Novel

□Trick or …? before Christmas
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(何だかこのカボチャ…見覚えが…)
ハロウィンを終えて倉庫で一人片付けをしていると、宝箱の底からオレンジ色のカボチャが出てきた。
奇妙に思って眺めていると、突然…

「Trick or Treat!」
カボチャから声が響き、くり抜かれた顔の中が光り始めたと思ったら辺りは真っ白な光に包まれ、ケタケタと笑い声が聞こえてくる。
「きゃっ…な、なに…?!…あ…」
フッと気が遠くなる気配がして――
不気味な笑い声の主のカボチャが視界の端にぼんやり映ったまま…私は完全に意識を手離した。





「おねえちゃん!」
「ん…まだ寝かせてください〜…」
「…おい!」
「ごめんなさいシンさん!すぐ起きますっ」
ガバッと起き上がると、そこは見慣れない部屋だった。

「あ、あれ…?ここは…」
「…」
ベッドの脇には子供が一人、立っている。
艶やかな黒髪に白く透けるような肌。
うっすら薔薇色に染まった頬。
身に着けている洋服も上品で、キチッと着こなされたベストと胸元のリボンが良く似合っていて印象的だ。
――綺麗…まるで天使みたい…
横顔にほうっと見惚れているとその子は、
「ちょっと待ってて。シスター呼んでくる」
そう言ってすぐ出て行ってしまう。

しばらくして落ち着いた雰囲気の修道着姿の女性が部屋へと入ってきた。
「目が覚めたかしら?あなた、庭に倒れていたの。この子がみつけたのよ」
この声…どこかで聞き覚えがある…
「庭…?助けていただいてありがとうございます……あ!…え?シスター…?」
穏やかな笑顔に思わず呼んでしまう。
「あら、知り合いなのかしら?」
「…いいえ。人違いかも…」
まさかね…だって私が知っているシスターよりかなり若く見えるし…

「シスター。このおねえちゃん寝ぼけて俺の名前呼んでたんだけど」
そう言って私を見る綺麗な子供は、
よくよく見ると瞳の色が左右違っている。
見覚えのある、この宝石のような深い色の瞳はもしかして…

ぼんやりと思い出してきた。
倉庫にあった不気味なカボチャ。
私は意識を失って…ここへ。

あれは以前シリウス号で皆の記憶を変えてイタズラをしたカボチャだ。
まさかあのカボチャのせいだとしたら…今回もおかしなことになっているのかもしれない。
嫌な予感が込み上げてくる。

「あの、つかぬことをうかがいますが…今は何年ですか?」
おそるおそる尋ねると、シスターは落ち着いた声で驚くべき年号を告げた。
十八年前…だ。
嘘を言ったりしているようには見えない。

じゃあこの女性はあのシスターで、
そしてまさか…この子はっ……

「なに?」


そう聞き返す声は幼くて、
聞き慣れたいつもの声とは違うけれど…
でも!!

ぎゅううぅぅぅ〜〜っ
思わず思い切り抱き締める。
俺の名前って…俺の名前ってことは!

「な、なにするんだよ!く、くるしい…」
「シンさぁ〜〜んっ!!シンさんなんですよね!」
「はなせ!変質者っ!シスター、何とかしてよ」
小さなシンさんは必死に手足をバタつかせてシスターに手を伸ばす。

ああダメ!
抱っこしてたら顔が見れないよ!
一旦身体を離して、改めてまじまじと見つめる。
あまりに可愛すぎて一瞬女の子かとも思ったけど…この利発そうな瞳に通った鼻筋、薄い唇、少しクセのある柔らかい黒髪はっ…

か、可愛すぎるよ〜っ!!
天使が舞い降りたかと思ったよ!!
シンさんっ!!


「シスター助けてってば!」
シンさんはシスターに怯えたように訴える。
「あらあら。シンが天使のように可愛らしいからお姉さんも一目で好きになってしまったようね」
「俺は初対面で抱きつくような恥知らずは嫌だ…!」
私はより強くシンさんをぎゅうっと抱き締める。

「そんなこと言わないで下さい!まだ私たちは出会ってないですけどいずれ運命の出逢いをして…ってもうそれ以上は言えないんですけどっ!って、小っちゃい〜!!見れば見る程可愛い〜!!」
「ち、小さいとか可愛いって言うな!俺は男だぞ」
「わかってますって!わかってるけど可愛いんですもん!」
思わず頬ずりしてしまう。
「ああもう!おねえちゃん気持ち悪すぎ」
天使のような顔で酷いこと言われても全然許せちゃう。
おねえちゃん、とか新鮮すぎるよ!

