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□匿われる
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「ううやばい、どっか隠れるとこ…!」

ただいま私は本部の廊下を走っている。ちらっと後ろを見るが、今のところ追っ手の姿は認識できない。けれどそれも一時的なものだろう。どこかに隠れてやり過ごさなければと隠れ場所を探していると、前のほうから黒髪無造作ヘアで長身の人が歩いてくるのを見つけた。

「影浦くん助けて!」

「蒼サンなにしてんの」

「荒船くんに追われてるんだ、お願い匿って!」

「あー、そりゃ面倒だな…」

荒船くんに捕まる恐怖(というかきっと面倒臭さを)知ってる影浦くんは、少し廊下を戻って影浦隊の作戦室の扉をすっと開けてくれた。先に入っていく影浦くんにお礼を言いながらさっと滑り込んで一息つく。
ここまでくれば大丈夫だろう、さすがに荒船くんは他の隊の作戦室までは勝手に入って来れない。

「助かった…」

「あとでなんか奢ってくれよー」

「もちろん」

そう告げれば影浦くんがどさりとソファに座った。そして長い足を組んでじいっとこちらを見てきた。
影浦くんは荒船くん経由で知り合ったけど、見た目にそぐわず良い子だ。
ついでに年上の私に敬語らしい敬語を使わないけれど、ちゃんとした場ではしっかりした敬語を使うし、第一結構仲がいいのでなんら問題は無い。

「好きなとこどーぞ」

「ん、お邪魔します」

ひらりと手を振った影浦くんがすすめてくれたので、彼の反対側のソファに腰を下ろしてふうと息を吐いた。
影浦くんは、目立つのが嫌だからと隊室に持ち込んでる小型冷蔵庫から飲み物を取り出して私にひとつ投げてくれた。

「今、これしかないっすけど」

「ありがとー、喉かわいてたんだ」

ずっと走ってたからねと良く冷えたミネラルウォーターを受け取ってお礼を言えば、一緒に取り出した同じ銘柄のミネラルウォーターをぐっと呷った影浦くんが口を開く。

「で、今回は何したんすか」

そう聞いてくる影浦くんに、冷たい水をひとくち飲み込んでから事の発端を口にした。

「聞いてくれ。私、今まで弟子たちに内緒でイーグレットの練習してたんだけどさ」

「あ、ついにスナイパー始めたんすか」

「そうそう。でね、けっこう使い物になってきたからお披露目ついでの初めての対人戦で荒船くんと模擬戦して、自分でも感心するほどのピンポイントで頭ぶち抜いたらなんやかんやで追われている」

荒船くん怖い。そう締めくくった私に対し、影浦くんがヒュウと口笛を吹いた。

「初の対人戦でヘッドショットってやべえな」

「荒船くん油断しきってたしね、もう上手くいかないよ。スナイパーなら荒船くんの方が断然キャリア積んでるし」

「だろうな」

「だけどね、あんなに怒るとは思わなかったんだよ…」

テーブルに倒れ込みながら初心者がヘッドショットとか狙ったのが駄目だったかな、やっぱ狙いやすい胴体いっとくべきだったか…と唸る私の声を拾った影浦くんがいや、と首を振った。

「荒船が怒ってんのはそこじゃねえな」

「えー?」

じゃあどこよ、と顔を上げた私の視線をがっちり受け止めた影浦くんがじっと私を見ながら言う。

「スナイパーの練習は誰に見てもらった?蒼サンのサイドエフェクトと絶対記憶使っても、まさか基礎から独学なわけないだろ?」

「ああ、基礎か。それは佐鳥くんに教えてもらった」

「佐鳥か」

教えてくれる人が居なくて最終的に佐鳥くんに頼ったけれど、佐鳥くんのお蔭でここまで上達できたと言うと、影浦くんはあーと間延びした声を上げてびしっと私を指差した。

「多分それだ」

「え、佐鳥くん駄目だった?」

「駄目だ。アイツ、『蒼さんがスナイパー始める時は俺が教えられるように先に上達しておく』っつってたんだぜ?」

「まじかよ」

「マジマジ」

私の言葉に影浦くんがこくこくと頷く。え、荒船くんがそんな事考えてるとは思わなかったし聞いてもいなかった。だけど、そう考えれば、あの怒りようも納得できる…けど、とんでもないことをしてしまったのではないかとさっと顔色が悪くなったのを感じる。

