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□お見舞いにくる
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静かな部屋の中、ベッドの上で幾度か寝返りを繰り返して青いシーツにしわを作る作業を繰り返していた。

「…」

本部内にある私の自室には来客も無く、時計だけが控えめな音を立てながら時を知らせている。

(やっぱり昨日の雨に濡れたのがいけなかったな)

昨日の通り雨でびしょ濡れになったのが原因と思われる風邪をひいた私は、幸い非番な事もあって自室療養していた。
熱は少し高めの38度5分、食欲はないけどだるさはあまり無い。今日が任務じゃなかったのが救いだろうか。ああ、でも模擬戦を予定していた荒船くんにはメールを飛ばして連絡をいれなくては。

『大変申し訳ありませんが本日の模擬戦は延期させてください。今度必ず埋め合わせしますので、今日のところは他の人と模擬戦してください』

「いやー…これ本当に弟子に送るメールじゃないよなあ」

諏訪さんなんかに見られたら取引先かよと笑われそうだなーなんて、ぽちぽち打った文を見て自嘲気味に笑いながら送信ボタンを押して布団に包まる。
これで私の今日の予定は無くなったし、ゆっくり風邪治そう、と枕に深く頭を沈めて目を閉じた。





―――…ポーン

「…う、?」

静かな部屋に響いた音に意識が浮上する。
なんだ今の音…とゆるい回転をする頭を持ち上げて部屋を見回した。
寝る前と特に何も変わってない。変わっているとしたら窓から見える太陽の位置がずれたぐらいだろうか。

ピンポーン

再び聞こえた音は、これは部屋のチャイム音か。
ゆるゆるとベッドから身体を起こして冷たい床に足をつける。若干ふらつきながらもドアへと向かい、鍵を解除してドアを開けた。

「だれ…?」

「俺です」

「うげ」

ドアを開きながら掠れた声で問えば、返ってきたのは荒船くんの声。
荒船くんだと判断した瞬間に開きかけたドアを閉じようとするも、瞬時に伸びてきた右手がしっかりとドアを押さえつけた。まずい、閉められない!

「ま、まって帰って…!」

「ふざけんな、開けて下さい…!」

両側からドアを引き合うが、風邪を引いて上手く力が入らない私と荒船くんでは勝者はわかりきっていて。

「こ、っの!」

「わあっ!」

思いっきりドアを引かれ、勢いよく開いたドアにふらつく足では踏み止まれずにそのまま荒船くんに突っ込んだ。

「うぐっ」

「っやべ、」

べしゃっと荒船くんにぶつかり、そのままずるずるとへたり込めば慌てた声の荒船くんが私の手を掴んでそのまま倒れて床とお友達になるのは阻止した。だけど、ああ、もう。床は冷たいしぶつけた鼻は痛いし散々だ。

「〜い、ったい…」

「すみません、大丈夫ですか…」

「大丈夫に見えたら君の目は節穴だけど、よくそれでスナイパーやってると思うなあ」

「ぐ、すみません」

荒船くんの胸板に強く打ち付けた鼻を掴まれていないほうの手で押さえながら睨み上げれば、ばつが悪そうに荒船くんが目を逸らした。
それを一瞥して、いい加減冷たい床が嫌になって立ち上がろうとするも身体にうまく力が入らない。頭がふらつく。

「あー…あらふねくん」

「すみません、痛みますか」

「いいよもう…ほんと悪いけど、力入らないからベッドまで運んでくれないかな…」

「、了解」

溜息を吐きながらそう言えば、へたり込んだままの私に合わせてしゃがんだ荒船くんが背中と足に腕を伸ばした。

「掴まって下さい」

「ん、」

のろのろと腕を伸ばして荒船くんの首元を引っ掴めば、それを確認した荒船くんが私を抱えてゆっくりと立ち上がる。
1度抱え直されて、ドアやら壁やらにぶつからない様に横向きに部屋の中へ運ばれる。

「降ろしますよ」

「ん、ありがと…」

部屋を進んだ荒船くんにベッドに降ろされ、腕が離される。完全に手が離れたのを確認して横向きにベッドに倒れこみ、引き寄せた布団を目元まで引き上げた。
起きた時より頭がぐらぐらする、これ絶対荒船くんにぶつかったせいだ…

「…」

私から離れた荒船くんは開きっぱなしのドアを閉め、しっかりと鍵を掛けてから戻って来た。
私のもとへ戻ってきた荒船くんに細めた目元と口調で不機嫌なことを示す。

「なんできたの」

「メールの返事が来ないし、電話しても出ない。それに今日は出水も太刀川さんも蒼さんの姿を見ていないっつーから風邪でも引いたんじゃないかと思って来たんすよ」

「チッ、当たってるわ…」

ぽつりと言った私に対し、ベッド横のラグに座り込んだ荒船くんが今度はしっかりと目を合わせながら言った。
枕元に置きっぱなしの携帯を見れば、確かに着信を知らせるランプが点滅していた。気付かなかったなあ、とそれをぼやける頭で見ていれば、遠慮がちに伸びてきた荒船くんの手が私の額に触れた。

