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□雨の街中で
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「あれ」

ぽつりと呟いた私の前には、静かに雨が降っていた。耳を澄ませば雨が降る音が聞こえる。
本屋へ向かって目当ての本を抱え、ほくほくで本屋から出ると雨が降っていたのだ。

「雨かあ…傘持ってないんだよなあ」

本を濡らす訳にはいかないし、走って帰る選択肢はなしだ。とりあえず雨が止むまでどこかにいたいな、と周りを見渡すと少しだけ離れた先にカフェを見つけた。

「ん、ちょっとあそこで待機だな」

本の入った紙袋を濡らさないように抱え直してカフェに向かう。ぱしゃぱしゃと出来始めた水溜りを駆け抜けてカフェの扉を押せばからん、とドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。おや、雨が降ってきましたか」

「そうなんです、少しの間居させてください」

入口でハンカチを取りだし、ぱぱっと濡れた所を拭っていれば店主らしき老父に声を掛けられた。
店主の声に頷き返して、しっとり濡れたハンカチを仕舞う。

「ええ、お好きな席に座ってください」

「ありがとうございます」

そう言ってカウンターの中へ戻って行った店主を見送って、カフェの中を見回せば、大き目の観葉植物が深い茶色を基調とした店内にいくつか置かれている。シックな店内に静かにクラシックが流れていて、とても落ち着いた雰囲気を出している。いまのところ客は私以外には誰もいない様だ。
見回した先、窓際に設置された椅子があったのでそこへ座り込んで横にあったメニュー表を引っ張り出した。

「なににしようかな」

ぺらり、と捲ったメニュー表へ目を落とす。雨に濡れてすこし冷えた身体には暖かいものがいいなあと目移りしていれば、目に入ったのはココアの文字。

「ん、ココア良いな」

とりあえず飲み物はココアにして、他に何があるかページを捲る。そして目にしたのはショートケーキを筆頭とした色とりどりの様々なスイーツたち。

「わ、美味しそう…」

折角なのでケーキも頼むことにする。いろいろ吟味した結果、一番目を惹いた真っ赤な苺がたくさん載ったタルトに決めて店主へ声を掛けた。

「すみません、ホットココアと苺タルトお願いします」

「はい、少々お待ちください」

それから少しして、クリームの乗ったココアと苺タルトが運ばれてきた。それと、白い小皿に乗せられたクッキーがいくつか。

「?」

「これは先程まで居たお客様に頂いたので、お裾分けです」

「わ、ありがとうございます」

にこにこした店主がゆっくりとカウンターへ戻っていく。
とりあえず暖かいうちにと、クリームの乗ったココアを持ち上げて口元へ運んだ。

「ん、美味しい」

柔らかいクリームと、程よい甘みのココアが優しい口当たりになっていて、とても美味しい。良いお店見つけちゃったな、なんて思いながら貰ったクッキーを摘まんで、ふと窓の外を見ると本降りになった雨の中をゆっくりと動く傘が目に入った。

「…なんか見た事ある傘だな」

バニラの良い香りがするクッキーを齧りながら見覚えのある傘を見ていたら、ふと雨粒を払うように動いたそれの影から見知った顔が見えた。

「あ、歌川くんだ」

見覚えのある傘のはずだと納得。
こちらに向かってくる歌川くんに、見えるかどうかわからないけれど軽く手を振れば、動きにつられた彼の目がこちらを向いた。

『!』

私の姿を見つけた歌川くんが窓越しに近づいてきて、口を開く。音は聞こえないけれど、口の動き的に「なにしてるんですか?」だろうか。

「雨宿り」

こちらも声は聞こえていないだろうけれど、ゆっくり告げるとそれは伝わったようで、歌川くんが頷いた。そしてこちらを指差して小さく首を傾げ、何かを口にした。多分こっちに来たいとかそんなのかな。

「いいよ、おいで」

ちょいちょいと手招きしながらそう言えば、笑ってひとつ頷いた歌川くんがカフェの入口の方へ向かって行く。
少しして、からんとドアベルの鳴る音。

「いらっしゃいませ」

「あ、窓辺にいる方の知り合いです」

「ええ、見ていましたよ。どうぞ」

傘立てに自分の傘を置いてこちらへやってきた歌川くんに、私の前の席を勧めれば、使い込まれた木の椅子を引いて座り込んだ。

「蒼さん、こんにちは。お邪魔します」

「歌川くんこんにちは。どうぞ座って」

「あ、美味しそうなの食べてますね」

「歌川くんも好きなのどうぞ、奢るよ」

そう言ってメニュー表を引っ張り出して歌川くんに手渡す。蒼也さんを筆頭によく奢られている彼らは、わりと遠慮しないで奢られてくれる。今回も例に漏れず、差し出したメニュー表を受け取ってくれた。

「ご馳走になります」

そう言ってから真剣にメニューを見始めた歌川くんはおいといて、手をつけていなかった苺タルトの先端へフォークを刺す。
山盛りになっている苺の隙間を縫ってふわりとしたカスタードを抜けて、さっくりとしたタルト生地を切り取る。崩れそうになったタルトのバランスを取って、大きく開いた口の中へ。

