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□プロローグ
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瀬戸内憂は都会にしては珍しく降る雪の中傘もささず、防寒着も身につけずただ黒の学ランで白い息を吐きながら走っていた。とある昔ながらの屋敷と呼べる広さの家の門の前で足を止めた。
そこは祖父母宅で昨年祖父が他界したため祖母1人で住んでいる。普段なら綺麗に整備された古めかしいながらも綺麗な門。だが鍵のあった場所には大きく穴が空いており、手をかける取っ手はズタズタに傷がついていた。

「っ!」

息を飲んでその門をくぐると家の引き戸も全開になっており、綺麗に手入れされていた庭には薄く積もった雪がところどころ赤く染まっていた。
再び駆け出した憂は座敷で母親に抱えられ父親に布を傷口に抑えられている祖母の姿があった。

「ばぁちゃん!!」
「憂、落ち着きなさい。傷が頭だから出血は酷いが命に別状はない」

駆け寄ってきた憂を片手で制止しながら落ち着かせる。だが普段優しい笑顔を見せて出迎えてくれる祖母は固く目を閉ざし動かない。13歳の憂にはあまりにも過酷な現実だった。
救急車と警察が駆けつけ母親は病院に祖母に付き添い、父親は警察の事情聴取に呼ばれ憂1人その場に残る。

「君は瀬戸内憂君かな?」

放心状態の憂に声をかけたのは優しく笑顔を見せるスーツの男。白い手袋と靴にはビニールのカバーをつけている。

「誰」
「警視庁の宇佐見って言います」
「警察」
「そ!実はこう見えて刑事なんだけどね」
「その刑事さんが何か用ですか?」
「おばあさんの身に何が起こったのか一緒に見て見ない?」
「ちょちょちょ!!宇佐見警部!」

優しく微笑んだ宇佐見の腕を引き慌てたのはその部下である籠山。

「こんな放心状態の子供に何言ってるんですか!」
「こみちゃんはこれだから堅物なんだぞ」
「こみちゃん言わないでください!」
「カリカリしないの」
「させてるのは誰ですか!」

うるさそうに耳を塞ぐ宇佐見。普通は殺人にはいたっていないものの傷ついた祖母の姿に放心状態でいた憂にその現場を見せることはしないだろう。なんせ現場は憂も知ってる場所でありその場所がめちゃくちゃに荒らされているのだから。

「大丈夫だよ。ちゃんと鑑識の許可も下りたし、子供だからって部外者にするのは大人の事情だよ」
「子供を守るのは大人の義務でしょ!」
「それはこの子の意見じゃない」
「見せてくれるんですか」

その声に籠山は慌ててしゃがみこんで憂と目を合わす。だが憂の目は先程までの放心状態ではなくしっかりと籠山と視線を合わす。
そんな様子に説得しようとした籠山を他所に笑顔で白い手袋を渡す宇佐見。

「Of course!」

きっと事情を説明された両親には後で聞いたところで確実にはぐらかされていただろうし、祖母に思い出させるわけにも行かない。
この宇佐見という刑事はそんな後の事まで理解しての行動だった。
立ち上がり連れていかれた場所は祖父母が大事にしていた仏壇のある部屋。
祖母が大事にいつも拭いていた祖父の遺影が床に割られ位牌は折られており、それ以外の壁や床には門のところにあった傷と同じようにズタズタに傷がついていた。

「お父さんの話では取られたものは何も無いって話なんだけど」

祖母は母方の方だから父親は知らないだろう。だが憂は内緒で教えて貰っていたものがないことをその部屋を見て知った。

「……宝物がない」
「宝物?」
「この部屋を見ただけで何故それがないと?」

憂は携帯をポケットから取り出し1枚の写真を宇佐見に見せる。籠山も覗き込んでみたその写真には仏頂面の祖父と優しい笑顔の祖母が現場と同じ場所で並んで座っていた。

「……特に無いですよね?」
「もしかして置物かい?」
「そうです」

その写真の中には仏壇の隣に並べられた信楽焼のたぬきが立っていた。だが、その置物は現在バラバラに砕かれている。

「その砕かれてるやつじゃ」
「これ組み立てると分かると思いますけど、たぬきの持つ瓢箪のところがありません」
「こんなバラバラなんだからあるんじゃ」
「ないね、これは」
「その信楽焼は見た目こそ普通ですが、実はその瓢箪の中にものを隠しておける細工がしてありました。そして、その中に祖父から結婚する際に貰った世界で一つしかない結婚指輪、ティアラ、ネックレス、ピアスが入っていたんです」

宇佐見の手にある状態で携帯を操作する。出てきた写真には若い時の祖父母の結婚式が映っていた。祖母の身につけているものがその4点だった。

「それにはパパラチアサファイアが全てにあしらわれており、無口な祖父から祖母への最初で最後のラブレターなんです」
「パパラッチ??」
「こみちゃんそれ記者。パパラチアサファイア、希少な宝石だよ。1Carat7万ぐらいするんじゃないかな」
「うぇっ!?」

宇佐見から携帯を受け取るとポケットにしまう。そのまま無言で割れた祖父の遺影と位牌を手に取った。

「犯人は誰なんでしょうね」
「見た目は衝動的な犯行だと思ったんだけど、憂君の話を聞く限りじゃどうも計画性を考えた方がいいね。ただの強盗じゃない」

その位牌と遺影を学ランの上を脱いで包み込む姿を宇佐見は横目で見ていた。
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