「随分熱いですけど、熱はどれくらいなんです」

「しらない、朝よりは下がったと思うけど…」

「朝は何度でした」

「38.5…ほっといていいから帰りなよ、移るよ…」

「何のためにトリオン体で来てると思ってるんです、帰りませんよ」

荒船くんの手が冷たくて気持ちいい。
目を細めながら帰るよう促すと手が離れるが、どうやら荒船くんはただで帰る気はないらしい。確かにトリオン体なら風邪も移らないし、私も帰す手立てを失った。

「何か食べました?」

「なんにも」

「だろうと思って持ってきたんで、食べて下さい」

がさがさと白い袋から出てきたのはウィダーとか、栄養補給系ゼリー飲料がいくつかとビタミン補給系ドリンクなど。
確かにそれなら食べれるけど、相変わらず用意周到だなあ。

「起きられますか」

「おきたくない…」

「食べなかったら回復しませんよ」

「だよねえ…」

動きたくないと告げる私に、強い瞳でこちらを見る荒船くんの口調は有無を言わせないものが入っている。
仕方ない、私が食べきるまで帰るつもりがないだろうし。ふらつく頭を支えながら上半身を起こしてベッド横の壁にもたれる。姿勢がどうのとは言っていられる状況じゃないから、これは許してもらおう。

「どうぞ」

「ありがとう」

荒船くんが差し出したゼリー系飲料を受け取り、キャップを捻る。
が、力がうまく入らなくてキャップのでこぼこした表面を指が滑り、眉をひそめるとそれを見た荒船くんが私の手からゼリー系飲料のパックを取り上げた。

「…どうぞ」

「ごめん、ありがと」

ぎゅりっと捻ってキャップの開けられたそれを荒船くんに手渡され、お礼を言う。ここまで弱ってるって結構重症なんじゃないか、私よ。

「いただきます…」

パックを握り、じゅうとゼリーを吸い込む。
私の好きなグレープフルーツの味が口の中に広がり、それをもぎゅもぎゅ噛んで細かくしてから嚥下する。

「…キッチン借ります」

無言でもぐもぐする私にそう言って、荒船くんが立ち上がる。
それを目で追えば、荒船くんはキッチンでなにかしているようだ。
確認する気力もないので放置して目の前のゼリーに集中する。美味しい。喉に優しい。

「蒼さん、薬あります?」

「んー」

「どこですか」

「そのへん」

確か昨日の夜に飲んだ残りがキッチンの辺りにあるはず、と目線で告げればそれを追った荒船くんが薬を見つけてグラスについだ水と共に戻ってくる。

「それ食べたら飲んでください」

「ん」

グラスと薬をサイドテーブルへ置いた荒船くんは、私を一瞥してキッチンへ戻っていく。
もぐもぐゼリーを食べて、パックが薄っぺらくなる。
それにキャップをしてゴミ箱へ放り、薬に手を伸ばす。
ぺき、と容器から錠剤を2つ取り出して口に放り込み、グラスを呷って水と一緒に飲み込む。

「飲みました?」

「んー」

空になった容器もゴミ箱に放り込むと、荒船くんがキッチンから戻ってくる。
手には何も持っていないが、空気に良い匂いが混じっている。
首を傾げれば、荒船くんが思いがけない事を口走った。

「おじや作っておいたんで、食べられそうだったら後で食べてください」

「え、荒船くんおじや作れるの」

「一応予習してきました。味は大丈夫だと思います」

おじや。おかゆじゃなくておじや。ちょっと衝撃だった。
そうか荒船くんおじや作れるのか、とまじまじ荒船くんを見ていたらふいっと視線をそらされた。それどころか、さかさかと自分の持ってきた荷物をまとめて持ち上げた。

「じゃあ、俺は帰りますんで」

「あ、うん」

「鍵は…」

「チェストの上。もういっこあるから持ってっていいよ…」

「…了解」

本当は見送りたいけど、本気で動けないので布団に包まってそう言えば荒船くんはチェストの上にある籠からイルカのキーホルダーの付いた鍵を取り出して振り返った。

「次、会った時に返しますんで」

「んー」

「しっかり寝て、ちゃんと治して下さいよ」

「うん」

「何かあったらすぐ連絡ください。おれでも出水でも、飛んできますから」

「りょーかい」

そう呟けば、荒船くんが私の頭をぐしゃっと撫でて離れた。
崩れた髪をかき上げて見上げてお礼を言えば、荒船くんは静かに部屋から出て行った。
再び静寂が戻った部屋で、明日までに治そうと決意してもう一度枕に深く頭を埋めて目を閉じた。



風邪をひきました
荒船くんが看病しにくる

(う、なんてことだ。おじや美味しい)

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