Novel

□ユカタシリウス
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戸惑いながら、食堂のドアを開けると――
「わぁ〜!●●さん、綺麗ですね!」
トワ君が私に気付き、他の皆もお酒を飲む手を休めて一斉に私を見た。

「本当だ。すごく似合ってるね。可愛いよ」
ソウシさんが笑顔をくれるけれど、じっと見つめられると何だか気恥ずかしい。
「…」
「ナギ兄?何固まってンだよ?!」
黙ったまま微動だにしないナギさんに、ハヤテさんが笑った。

今夜は船長の提案で、浴衣で宴をすることになっていた。
私は朝顔に金魚模様の白地の浴衣に紅い帯を締めた。
ヤマトにいた頃、近所の女の子のお下がりをもらって着たことがあったから、何とか着付は出来た。

「食え」
紺色にストライプが入った落ち着いた浴衣に銀鼠の帯を締めたナギさんが、目の前に<たこ焼き>を差し出してくれる。
ナギさん、心なしか顔が赤い…?
「あ、ありがとうございます」

テーブルの上は、たこ焼き、イカ焼き、焼きそば。縁日風の食べ物とヤマトのお酒が所狭しと並んでいた。
「はっはっは!今夜はヤマト気分だな!」
上機嫌の船長は、深い紅の浴衣の前をかなり肌蹴た状態で寛いでいる。


「あの…シンさんは?」
私がきょろきょろと食堂を見廻していると、
「シンなら航海室で用事を済ませてから来るそうだ。それより今夜の●●は女らしいし色っぽく見えるな!よし!俺の隣に座って呑め」
船長に呼ばれて、船長とソウシさんの間に座った。

「だけどトワ、浴衣なんてよく見つけたね。」
そう言ったソウシさんは白地に松葉色の帯を締めて、品の良い雰囲気を漂わせている。
「倉庫の掃除をしてて見つけたんです。で、でもどうして僕だけこんな浴衣なんですか?これって女性用じゃあ…」
「しかたねーだろ。トワがこの船に来る前に揃って買ったモンなんだからお前の分まではねーんだよ。だが女物もよく似合ってるぜ!」
そう言ってトワ君を茶化すハヤテさんは、金やら赤やら紫やらのド派手な花火模様の浴衣を着て黒い帯を締めていた。
トワ君は紺色の向日葵柄の可愛らしい浴衣を男性風に腰で締めて着ている。


「あの、どうして女性用の浴衣が何着もあったんですか?」
私が尋ねるとソウシさんが微笑んだ。
「船長がヤマトで贔屓にしてる女性に、って幾つか買ったみたいだけど、結局渡せなかったからね」
「どうして渡せな…」
…かったんですか?と聞こうとして、
「男と女には色々あるってことだな。ガキにはまだ早い」
船長が遠い目をしたので、それ以上聞くのを止めて、私は目の前のお酒を飲んだ。

「しかし、ブタにも真珠だな!」
ハヤテさんが私を見て笑っていると、
「バカか。それを言うなら馬子にも衣装だろ」
シンさんが食堂に入ってきた。
シックな黒地に紫紺の帯が良く似合っていて、直視できないほど色っぽい。

「何を見惚れている」
フン、といつものように不敵に笑われて、私はシンさんをじっと見つめてしまっていたことに気付いた。
「えっ!いえ…あの、ま、馬子にも衣装ってヒドイじゃないですか」
「Fair feathers make fair fowls.」
「??」
キョトンとしていると、ソウシさんがシンさんを嗜めた。
「こら。言い方変えても一緒じゃないか。●●ちゃんが可愛いからって、シンってばそんな意地悪ばかり言うんじゃないよ。」

意地悪って…今の言葉もやっぱり馬子にも衣装と同じような意味なんだっ!

「俺はべつに」
ソウシさんには強く言い返せずに、シンさんは諦めたようにドア近くの椅子に座った。
素直じゃないね、と耳元でソウシさんは囁いて、ウインクをしてくる。
浴衣だとみんな雰囲気が違うから、いつものことだとしても、思わずドキドキしてしまう。

「ナギ兄!俺、ワタガシ食いたい!」
「あ!僕はりんご飴食べたいです!」
ハヤテさんとトワ君が言う。

まさか、綿菓子やりんご飴が出てくるなんて…

「あるよ」
やっぱり、あるのっ?!

