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□怒られる
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「うーわ目立つなあ…」

自室の鏡の前で、腫れた左の頬をさする。じくりと痛む頬に顔を顰めつつ、どうしようかと溜め息を吐いた。

「ふつう殴らないでしょうよ…」

昨日の夜に出かけた帰り、しつこく寄って来た男の誘いを断ったら不意打ちで頬を殴られてこのざまだ。

「化粧じゃ誤魔化せない、よなあ…」

昨日よりは赤みは引いたものの、青黒くなった痣は私の持つ化粧スキルじゃ誤魔化せなさそうだ。
かといってこのまま出歩けば年下の子達を怖がらせるかもしれないし、上層部に知れたら大事になりそうだ。しかたない、治ってくるまで換装体で過ごすかともう一度溜め息を吐いた。





「蒼さーん」

「はーあい」

今日の任務は夜中だし、日中は模擬戦して時間潰そうかなと廊下を歩いていれば後ろから声を掛けられた。
返事をしながら振り向けば、にこにこした犬飼くんが手を振っているのが見えた。

「お、犬飼くん。任務あがり?」

「そうでーす。蒼さん、もう朝飯食べました?」

「ううん、まだ」

隊服姿なのを見るに、今日は二宮隊が夜勤だったらしい。にこにこしたまま犬飼くんが近づいてくる。

「それなら一緒に食べません?辻ちゃんたち、さっさと学校行っちゃったんで一人なんですよー」

「お、いいね食べ…いやごめん、用事があったんでした」

「えー」

食べるといいかけて、食べるには換装解かないといけない事に気付いた。犬飼くんの口は堅いけれど、同い年の子達には普通に話してしまうかもしれない。まわりまわって荒船くんの耳に入ったら大変な事になる。と瞬時に考えて用事があると嘘を吐いてしまった。

「ごめん!」

「少しくらいなら待ちますよ?」

眉を下げた犬飼くんが待つと申し出てくれるけれど、待ってもらったところで一緒にはご飯は食べられない…!

「ううん、時間掛かっちゃうと思うし…学校もあるでしょ?」

「…じゃあ、また今度誘います。次は絶対ですよ?」

「うん、ごめんね」

ほんとごめん、と両手を合わせてから犬飼くんから離れるべく歩き出した。とりあえず用事って言っちゃったし、開発室の方に行くか…とそちらに足を向けた。





ところ変わって開発室すみっこのソファ。そこでちまちま手伝いをしてたら、冬島さんの所に顔を出していた当真くんがやってきた。

「蒼さん、隊長が昼飯奢ってくれるって言うんですけど一緒に食べに行きません?」

「ごめん、これ終わるまでやってくからまた今度誘ってー」

ええー、と残念気な声を上げる当真くんにごめんねと謝っていれば、ぽてぽて歩いてきた鬼怒田さんが呆れたように言った。

「なんじゃ蒼、それは後で良いから食べてきなさい」

「、でも」

「せっかくだから、冬島に美味しい物でも食べさせてもらって来ればいいじゃろ」

まさかの鬼怒田さんの許可に言い淀んでいれば、当真くんが嬉しそうに私の手を引いた。

「ほら、鬼怒田さんからお許し出たんだし」

「あ、え、ちょっと!」

「隊長、いきましょー」

「おう」

眠そうに歩く冬島さんの隣、上機嫌で歩く当真くんに手を引かれて歩きながら、どうしようと冷や汗を流した。





「もう引き籠る」

当真くんの手が離れたあと、カメレオンを使ってそっとその場を離脱してきた。ポケットに入れたままの携帯が次々とメッセージが来ていると告げているけれど、それはもう放置で部屋に向かっていた。自室でないと平和に過ごせない気がする。

「先が思いやられるなあ…」

完治までばれないで済むかなと考えながら廊下の角を曲がったら、ちょうどやってきた人とぶつかってしまった。

「っわ、」

「おっと、ごめんなさい」

弾かれた身体は、相手が手を伸ばしてくれたおかげで地面に倒れ込む事は無かった。手を引く相手を見れば、北添くんと穂刈くんの長身コンビが立っていた。

「びっくりした…君たちだったのか」

「ないですか、怪我は」

「うん、大丈夫。ありがと」

気遣ってくれる穂刈くんに、もう大丈夫だよと告げても北添くんは笑ったまま手を離そうとはしてくれなかった。
首を傾げていると、脇に立つ穂刈くんが小さく「よかった」と呟いた。

