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鼻歌を歌いながらとある建物の廊下を歩く渚。ふと前を見れば脚立で蛍光灯を交換している女性の姿があった。その奥の廊下を走ってくる男の子。どうやらその子は深く被った帽子で足元しか見えていない様子。

「あ〜」

ちょっと小走りする渚。その予感は的中し脚立に男の子がぶつかりバランスを崩した女性は足を踏み外した。

「きゃっ!!」
「よっっと」

女性を片手で受け止めてもう片方の手で男の子を支え、足で脚立が倒れるのを制する。

「なっ、渚さん!」
「お嬢さん、きれいな肌に傷でも着いたらどうするの」

そのセリフと綺麗な笑みで決まると思いきや、男の子のリュックの口が空いていたようでカバンの中全てがひっくり返り3人に沈黙がはしる。とりあえず3人でひっくり返ってしまった中身を拾い集める。

「山瀬君!!早く早く!みんな待ってるよ!」

呼ばれて顔を上げた男の子は瀬戸内憂で、渚と女性から荷物を受け取ると頭を下げその声をかけた男の方へ走って行った。

「ねぇお嬢さん、あの子」
「あぁ、山瀬憂君ですよ。最近売れ始めて」

女性はそう言うと雑誌を一部渚に見せる。付箋が貼られているページを捲ると憂の姿が載っていた。

「これ借りていいかな?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「ありがとう」

渚は脚立を畳もうとして紙が落ちているのに気がついた。女性はまだ気がついていないようでそのまま気づかれないように雑誌に挟み込む。

「お礼に脚立は片付けておくよ」
「ありがとうございます」

綺麗な笑みに女性は今度こそ顔を赤らめて渚の背中を姿が見えなくなるまで見惚れていた。
脚立を片付けてエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。そのまま到着した階の一番奥にある部屋をまるで自室であるように入っていった。
しばらくして再び扉が開く。そこには渚と同じ顔、双子の兄である猿飛夏目である。優雅に寛いでコーヒーを飲みながら紙を広げる渚の姿。

「なんでここにいるの?」
「あっ、おかえり〜」

呑気に挨拶が帰ってきて再びため息を着きながら奥の席に向かう。

「瀬戸内憂ってどんな子?」
「瀬戸内?あぁ山瀬憂ね。本名は瀬戸内憂。誰に対しても優しくて器用で何事にも自分でトライするタイプの子だね」
「なるほどね」

質問の意図が全くわからず楽しそうに納得する渚の正面のソファへ腰掛けると今まで見ていた紙を渚の方へ向ける。そこには大きな屋敷の間取りと見取り図が描かれているその傍にはティアラ、ネックレス、指輪、ピアスの高価なアクセサリーの写真。小さな紙には警備の時間やセキュリティの内容など事細かな情報が書かれていた。

「なにこれ?」
「憂君の計画書って所かな。この4枚の写真は1年前に盗まれたものと類似するね」
「盗まれた?」
「瀬戸内憂君しか見た事ない、でも確かに祖母の結婚式の写真では写っているこの4点のアクセサリーが隠し場所ごと忽然と姿を消した。実の娘だった母親でさえ見た事ないものだから憂君の両親はその話を信じてなくてね」
「パパラチアサファイアも使われてる希少なアクセサリー。そんなの鑑定書とかで買った人物の名前がわかると思うけど」
「これがまた面白いことに、全て無いんだよねー」

あっけらかんとお手上げポーズをする渚。もう一度手に取って見取り図を見る夏目はふとこの絵に見覚えがあることに気がついた。

「この屋敷、確か西園寺邸じゃない?」
「西園寺ってあの資産家で結構なやり手の?」
「まぁ裏ではあくどいことやりまくって………悪い顔してるよ」
「とっても面白いことしない?」
「安定のエリート警察はもういいの?」
「特になろうと思ってなったわけじゃないのが僕の凄いところだよね」

キメ顔する渚に夏目は呆れる。昔から渚はそうだった。人を引き寄せ自分の思い通りにあれよあれよという間に自分の立ち位置を確立させる。これでルックスが悪ければまだマシなのかもしれないが、ルックスもあって神は二物を与えずどころかこの男には5物ぐらい与えてしまった。
同じ顔でも夏目はそうはいかない。やるべき事はきちんとしないと身につかないし自分が思い描くならその通りになるように努力をしなきゃいけなかった。

「で、何企んでるわけ?」
「猿飛のsでWSってのはどう?」
「うん、とりあえず落ち着いて」
「予告状は…」

もう夏目の話は耳に入っておらず、自分の手帳を取り出して模索し始めた。
予告状。確かに渚は言った。つまり盗みに入る泥棒になるということなのか。

「泥棒の片棒担ぐの?警察が?」
「泥棒なんてかっこ悪い!怪盗だよ」
「……結局盗むんでしょ?」
「失礼な、取り返すって言って欲しいね」

ウキウキで書き上げてきたその紙には『怪盗WS』という文字とその隣にはドクロのマークが描かれていた。まるで海賊旗のようだ。

「なぜにドクロ?」
「猿飛だからサルのドクロ」
「それ人のドクロと絵では見分けつかないから」
「え〜!そうかなぁ」

神が与えなかったものが2つだけ存在した。画力と近代社会において重要な機械の扱い。そのふたつだけは夏目が教えても壊滅的なセンスの無さである。警察学校時代の人物像の模写はある意味画伯だったらしい。

「とりあえず情報の確認と予告状のほうはしておくよ」
「可愛くね!」
「可愛く?ドクロ書いといて?」
「え?めっちゃ可愛いお猿のドクロじゃん!」

押し付けてくる手帳の絵。だがどっからどう見ても海賊旗にふさわしいおどろおどろしいドクロであった。
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