Assassination
□君までの距離の概算
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ざわ、と一筋の風が吹いた。
それは俺の頬を撫で、隣を歩く渚くんの髪を揺らしてから木立の中へ消えていく。
「それでねカルマくん、今日は駅のアイス屋さん三割引なんだって!」
渚くんは可愛らしくにこにこ笑って可愛い話題を提示しているけれど、俺の頭は「あの日」の彼でいっぱいだった。
「あの日」。
合宿の日の、あの夜の出来事。
あの時、あんな狂った大人を前にして優しく、しかしどこか妖しげに笑ってみせた渚くんの顔が、今も頭から離れないのだ。
俺の知らない才能を発揮して、これから俺とは離ればなれになる将来を暗示するような、そんな笑顔。
考えると苦しくて、でも考えずにはいられない。
どうして、ずっと一緒にいられないのだろう。
どうしたら、離ればなれにならなくて済むのだろう。
俺達がもっと普通のふたりならよかったのかな。
考えるときりがなくて、そのたびに俺は辛くなる。
この間までは同じラインに立っていたはずなのに、いつの間にか彼がとても、手が届かないくらいに遠いところに行ってしまった気がしてならないのだ。
ああ、どうして…
「…カルマくん、カルマくん?カルマくんってば!」
名前を呼ばれてハッとする。
「ん?何?」
慌てていつもの笑顔に戻って振り返ると、渚くんが心配そうに見上げていた。
「さっきからぼーっとしてどうしたの?具合でも悪い?」
背伸びをして俺の額に小さな手をあてがっている。
熱でもあると思っているのだろう。
「何でもないよ、大丈夫。」
安心させるようにその手を握ってあげると、まだ不安そうにだがやっと笑ってくれた。
「そっか。よかった。」
「それで何だっけ、アイスがどうしたの?」
その話題をもう一度振ってみると、渚くんは思い出したように目をキラキラさせた。
「そう、アイス!割引なんだよ、食べにいこうよ!」
どうやらさっきのことはすっかり忘れてしまったらしい。よかった。
「いいね、ちょうど俺も冷たいもの食べたかったんだ。行こうか。」
いつもの二人に戻って、山道を下っていく。
さっきのような風がもう一度吹いて、俺の髪を大きく揺らした。
まるで俺の複雑な気持ちを表すようだと思いながら、そうとは知らず無邪気にはしゃぐ渚くんの後を追いかけた。