「ワタガシうめー!」
子供みたいにワタガシを頬張るハヤテさんと一緒に、私もナギさんに渡されたワタガシを口にした。
ピンク色に色つけられたそれはふわふわとしていて、食べた瞬間に雪のように溶けて、甘い砂糖の味が口いっぱいに拡がる。
「美味しい〜!」
思わず笑顔になると、ナギさんは満足そうに微笑んでくれた。

「たこ焼きにヤキソバ!ワタガシにりんご飴。ヤマトの夏まつりって楽しいですね!他にどんなことするんですか?」
トワ君がりんご飴を一生懸命食べながら、聞いてくる。
「ええと、金魚すくいとか、花火とか、射的とか、盆踊りとかかな」
思いつく限りのことを思い出してみる。

「金魚すくい?金魚を救うのか?」
ナギさんが不思議そうに言う。
「浅くて面積が広い水槽に泳いでる金魚を枠に紙が張られたポイっていうもので、すくうんです。」
「何だ!釣りか!ナギ兄得意だよなっ!」
ハヤテさんがナギさんに笑顔を向ける。
「釣りじゃなくて…こうやって水からすくって…」
トワ君も驚いた顔をしている。
「紙でなんて破けちゃうじゃないんですか?」
「うん。だから面白いんだよ」
この説明でわかってもらえてるのかな…?

「手で掴んだ方が早い。そもそも獲ってどーするんだ。食うのか?」
ナギさんまで、金魚すくいを全然理解していない。料理の再現率は凄いのに行事についてはやっぱり知らないことが多いのかな…?
「食べないですよっ!飼って育てるんです。」

「魚は飼うより食うほうが楽しいよな!」
ハヤテさんが食べきった綿菓子の棒を振り回しながら言った。

ううーん。
何て説明したら伝わるんだろう?
ええい、ここはもう…話題を変えるしかない!

「は、花火はみなさん見た事あるんですか?」
「オレは見た事あるぜ!花火っつーのは派手でいいよな!」
花火柄の浴衣を着たハヤテが楽しそうに言うと、ソウシさんが同調した。
「そうだね。私もヤマトで見た事あるけど、とても綺麗だったな。確か火薬と金属の粉末を混ぜるんだったかな」

ナギさんがぼそりと言う。
「それなら大砲撃てばいいんじゃねーか?」

た、大砲…。

風流とはいいがたいけれど、近からず遠からず?

「色んな国に似たようなモンはあるが、ヤマトの花火は芸が細けえというか、色んな形があって見ものだったな」
「職人技っていうんだろうね」
船長とソウシさんがヤマトの花火を手放しで褒めると、嬉しくてくすぐったい気分になる。

「射的は、おもちゃとかを銃や弓で撃って落とすゲームなんです。シンさんがやればきっと百発百中ですよね!」
食堂の端で黙ってお酒を呑んでいるシンさんに私は声をかけた。

「当たり前だ」
シンさんは自信たっぷりに言った。
「うわ。嫌味なやつ」
ハヤテさんがからかうけれど、シンさんは、フン、と、相手にせず、お酒を口に運んでいた。

何だか機嫌がよくなさそうだなぁ…
シンさん。

「盆踊りなら、僕たちも出来そうですよね!」
トワ君が言い出すと、かなりお酒を呑んでいる船長が大声をあげた。
「よしお前ら!今から盆踊りだ!踊れ!」

それを合図に、盆踊りだか何だかよくわからない踊りを、トワ君、ハヤテさんが踊りだす。
「違うよ。こうだったんじゃないかな」
そう言いながらソウシさんが盆踊りらしい踊りを教えはじめて。
「ナギさんもおどりましょうよ〜!」
お酒で浮かれたトワ君がナギさんに絡む。

「離せ」
「そんなイケズなこと言わないでください〜!ほら腕を上にあげて〜!」
「やめろ」
酔ったトワ君を引きはがすのにナギさんは手いっぱいで。

シンさんを見ると、呆れた顔でドアを開けて出て行ってしまった。
酔って浮かれて踊り暴れる皆に気付かれないように、私はそっと後をついていった。




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