主のいうことを聞け」
僅かに赤みを帯びた頬を隠そうと、俺がわざと意地悪な口調で告げると、●●はおそるおそる訊ねてくる。
「ええと…たとえば?」
「おまえからキスしろよ」
「……」
俺の言葉に、●●の感情が手に取るようにわかるような百面相に近い表情の変わりっぷりを見せてくれる。
届きやすいように少し屈んでやると、意を決したように●●は目を閉じる。
おい。先に目を閉じてたら唇がどこかわかりづれーんじゃねえか?

カチッ

「いて」
「ご、ごめんなさい!」

やはりと言うべきか、
「歯があたっちゃった…」
ロクにこっちも見ずにあんな勢いでぶつかってきたら当然だ。
「ガキ」
そう言いながら俺の腕は●●を力一杯抱き締めた。

「ヘタクソ」
「う…だ、だって!めちゃくちゃ勇気だしてしたのにっ…」
「もう一度だ」
「ひえっ…む、むりっ」
こんなヘタクソなキスに堪らなく幸福を感じる。
今までの自分では想像もつかなかった程、どうかしている自覚もある。

「おまえ、異常に身体が熱いぞ」
「だ、だってお店のなか混んでて暑かったから…」
「ふーん。ほんとにそれだけか?」
「そ、それだけ…です」
「なら目を見て言ってみろ」
「ち、ちかっ!」
「何を恥ずかしがってる?」
「だってシンさんの顔が近くてっ。綺麗過ぎでびっくりするし…っ」
「は?」
何度もキスしておいて何を今更。

ふとデジャヴのような感覚に囚われる。

そういえば――
こうやって路地裏でコイツに詰め寄り、
『俺とお前じゃ人種が違う』
そう言って突き放そうとしたことがあった。
あの頃の俺は何も分かっていなかった。

あらためて●●を見つめるとボンヤリした瞳で考え事をしているようだ。
「どうした?」
「昔の事を思い出してたの。今、こうやって一緒にいられるのが夢みたいだなって」
「夢じゃねーよ」
やっと手に入れたんだ。夢なんかにしてたまるか。

むぎゅ

「いったーい!」
頬をつねってやると、●●は涙目になる。
「な?現実だろ?」
「ひどい…何でそうやってイジめるの?」
「可愛いから」
「!」
そう言うと耳まで赤くなって慌てふためいているのも、ますます可愛い。

あの時と同じように●●を壁に押し付け、唇を重ねる。
「んっ…」
毎晩邪魔しにくるハヤテ達のせいで、そういえばキスすら堪能する機会も少なかった。
今なら邪魔が入らな――

「こんなとこで、イチャついてんじゃねーよ」
「な、ナギさん!」
(…チッ。やはり入るのか。)

「よう、ナギ」
「はぁ〜…ったく」
ナギが煙草を取り出し咥える。

「み、見られた…」
●●は顔から湯気が出そうな程慌てた様子でブツブツと呟いている。

味覚の劣化防止の為か料理人のナギが煙草を吸う事なんて殆どない。
シリウス自体、陸に上がった際にたまに嗜む程度で、喫煙者は居ないと言ってもいいくらいだが。
「珍しいなお前がタバコなんて」
「あんな場面見せつけられたら吸いたくもなるだろ」
「何でシンさんもナギさんもフツーにしてるんですかっ?」
「お前は動揺しすぎだ」

「み、見られましたよ、シンさん…」
「うるせーな。キスくらい見られて困るもんじゃねえだろ」
「わわわっ…きすって言った!こ、困ります!」
「へえ。ナギに見られて困るのか?」
「ナギさんがって訳じゃなくて!そりゃあシンさんやナギさんは大人の余裕ってやつでしょうけど、私は恥ずかしいし…」
「じゃあ困っていろ」
「え?ひどい」
「困ってるのも可愛いから俺が愉しめる」
「た、たのしまないでくださいっ」
「おい。イチャつくのは俺が吸い終わるまでヤメてくれ」
ナギはフウッと大げさに煙草をふかした。



「皆さんモルドーに戻ってきてたんですね!」
見覚えのあるヤツが近づいてくる。
「ミリーさん!」
●●が助けたウルの少女だった。
「ああ。あんたは元気にしてたか?」

カイ伯父さんの失脚でこの国は変わろうとしていた。
「はい!今学校に通ってるんです」
「学校?」
「ダン総督のおかげでウルの差別のもとになっていた政策が全て撤廃されて、大人は職につけるようになって子供も学校に行けるようになりました」
一度生まれた差別がすぐに無くなることは難しい。問題もまだまだ山積みだろう。だが確実に父は国の為に動いていた。

『母さんの故郷は私が守る。シン…お前は自分の信じる道を行け』

父の言葉が浮かぶ。
「禁止されていた文化や伝統も自由になりました!」
「そうか…短い間に色々変わったんだな」
「はい!ウルはまだまだ貧しいけど、これからもっと良くなるって信じてます」
ミリーは屈託ない笑顔を見せた。

そうか…
病に臥せっていた母さんが、何も疑うことなく最期まで父を想い続けていたのは、きっとこんな笑顔を、父が多くの人間に与えていることを知っていたからだ。

きっと馬鹿が付くほど…人の為に、ウルの為に、母と俺の未来の為に―死力を尽くしていたんだろう。

学校があるからと笑顔でミリーが去った後、
「よかったな」
ナギが俺の肩にポンと手を置いた。
「ありがとな」
思わず感謝の言葉が漏れた。
こいつらと旅をしなければ、モルドーに来なければ――●●と出会わなければ、俺は瞳を曇らせたまま大事なものを失い果てていただろう。

「おい、泣くなよ」
ナギが俺の横顔を見て言う。
「アホか。泣いてねーよ」
瞳の奥に熱いものを感じるが、まだその時じゃないとぐっと堪える。

「●●、明日オヤジに会ってくれないか?」
ゆっくり話がしたいとオヤジから連絡が来ていた。
長い空白の時間を何から埋めるべきかと迷っていたが、まずは俺を変えた女を紹介する所から始まるんだろう。

「え?私も行っていいんですか?!」
「お前が居なきゃ始まらねーだろ」
「はい!」
緊張した面持ちで●●は頷く。
ナギが俺の肩に置いた手にグッと力がこもった気がした。



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