「くく、」

「あー…笑い事じゃないんだけどな…」

冷や汗を流す私が必死に打開策を考えていれば、その様子を見る影浦くんが心底楽しそうに喉を鳴らす。

「佐鳥に教わったって言ってねえならなんとか誤魔化せんじゃねえの?」

「無理でしょ、綺麗に一本取りすぎたから不信感持ってる。じゃなきゃあそこまで怒らないよ」

「だよなァ」

やっちまった…と頭を抱えた私が机に突っ伏すと、テーブルの上に置かれた影浦くんの携帯が、ぴこんとLINEの通知を告げだ。

「嫌な予感がする」

「お見事。荒船からだぜ」

笑う彼が突っ伏したままの私の頭をぺしぺし軽く叩いて、顔を上げるように促す。
影浦くんが見せてくれたLINEの画面には、荒船くんによる『誰か本部で蒼さん見てねえか』という文字が浮かんでいた。

「げ、グループになってるし」

荒船くんは18歳組のグループで喋ったようだ。影浦くん単品じゃないのか、と思っている内にどんどん既読の文字が付いていく。

『知らねえ、俺今日隊長と開発篭りっぱなし〜』
『ラウンジにはいないぞ(Т△Т)』
『オレは今日鈴鳴から出てないからわからないな』
『カゲ、お前なんか知らねえ?本部にいるんだろ?』

荒船くんから影浦くん宛てにメッセージが来る。眉を下げながらちらりと彼を見上げれば、依然楽しそうな影浦くんは私の頭をぽんぽん叩いて言う。

「そんな心配そうな顔しなくても言わねえよ」

笑った影浦くんが手早く長い指で携帯の画面を叩いていく。

『いや、俺はずっと隊室にいるし見てねえ』
『そうか』
『見かけたら教えればいいのか?』
『他のやつらにも見たら言うように言っておく』
『ああ、頼む』

誤魔化してくれた影浦くんのお蔭で、メッセージはそこで途絶えた。
良かった、と深くソファに沈みこんで息を吐けば、影浦くんが笑う。というか今日ずっと笑ってるなこの子、上機嫌なのはいいけれど。

「いっそのこと、これからの練習は荒船に見てもらえよ」

「最初からそのつもりなんだけども…うー…正直に言わないと駄目だよなあ」

「駄目だろうな」

影浦くんの言葉にだよねえ、と頷きながら冷たい水をごくりと飲み込んだ。
とりあえずはここに匿ってもらってる間になんとか荒船くんに正直に言うための勇気を溜めよう…と安堵したのもつかの間、不意に隊室の扉がノックされた。

『おいカゲ、ちょっといいか?』

「…えーと」

「来ちまったなァ、荒船」

続いて聞こえてきた声は確実に荒船くんのものだ。やばい、出口は荒船くんがいる扉一つしかない。
さっと冷や汗を流した私に、影浦くんが立ち上がりながら小声で言った。

「オペレーターの机の下に潜ってろよ」

「!助かる」

置いていけば誰かが居たとわかってしまう飲みかけのペットボトルを抱えて、影浦くんが指差す部屋の隅に置かれたオペレーターの机の下に潜りこむ。足元が開いてないタイプなので、正面から見ただけじゃ私の姿は視認できないけど、万が一に備えて換装してバッグワームも起動した。

『カゲ?』

「あーハイハイ今開けるからちょっと待て」

私が潜ったのを確認した影浦くんが扉へ近づき、荒船くんを迎え入れる。もうここからは姿が見えないので、こっそり出したレーダーで二人の動きを掴む。

「蒼さん来てねえ?」

「さっきも言ったろ、来てねえっつーか見てもいねえよ」

「なんだ、ここにいるかと思ったんだがな」

そう言った声の後に、どさっという音が2回したので2人がソファに座り込んだのだろう。

『蒼サン、多分長くなるぞ』

『ごめんね、しばらく居させてくれると嬉しい』

『ああ、構わねえよ』

秘匿通信で飛んできた影浦くんの声に頷いて、音を立てないように座りなおして膝を抱えて目を閉じた。
それから荒船くんが帰るまでの10数分間、荒船くんに謝るための勇気をじわりじわりと溜め込むことに集中した。



影浦くんに匿われる
影浦隊の机下にて

(さて、覚悟は出来たか?)
(うん…ちょっと行ってくる…)




初カゲさんでした。
彼はなんだかんだ優しい

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