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□お化け屋敷
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とんっと背中を押されて、散々嫌がっていた扉の中に押し込まれてしまった。はっと後ろを見ても、通って来た扉は無情にもばたりと閉まってしまった。退路を断たれた。

「わあああやだやだ荒船くん荒船くんっ待って助けて置いてかないでっ!」

慌てて先に入って行った荒船くんの元へ駆け寄って、服の裾を引っ掴んで荒船くんの背中に隠れた。がっしり掴まれた荒船くんはびくともせず、私を振り返って落ち着いた声で言った。

「置いていきませんよ、ほら蒼さん行きましょう」

「ま、待ってまだ心の準備が出来てない…!」

暗闇に浮かぶ荒れた墓地、怪しげな低い音、謎の発光。本日ただいま、私は荒船くんと一緒に三門市にやってきた移動遊園地のお化け屋敷に詰め込まれたところだった。お化け屋敷だけは絶対無理って言ったのに、18歳組のテンションに押し切られて押し込まれた。

「作りものですよ、大丈夫ですって」

「作りものだからって大丈夫なわけないだろ最初からやだって言ったのに無理やり押し込みやがって誰だ後ろから押したの後で絶対首跳ね飛ばす」

お化け屋敷だけはどうも苦手で、荒船くんの服の裾を掴んだまま足がすくんで動けない。動きたくない今すぐ緊急脱出したい。

「ベイルアウト!」

「蒼さん今生身でしょう、ほら手え貸しますから」

「やだむり腕まで貸してええ」

「どこまででも良いですから、とりあえず行きますよ」

暗闇の中に足を踏み出した荒船くんに、置いて行かれるわけにはいかないと彼の腕にしがみついた。

「あ、足元気を付けてください」

「え、っわあああ!」

荒船くんに示されて地面に目をやった瞬間、足元にのた打ち回っていた青白い腕にがっしりと足首を掴まれて悲鳴を上げた。

「いやあああやだやだ荒船くん助けて荒船くんっ!」

「蒼さん落ち着いて、ほら大丈夫ですって」

「だいじょばないー!」

「ほら進みましょう、手の人困ってますから」

序盤から泣き叫ぶ私をあやしつつ、荒船くんは無情にもどんどん先へと足を進めていく。ひんひんぐずりつつ荒船くんの腕に縋り付いて歩いていけば、前方通路すぐ横にぽつんと不自然な井戸が佇んでいた。

「ぜ、絶対出てくるパターン…!」

「でしょうね」

ぽつりと呟いた私の声に、荒船くんがこくりと頷いた。このまま行くと私が井戸側を通る事になってしまうのに気付いて、そうっと荒船くんの顔を見上げた。

「荒船くん、私の代わりに犠牲になってくれ」

「感心するほど潔いですね」

「わかってても怖い」

「了解」

ふっと笑った荒船くんと位置を変えてもらい、恐る恐る通路を進んでいく。絶対見ない絶対見ない、と荒船くんの身体を盾にしてじりじり進んでいけば、突然井戸からガコンッ!と何かが叩きつけられるような音が聞こえてびくっと身体を竦ませた。

「うう…!」

がっしり荒船くんに掴まって様子を見るけれど、井戸を覗き込んだ荒船くんは不思議そうに首を傾げた。

「何もいませんよ」

「音だけ…?」

何も居ないならマシか…とほっと息を吐けば、真後ろから低い呻き声が聞こえた。瞬時に振り向けば、すぐ真後ろに這い蹲った白装束の髪の長い女の人。

「なんでこっちにいる!!!」

「え、うわッ!?」

私の叫び声に釣られた荒船くんが、こちらを振り返ってすぐ近くに迫った女の人を見て悲鳴を上げる。それと同時に女の人が低く呻きながらずりずりと高速で近づき始めた。

「うおッ!?」

「いやああああ!」

2人で脱兎の如く通路を駆けて通路の先に会った扉を潜り、井戸が見えなくなった所で荒船くんにぎゅうっとしがみついた。

「もうやだ無理しぬ帰る帰らせて…!」

「い、まのはびっくりしましたね…」

「後ろから来るなんて聞いてない、何でもう出てるの大人しく井戸の中でスタンバイしててよおお…!」

「音は完全にトラップでしたか…」

怖さのあまりしがみつく私の背中をあやすようにぽんぽん叩きつつ、荒船くんが深く息を吐く。

「そう広くない建物でしたし、もう少しで出口ですよ」

「うー、足すっごい震えてるんだけど…」

そろりと辺りを見回せば、そこは先程とは打って変わって十字架が乱雑に並ぶ墓地になっていた。遠くに朽ち果てた教会らしきものが見える。扉を潜った事で和から洋へ移行したらしい。

