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□3人でお出かけ
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ごーん、ごーん。
頭上で待ち合わせ時刻の、午前10時を告げる鐘が鳴った。

「荒船くんが遅れるなんて珍しいね」

「ですね。普段はきっちり5分前行動なのに」

出水くんと覗き込んだ手元の携帯には『すみません、5分遅れます』という短い連絡が届いていた。
今日は師弟関係である出水くんと荒船くんの二人と珍しくお休みが重なったので、たまには三人で買い物にでも行きませんかと出水くんに誘われたのだ。

「おれ、待ってる間に何か飲み物買ってきますよ。蒼さん何飲みます?」

「あったらジャスミンティがいいな。なければなんでも」

「了解」

少し待ってて下さいねーと手を振りながら出水くんが人ごみの中に消えていく。
荒船くんはこちらに向かっているだろうし、私はこの場所から動かないで待機だな、と待ち合わせ場所のすぐ横のベンチに座り込む。

「あ、ねえねえちょっといい?」

再度開いた携帯には、荒船くんからの追加連絡なし、5分ならすぐ来るだろうからいいけれど。
出水くんはどこまで飲み物買いに行ったのかな、ここからじゃもう姿が見えない。

「ねー、お姉さん!」

ああ、そう言えば今日の出水くんの私服は格好良かったなあ。
いつもの千発百中Tシャツなどではなく、カジュアルで年相応な格好だった。というか普段のあのTシャツってやっぱりウケ狙いなのかな、あとで聞いてみよう。

「ねえってば!」

椅子に座って視線を下げ、考え事をしていた私の目の前に一人の人間がしゃがみこんで視線が合った。
そのままじっと観察してみれば茶髪の髪をワックスで固めた軽そうな男。んー、せっかくさっきから無視してるんだからちょっと空気読んで欲しかったな。

「よかった、やっとこっち見てくれた!あ、お姉さん目がすごく綺麗だね!」

「…」

「あれっちょっとここまで無視する!?」

ふい、とさらに視線を下げれば茶髪の男が大仰に声を上げた。
ついでに縋るように手を伸ばしてきたのが見えたので、それをぱしっと振り払って口を開く。

「あー、他を当たってほしいな?人待ち真っ最中なんだ」

「だれだれ?女の子?!」

「男だ」

「え?」

そう聞こえた低い声。それと共に男の肩ががしっと掴まれた。
見上げた先には額に汗を滲ませた荒船くんがとんでもない形相で男を見下ろしていた。ここまで走ってきたのかな。なんにせよ、助かった。

「待ってたよ、荒船くん」

「すみません」

射殺すような視線を男に注いだまま、荒船くんが短く謝る。
ぎり、と男の肩を掴む荒船くんの指先に力が入り、対して茶髪の男はしゃがんだ格好のまま荒船くんの眼光に固まって冷や汗をだらだらと大量生産している。

「蒼さーん、お待たせしました…っと、この状況は?」

「出水くん」

たたた、と軽い足音をさせながら人ごみの影から出水くんが姿を現した。
手には頼んだジャスミンティのペットボトルと、オレンジの清涼飲料、あとは荒船くんのものだと思われるお茶のペットボトルを抱えている。

「この状況は?じゃねえよ、出水。お前が蒼さんから離れたからこんなのが寄って来たんだろうが」

「げ、すみません!」

射殺すような視線を投げられて、出水くんが慌てたように椅子に座ったままの私を庇うように前に立った。
大丈夫でした?何もされてません?と聞いてくる出水くんに頷き返しつつ、出水くんの後ろから無駄かもしれないけど気が立ってる荒船くんに声をかける。

「二人が来てくれたから私は別に良いんだけどなー」

「俺はよくないです。…出水」

やっぱ駄目だったか、でも私に対して過保護すぎないかな荒船くんは。そう思っていれば、荒船くんが短く出水くんを呼んだ。

「はいはい」

「蒼さん連れて先に行け。すぐ行く」

「りょーかい。行きましょ蒼さん」

「うん」

鋭い目で茶髪の男を見下ろす荒船くんに命じられた出水くんは頷いてさっさと私の手を取った。
荒船くんに捕まった男には悪いけれど、今の荒船くんは下手に刺激したら悪化しそうだから手は出さない。これは君のためでもあるんだ。
私に声をかけたのが悪かったと思って諦めてくれ、と絶望的な表情をしている男を一瞥して出水くんと歩き出した。