「探していました、蒼さんを」

「あれほんと?なにか用事だった?」

「探してます、荒船が」

「ということで、いきましょ」

「………あー」

にこにこしている北添くんは、私の手首を掴んだまま拘束を緩めようとはしない。逃げようにも穂刈くんと北添くんは生身だし、これは逃げられないなと諦めて溜め息を吐いた。





「しくじった」

荒船隊の作戦室内。
この部屋の扉が開いて荒船くんをはじめ、犬飼くんや当真くんが見えた瞬間に踵を返して逃げ出したら正面から来た村上くんにあっさりと捕まって連れ戻されていた。だめだこれ最悪なパターンだ。

「部屋に帰らせてください」

「駄目だ」

「せめて拘束の緩和を要求する」

「断る」

また逃げるだろ、と言う荒船くんに鋭い視線で見下ろされている。
ベンチに座らせられた私の前には荒船くんと影浦くんが仁王立ちし、両脇には北添くんと村上くんが私の手首を握っていて、ドアの両脇には犬飼くんと穂刈くんが、進路上の椅子には当真くんが陣取っている。なんという無駄に完璧なフォーメーション。

「蒼さん、どうしたんですか?今日はなにか変ですよ」

「体調がよくないだけなんだけど…」

「それにしては、俺達を避けてるような気がするんですけど?」

「こうなることが予想されてましたからね」

村上くんが心配そうに私を見るけれど、犬飼くんが訝しげな視線を投げかけてくる。ちゃらちゃらしてるように見えて、犬飼くんは鋭いから誤魔化すのは難しいだろう。

「あれ、そういや今日はお菓子も何も食ってないですよね」

「食欲ない」

当真くんが鋭いところを突いてくる。開発室に手伝いに行っているときは大概お菓子を持っていくから、今日はなにも摂取していない事に気づいたんだろう。
困ったな、と眉を下げる私の前に影浦くんがしゃがみこんだので瞬時に視線をそらした。

「……蒼サン」

「なにかな」

「さっきから、何で俺を見ない?」

「影浦くんは、ちょっと今見れないかなあ」

18歳組の中で、こういう状況で一番会ってはいけないのは影浦くんだった。彼のサイドエフェクト相手では嘘はつけないから、会いたくなかったのだ。

「蒼さん、何隠してるんです」

「わ」

同じようにしゃがみ込んだ荒船くんが、私の顎をすくい上げたので思わず目を閉じた。荒船くんの怒りゲージが上がったのが肌で感じられる。どうしよう、と冷や汗を流していたら穂刈くんが苦笑気味につぶやいた。

「悪いな、往生際が」

「だって、絶対影浦くんが嫌な視線向けちゃう」

「蒼サンなら平気だっつってんだろ」

さっさとこっち見ねえとその首掻き切るぞ、と低く唸られてそれは不味いと慌てて目を開けた。いまここでトリオン体を解除されるわけにはいかない。

「ごめん…」

そうっと視線を上げて影浦くんを見た。ぴくりと眉を揺らして影浦くんがじっと私の視線を受け止める。静かになった部屋で全員にじっと見られていて居心地が悪い。

「…あー」

「…」

影浦くんが私から目を離し、がしがしと頭を掻く。死刑宣告を受ける罪人のような気持ちで影浦くんを見上げた。影浦くんが最後の砦なんだ…!

(お願いだから言わないで…!)