「あ」

「どうしました?」

「これは平気そう…」

ふう、と息を吐いて荒船くんから身体を離す。とりあえず荒船くんの手だけ握らせてもらって、そろりと通路を歩き出す。暗いけれど、日本特有のおどろおどろしい感じはないなと歩いていれば不意に近くの十字架がばたんと倒れた。

「!」

音にびっくりしていれば、倒れた十字架の下から土色の腕がぼこんと飛び出た。続いて地面から出てくるのは、よく映画で見るぼろぼろの身体。

「ゾンビかな」

「ゾンビですね」

「あ、周りからも出てくる」

「本当ですね」

出てくるゾンビは1体ではなく、あちらこちらからわらわらと集まってくる。よろよろ近づいてくる奴に、地面を這いずって来る奴など様々なパターンがいるようだけれど、このまま立ち尽くしていたら囲まれてしまいそうだ。

「このまま此処にいたら齧られちゃうかな」

「それは嫌です、逃げましょう」

「了解。どうぞとばかりに空いたスペースを逃げましょう」

荒船くんと2人でちょっとだけ早足にゾンビたちの隙間をすり抜けていく。一転して落ち着いた私を見て、荒船くんが歩きながら聞いてくる。

「蒼さん、こういうのは平気なんですね?」

「あ、うん。ゾンビは実体があるから」

ゾンビだったら頭部破壊、吸血鬼だったら日光とか、洋物はちゃんと弱点もあるし。実際遭遇してもなんとかすれば生き残れそうだから、と言えばゾンビをするりと躱した荒船くんが言う。

「ああ…実体無いのがダメなんですね」

「実体ないと攻撃も当たらないでしょ、打つ手なしっていうのがダメなんだよね…」

ひょいひょいゾンビを掻い潜っていけば、協会の入口についた。重そうに見えて重くなかった扉を2人で押せば、ぱっと明るい太陽の光が差し込んで来た。出口だ!

「終わったー!」

「お疲れ様でした」

外界だー!と駆けて、お化けの格好をした店員さんに「お疲れさまでした〜」なんて見送られつつ外へ出る。
近くにあるベンチに荒船くんと座り込んで、それはもう大きな溜め息を吐いた。

「うああ…ずっと前半みたいなのだったら本気で死んでたかもしれない…出れて良かった…」

「無理させてすみません」

「こっちこそ醜態晒してすみません…」

「構いませんよ。喉乾いたでしょう?お茶どうぞ」

「ありがとう…」

ぐったりした私に、荒船くんがすぐ横の自販機で買ってくれたお茶を差し出してくれた。それを受け取って、ごくごく飲み込んで深く息を吐く。とりあえずはまだ中にいるであろう18歳組を待たなければならない。

「お化け屋敷って本物が紛れるっていうじゃんか…それもあって苦手なんだよ…」

「ああ、言いますよねそういうの」

見た限りではいなそうでしたけど、と呟く荒船くんに寄りかかって溜め息を吐く。居たら困る。

「精神が削りに削られた…荒船くん後で観覧車乗りませんか」

「いくらでも乗りますよ」

ぐったりしながら荒船くんと約束していれば、お化け屋敷の出口から何か言い合いながら当真くんと犬飼くんが出てくる。2人ずつ入って行ったらしいので、全員が出て来るまではもう少し時間がかかるだろう。

「いやー楽しかったー!」

「あ、蒼さんの背中押したのはコイツっすよ」

「犬飼くんだったかあー」

わいわい言いながら出てくる2人を見つつ、とりあえず犬飼くんと大事なお話しをしようと残っていたお茶を飲み干した。



荒船くんとお化け屋敷
もう2度と行かない

(そういえばゾンビの中に1人だけ赤いワンピースの人がいたの、浮いてましたよねー)
(((…え?)))
(え?)



おばけやしきは怖いので基本的に入りません

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