「んっ、!」

「ん?」

「大変だ…!このタルトめちゃくちゃ美味しい…」

苺タルト恐るべし…!と呟いた私をメニュー越しに見た歌川くんがふっと笑った。歌川くんにもこの美味しさを分けたくて、フォークの先を拭ってさっきより少し大きめに一口分を切り取った。

「ほんとに美味しいから食べてみて!」

「はい、いただきます」

差し出したタルトを、歌川くんが笑いながらすこしだけこちらに身を乗り出して口を開く。ぱくり。菊地原くんは状況によるけど(だいたい周りに他人が居る時は断られる)、歌川くんは大抵あーんを受け入れてくれる。良い子だ。

「…ん、美味しいですね」

「でしょ」

頷いた歌川くんに、至って真面目な顔で言う。ほんと、良いお店を見つけてしまった。今度は菊地原くんと歌歩ちゃん、蒼也さんも連れて来よう。できたら栞ちゃんも。
タルトを口に運びながらそんなことを考えていれば、歌川くんがメニューを置いた。

「決まった?」

「はい。…すみません、ホットココアと、レアチーズケーキを下さい」

「はい、少々お待ちください」

そう店主に告げた歌川くんがメニュー立てにそれを戻す。

「良い選択だ、ココアも美味しいよ」

「蒼さんが飲んでるのが気になりましたし…なによりクリームに惹かれました」

本部基地の自販機にもココアはあるけれど、流石にクリームまでは乗っていない。クリームの魅力には抗えないのだ。
とりあえず歌川くんが頼んだものが来るまで、お裾分けに貰ったクッキーを差し出しつつお喋りする。

「ところで蒼さんは何してたんですか?」

「そこの本屋さんでいくつか本を買って来たんだけど、雨が降ってきちゃって」

「天気予報、晴れでしたからね」

「そういう歌川くんは傘持ってたじゃんか」

「家を出る時に怪しげな雲行きだったので」

「あ、このあと任務?」

「はい。5時からなんですけど、それまで個人のランク戦をするつもりで」

「風間隊は忙しいから、稼げるうちにポイント稼がないとだからねえ」

「ええ」

ぽつぽつ話していれば、店主がトレーを持って近づいてくる。歌川くんの頼んだココアとレアチーズケーキだ。

「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」

歌川くんがことりと置かれたそれらにお礼を言って受け取ると、店主は「ごゆっくり」と微笑んで戻って行った。
ラズベリーらしき綺麗な赤のソースで彩られたそれから、ふわりといい香りがこちらまで漂ってきた。

「それも美味しそうだねー」

「ですね。…はい、一口どうぞ」

さんかくのチーズケーキの先端を切り取った歌川くんが、ソースをちょんと付けてから私のほうへ差し出した。
先ほど歌川くんがしたのと同じようにちょっと身を乗り出して口を開けば、すっと差し出されたケーキが口の中へ入ってくる。

「ん、おいし」

「それは良かったです」

ほんのりレモンの香りがするレアチーズケーキは、こちらもとても美味しい。ソースは狙い違わずラズベリーで、酸味が良いかんじにきいている。今度はレアチーズケーキだな、なんて思う私の前で歌川くんもケーキを一切れ口に運んだ。

「ん、美味しいですね」

「ねー。これはきっと他のケーキも美味しいんだろうなー」

「次に来たときはオレがご馳走しますよ」

「お、ありがと」

二人で会話していれば、あっと言う間にココアとケーキが無くなってしまった。
歌川くんの任務やランク戦もあるし、そろそろ本部に向かわないといけないだろうと立ち上がる。

「ん、さて行こうか」

「ご馳走様でした」

「いいえー」

忘れ物が無いか軽く確認してから、歌川くんと共にレジスターの設置された入口のほうへ向かう。
その道すがらにあるショーケースの中にたくさんのタルトやケーキが詰め込まれているのが見える。風間隊にお土産で持って帰れるかな。

「すみません、ケーキの持ち帰りってできますか?」

「出来ますよ。何にしましょうか」

店主がショーケースの裏へ移動したのを見て、横でショーケースを見ていた歌川くんに尋ねる。

「歌川くん、風間隊のお土産なにがいい?」

「じゃあ、蒼さんが食べてたやつで」

「お、歌川くん気に入ったね?すみません、苺タルトをホールでいただけますか?」

「はい」

店主の手によって色とりどりのケーキ達の中から苺タルトが取り出され、手際よく白い化粧箱に詰められていく。

「今日中にお食べ下さいね」

「はい」

差し出された白い箱をレジに置き、そのまま一緒にお会計してもらう。
ちゃり、と少しのおつりとレシートを受け取り、揺らさないようにタルトの入った白い箱を持った。

「ありがとうございました」

「ご馳走様でした、また来ます」

「ご馳走様でした」

愛想よく笑う店主に見送られてカフェの外へ出れば、雨はまだ止んでいなかった。ざあっと降る雨を見る横で、歌川くんが傘を広げる。

「まだ降ってるねー」

「ですね。どうぞ、入ってください。本はオレが持ちますよ」

「ありがとう」

歌川くんが差し出す傘へお邪魔する。ケーキの箱を濡らさないように抱えて二人で本部へ向かって歩き出した。



雨の街中にて
歌川くんと雨宿り

(蒼也さん、これお土産です)
(いただこう)
(えー二人で行ったんですかー?)
(今度一緒に連れてくよ)






風間隊のお話書くのが楽しい

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