「すげえ怯えと不安…なんか隠してんのは確かだな」

「あっうらぎりもの」

「うっせ、最初からこっち側だ」

言わないでくれるかも、という僅かな希望もすぱんと断たれて影浦くんに不満の視線を向けた。もう駄目だな、隠し切れない。

「俺達には言えない事なんですか?」

「というか誰にも言いたくないかな…1週間くらい放っておいてほしいんだけど…」

「だーめですよ、蒼さんが心配なんです」

荒船くんの言葉に渋っていれば、近づいてきた犬飼くんが私の前にしゃがみ込んだ。にこにこしながら犬飼くんが首を傾げるけど、目が本気だ。

「言いたくない理由は?」

「荒船くんに怒られる…」

「怒られるような事をしたんですか」

「…してないとはいいきれない」

村上くんが静かに言う言葉に口籠る。常々、なにかあったらすぐ連絡、と言われていたけれどこの時は深夜という事もあって誰にも連絡していなかったのだ。

「なにした」

「オイオイ荒船、蒼さん怖がるだろ」

睨む荒船くんにびくっと震えれば、当真くんも寄ってきてしゃがみこんだ。それに安心したのも束の間、当真くんが追い討ちの言葉を吐いてくる。

「ま、言うまで帰さねえんで早く吐いたほうがいいっすよ」

「まじですか」

じっと背の高い後輩たちに見下ろされて、腹を括った。どうせ喋らなければ本気で帰さないつもりなんだろうし。

「…他の誰にも言わないでね」

トリガー解除、と小さく呟いて生身に戻る。途端にじくりと痛む頬に顔をしかめた。うつむいていた顔を上げた瞬間、後輩たちの纏う空気がすっと冷えた。

「、酷いな」

「うわわ、痛そう…!」

村上くんと北添くんが心配そうに私を覗き込む。生身になったことで二人が手を離してくれたので、やっと自由の身になった。

「これじゃ隠したいですよね」

「お昼、誘ってくれたのに逃げてごめん」

「いいっすよ、でも次は言って下さい」

当真くんに頭を撫でられる。それにすこし安心したのもつかの間、影浦くんと荒船くんに詰め寄られた。

「誰にやられた」

「今日の傷じゃねえな」

「昨日の夜、ナンパされて断ったら不意打ちで…」

「あァ!?」

「何かあったら、すぐ連絡しろって言ってるでしょう」

「ごめん、深夜だったし迷惑かけると思って…」

どんどん怒りゲージが上がっていく二人に謝っていれば、救急箱を持った穂刈くんがやってきた。それを近くの椅子に置いて、箱を開けてごそごそと中を漁り始めた。

「貼った方が良い、湿布を」

「ちょーだい、俺が貼る」

「ああ」

穂刈くんが救急箱から取り出した湿布を犬飼くんに手渡す。それを持った犬飼くんは、ぺりっとフィルムを剥がしながら近づいてきた。

「ほら蒼さん、ほっぺ出して」

「ん…、ありがとう」

「いいえ」

髪を掻き上げれば、腫れた頬に丁寧に冷たい湿布が貼られる。貼ってくれた犬飼くんにお礼を言えば、横でこちらを見ている村上くんが口を開いた。

「相手の顔は見てないんですか?」

「見たよ、ちゃんと覚えてる」

びっくりして何も出来なかったけど、と言えば荒船くんの目が鋭くなった。

「…蒼さん、今日時間はありますか」

「あ、うん。22時までなら」

「そいつ探しに行きましょう」

「え、良いよ別に。相手一般人だし」

『『『俺たちが良くないんです』』』

「う」

一般人に手を出すのは駄目だと断れば、後輩達がぎろっと私を見据えて声を合わせた。その剣幕に思わずたじろげば、後輩達は着々と計画を立てていく。

「この後、任務入ってるやつはいないな」

荒船くんの発した言葉に残りの後輩達が頷く。

「蒼さん、そいつの外見教えてください」

「何か目立つ特徴とかありませんか」

特徴かあ…と考えたところで、完全に男を捜しに行く目をしている後輩達にはたと動きが止まった。

「えーと…問題起さないよね…?」

「…」

「わー、なんで黙っちゃうのかな」

それじゃ教えられないよ、と溜息をついた。いい加減痛む頬が嫌になって再び換装する。さて、と顔を上げれば荒船くんがすごい顔をして私を見下ろしていた。

「…蒼さん」

「ハイ」

「風間さんたちに言いましょうか」

なんでしょうと首を傾げれば、荒船くんは本日最大の爆弾発言を口にした。不意に落っことされた言葉に、だばっと背中に冷や汗が流れる。ちょっと!他の人には内緒って言ったじゃない!

「身長175pくらい、慶くらいの長さの明るめの茶髪をワックスで弄ってた。ちょっとつり目気味で右耳に小さ目の黒い星のピアスが3個。左耳はなし。声は村上くんよりちょっと高めで、オシャレ系の服装。遭遇箇所は三門駅近くの繁華街路地に午前1時」

蒼也さんたちに知られたら、それこそ死人が出る…!と、本気の目をした荒船くんに危険を察知して、覚えてる限りの男の情報を喋った。
一通りの情報を喋れば、荒船くんがこくりと頷いた。

「よし、覚えたな」

『『『ああ』』』

「どうか本当、穏便にして…!」

静かに怒気を纏わせる後輩たちに、やっぱり逃げておけばよかった…!と頭を抱えたのだった。



18歳組が怒る
午前1時の復讐予告

(殺すなよ、半殺しだ半殺し)
(((了解)))
(了解しちゃだめだって!)




18歳組は書き分けが大変だけど楽しい

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