「すいません、おれが目を離したせいで」

「出水くんのせいじゃないし、気にしてないよ。だけどさあ出水くん、荒船くん過保護すぎない?すぎるよね?」

「蒼さんが心配なんすよ」

苦笑する出水くんに、ペットボトルを渡される。
お礼を言ってそれを受け取り、件の場所から50メートルほど離れた先の木陰のベンチに二人で座り込んだ。キャップをひねり、ジャスミンティを喉に流し込む。
そういえば今日の予定は出水くんと荒船くんが考えているらしいのだけれど、具体的にはどこに行くのか聞いてなかったな。

「ん…、さて今日はどこ行くの?」

「とりあえず近くのショッピングモールに行きます」

「何かお目当ての物でもあるの?」

「なんか移動水族館が来てるらしくて。蒼さんそういうの好きでしょ?」

「好き!」

水族館、という単語に瞬時に反応した私に出水くんがでしょ?と笑う。
本当は水族館めぐりとかしたいくらいに大好きなんだけど、S級は不測の事態に備えて本部近くにいなければならないし、防衛任務もあるから遠出するのは難しいのだ。

「そのあとは…あ、やっぱ聞かないで楽しみにしてる」

「それがいいですよ。色々考えてあるんで、今日は楽しんでください」

「うん、楽しませてもらう!」

水族館、楽しみだなあ!私が好きなの知ってるからわざわざ誘ってくれたんだなあ、と頬を緩ませながら出水くんと会話していると、人波の影から荒船くんが現れた。

「あ、荒船さーん」

「こっちだよー」

きょろきょろ辺りを見回している荒船くんに出水くんと二人並んで手を振れば、こちらの姿を視認した荒船くんが近づいてくる。

「遅くなりました」

「そんなに待ってないよ」

「お疲れ様です。はいこれ荒船さんの」

「悪いな」

ベンチの前でふうと息を吐いた荒船くんに、出水くんがお茶のペットボトルを差し出した。
荒船くんはそれにお礼を言って受け取り、一息に半分ほど飲み干した。

「酷いことしてない?」

「してませんよ、ちょっと脅したくらいです」

親指で口元を拭った荒船くんが私の目をまっすぐ見て言う。嘘じゃなさそうだし、それならいいんだけどと言った私の横から出水くんが呟いた。

「荒船さんなら腕一本折るくらいはしてそうっすよね」

「あー、否定は出来ないな」

「俺を一体なんだと思ってるんですか」

出水くんの言葉と、それに頷いた私をみて荒船くんが微妙な顔をした。それに笑みを零しながら、勢い良く椅子から立ち上がる。

「さ!連れ回してくれるんでしょ?」

行こ行こ、と出水くんの手を引いて立ち上がらせ、ついでに荒船くんの手も引く。
せっかくの水族館なのだ、楽しまなくては!という私のきらきらした視線を受けて、荒船くんが出水くんにぽつりと言った。

「…出水お前、行き先言ったろ」

「げ、ばれました?」

「蒼さんすげえ生き生きしてんじゃねえか」

「大丈夫、水族館しか聞いてないから!」

だから早く行こ!と急かす私の顔を見た荒船くんと出水くんが揃ってふっと笑った。そしてやれやれといった風に荒船くんが肩をすくめる。

「まあ、蒼さんに楽しんでもらうためだからな」

「連れまわしまくりますよ」

「よろしく!」

三人で笑いあって、ショッピングモールへと足を進めて行く。
休日は始まったばかり、今日は一日楽しく過ごすぞと決意して人ごみの中へ消えて行った。



三人でお出かけ
七草師弟の休日

(パラダイスだった)
(そりゃ良かったです)
(ほらご飯いきますよー)

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