「ふふ。シンはとっても可愛いけれど、そろそろ離してあげてくれないかしら。初対面で抱きつかれたら引いてしまうわよ」
シスターがニコニコと言う。
「あっ、すみません。初対面というか実は…私はみ…っいた!」
未来から来たかもしれない、と言おうとすると途端に激しい頭痛が襲ってくる。
「いたたた…」
「え?だ、大丈夫?」
シンさんが心配そうに顔を覗き込む。
「シンさん!心配してくれるんですねっ!」
「その…シンさんってのやめてくれない?俺は年下だろ」
「ええ?!シンさんをシンさん以外で呼ぶなんてっ…してみたいけど緊張するっていうか…!し、シン…シン君っ!きゃー!言っちゃった!」
「そ、それだけ元気だとダイジョーブそうだね。あー、俺…お医者様を呼んでくる」
シンさんはますます変な人を見る目で私から逃げるように言う。

「そうね。シン、お願いするわ」
「たいしたことないのでお医者様なんておおげさですよー」
とベッドから出ようとすれば、
「行き倒れてた人が大したことないなんて自分で判断してはいけないわ。大人しく寝てなさい」
有無を言わさない形相でシスターに寝かしつけられてしまう。
…シスターは怒ると鬼のように怖いってシンさんが言ってたよね…。
私は黙ってベッドに戻り従った。



シンさんがお医者さんを呼びに出て行くと、シスターは近くの椅子に腰かけ改まった様子で切り出す。
「あなた、お名前は言える?」
「名前は…っつ!いたっ!」
名乗ろうとするとまた頭痛がおとずれる。

「大丈夫?無理に思い出さなくてもいいわ。記憶がないようね。シンのことを何故知っているのかも思い出せないのかしら?」
「…私はみら…いたたっ」
また頭痛が襲ってくる。
言いたいけれど、言えないなんて…

「肝心なことが思い出せないんですけど…なぜか知ってるんです…」
「そう。貴女を見ているととってもマヌケそうだもの。悪人には見えないわね」
「ま、マヌケ…」
「あらお気を悪くしないで。私だってこの教会を守る役目があるの。ここは万人に開かれた場所だけれど、悪さをするアンポンタンなら私が懲らしめちゃうから」
あ、アンポンタン?!
「はい、誓って!私は危害を加える気持ちはありません。かなり怪しいかもしれませんけど…シンさんのことも貴女のことも大好きなんです」
「あなたとお逢いしたことあるのかしら?」
「わからないです…でも…気付いたらここにいて、どうしていいかわからないんです」
「そう。…でも、初対面のはずなのに変ね。貴女がシンを大事に想っているのは伝わってきたわ。帰る場所を思い出せるまでゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます!」
「シンもね、今の間だけ預かっているの。あの子の母親が街の大きな病院に入院することになったのよ」
「エマさんがですか?」
「あら…そんなことまで知っているの?」
「あっ…はい。お父さんの名前がダンさんだってことも。それからシンさんが…それから…」
言いかけて止まってしまう。

有名な海賊団の航海士で、すごくカッコよくてモテモテで、銃の腕は一流で、意地悪だけど本当は優しくて……
って、きっと言っても変に思われるだけだよね。

それにまた、あの頭痛が襲って来ても怖い…

「あの子の父親は少しばかり有名だものね。おかげで今はウルにとって良い政治が続いているわ。だからエマも安心して治療が出来るのよ」
シンさんが学生になった頃からウルへの差別は特別酷くなったらしくて、シリウスがモルドーに行った時は誰彼かまわず牢に入れられる状態だった…
この頃はまだ、ウルへの差別は激しくなくてシンさんのお父さんが政治に発言力を持っていた頃なんだ。
「じゃあダンさんは…シンさんの傍にはいないんですよね…」
「そうね。忙しい人だから。もう出て行ったきり一年になるわ」
「シンさん…寂しいかな…やっぱり」
「あの子なりに納得いく答えを探しているんでしょうよ。また便りが来れば少しは紛れるでしょうし」
でも大人になったシンさんは…お父さんを憎んでいた。便りも寄越さなくなったって。


その後、シンさんがルウムの町医者だという初老の男性を連れてきていくつかの質問をされて診察を受けたけれど、特に異常は見受けられないとのことだった。

やっぱり、あの不気味なカボチャが原因だよね…
ハロウィンは終わったっていうのに何でこんなことになっちゃったんだろう。
私が倉庫から居なくなってたら皆心配するかな。
シリウス号はどうなっているんだろう?
そしてどうやってここから元の世界に戻れるんだろう…

少し不安な気持ちが過ぎる。
ふと、シスターの後ろに隠れるようにして私を警戒しつつ好奇心に満ちた目で私を眺めるシンさんと目が合う。

ううん。
弱気になっちゃいけない。
可愛いシンさんに会えてラッキーだと思えばいいんだ!
前の悪戯も何とかなったわけだし!
よし!今回もきっと元に戻る方法さえ見つければ何とかなる!…よね?

とりあえずあのカボチャを見つけて、
絶対に元いた場所に、大人のシンさんの所に戻るんだから!
イタズラが過ぎるカボチャにはお仕置きだ。
…って少しだけシンさんの真似をしてみたりね!

「何ヒャクメンソウしてるの?」
小さなシンさんが奇妙なものを見る目で私を見る。
あはは。この冷たい感じ。
懐かしいといえば懐かしいような…?



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