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□村上くんBirth Day!
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「あ、いたいた」
ラウンジの中、探していた人物の背中を見つけた。自分の腕に抱えたバッグの中の荷物をちらっと確認してから早足に近づく。
「荒船くんこんにちは、ちょっといいかな」
「…蒼さん、こんにちは」
探していた彼、荒船くんを見つけて声をかけるも、彼の目の前のテーブルには報告書やら学校の課題やらが鎮座していた。
見れば、彼自体も疲弊しているようだ。荒船くんの目にはいつもの鋭さがなく、なんとなく隈が出来ているように見える。
「あれ、随分お疲れのご様子で」
ごめん。忙しそうだし出直すよと告げてくるりと踵を返したら服の裾を引かれた。この感触は机に引っかかったとかではないな、と後ろを振り返れば、私の服の裾には長い指が絡まっている。そこから伸びる腕を辿れば荒船くんがこちらをじっと見据えていた。
「話を聞かないとは言ってません」
「ん、ありがと」
そっち座ってください、と促されて荒船くんの反対側の椅子に座り込むと、適当に紙片をテーブルの端に寄せて頬杖をついた荒船くんが口を開いた。
「で、なんの用ですか」
「荒船くん、明後日までに村上くんと会う予定って入ってないかな?」
「明後日…?15日ですか?」
不思議そうな顔をした荒船くんに、15日は彼の誕生日だと聞いた事を告げる。
それと、バックに入れて持ってきたプレゼントの箱を取り出してみせる。緑色を主体とした包装紙に包まれたそれの中身はスポーツタオルやプロテインなどをいくつか詰めたものだ。自己鍛錬が趣味の彼に渡すプレゼントとしては無難で良いだろう。
「村上くんの誕生日だって聞いたんだけど、当日はきっと鈴鳴支部でお祝いとかするでしょう?その前に荒船くん経由で渡せたらいいなと」
「ああ、鋼の誕生日か。…いや、なんで俺経由なんですか。自分で渡せばいいでしょう、そのほうが鋼も喜びますよ」
首を傾げる彼に、わざわざ荒船くんに頼む理由を口にする。
「しばらく任務が昼間シフトになるんだ。夜間とか朝方は迷惑になっちゃうでしょ?それに私、村上くんの連絡先しらないし」
「あんだけ仲良いのにしらないんスか」
「うん」
「なら、教えますよ」
「本人の承諾を得ていないのに連絡先をくれるという行為はいいのかな?」
「蒼さんなら大丈夫でしょう」
ちょっと待ってください、と鞄の中から携帯を取り出していじりだした荒船くんにそう言えば、目も合わさずにそう答えられた。いいのか。
「ほら、蒼さん携帯出してください」
「あ、はいはい」
荒船くんに急かされて後ろポケットから携帯を引っ張り出す。
それから赤外線で送ってもらった番号達を電話帳に入れ込む作業をしていると、荒船くんがおもむろに携帯を耳に当てた。
「………鋼、久し振りだな。いま平気か?」
「ん?」
いきなり通話しだした荒船くん。鋼、ということは通話しているのは村上くんだ。
「お前、今どこにいる?……ん、そうか。じゃあ先にラウンジに来てくれるか、蒼さんが待ってる。…ああ、悪いな」
そう言って通話を切った荒船くんが、携帯を仕舞って私を見た。
「鋼、ちょうど本部に向かってきてるみたいなんでここに呼びました」
「まじで」
「マジです。それ、蒼さんが渡してやってください」
「わかった、ありがとう」
荒船くんにお礼を言えば、彼は静かに頷いて机の隅に纏めた報告書やノートをかき集めて立ち上がった。
どこか行くの?と首を傾げれば、荒船くんが口を開く。
「もうすぐ任務なんで、作戦室に戻ります」
「あ、そうなの。じゃあお礼にこれでコーヒーでも飲んで」
眠そうな彼の手を引き、財布から出した500円玉を差し出せばそれを受け取った荒船くんは、短くお礼を言ってコインを握った。
「ありがとうございます」
「あんまり無理しないでね」
「はい」
荒船くんは短く頷いてラウンジから去っていった。その姿を見送ってから、隣の椅子に置いたバッグから持ってきていた文庫本を引っ張り出し、ブックマークの挟まったページを開いた。
「蒼さん」
「お、村上くん久し振り。急に呼んでごめんね」
「いえ」
文庫本を熟読していた私に声が掛かったのは荒船くんがラウンジから出て行ってから、10分くらい経った時だった。
やってきた村上くんに文庫本を閉じながら荒船くんが座っていた席を勧めると、静かにその席に座った。
「模擬戦でしたら、今日はお相手出来ますよ」
「え、じゃあ後でちょっと相手してほしいな。あ、だけど今日はそれがメインじゃないんだ」
「そうなんですか?」
首を傾げる村上くんに、そうそうと頷いて横に置いたバッグから例の箱を取り出す。仕舞っている間にちょっと曲がったリボンを机の下でちょいちょいと直してから、村上くんに見えるように机の上に置いた。
「明後日、誕生日でしょ?ちょっと早いけど…村上くん、誕生日おめでとう」
「!ありがとうございます」
そう言ってプレゼントを差し出せば、ゆっくりと伸びてきた腕が差し出した箱を掴んだ。そうして自分の元へ引き寄せた村上くんの口角が上がったのを見て、自分の口元も弧を描いた。
「嬉しいです」
「喜んでもらえて何より」
普段の無表情はどこへやら、すっかり笑顔の村上くんが上機嫌にお礼を言われて笑い返す。
「開けても良いですか」
「もちろん」
私が頷くと村上くんは包装紙を破かないように留められたテープをゆっくりと剥がしていき、中身の入った箱を取り出した。ゆっくりと蓋を開けて、中をのぞく。
「…、!」
「村上くんが使いそうなの選んだつもりなんだけど…」
どうかな?と聞けば、顔を上げた村上くんの笑顔が飛びこんできた。
「大事に使います…!」
「ありがとう」
よっぽど嬉しいのか、村上くんは笑顔のまま何度も頷いて箱の蓋を戻して梱包し直し始める。
そんなに喜んでもらえてよかったなと笑っていれば、手慣れた動きで綺麗に戻された箱をテーブルに置いた村上くんが口を開く。
「蒼さん、本当にありがとうございます」
「いいえー」
「それで、あの…」
「ん?」
村上くんが少し眉を下げながら言いにくそうにしているので、何?と続きを促した。
こくりと頷いた村上くんが、小さく口を開く。
「細部まで覚えておきたいので、少し眠ってもいいですか」
「ああ、もちろんいいよ」
そんなに嬉しかったのか、5分でも10分でもどうぞと言えば村上くんがさらに嬉しそうに笑った。
「5分だけ眠ります」
「どうぞ。そのあと模擬戦してね」
「もちろんです」
少し失礼します、と村上くんが目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた彼を机に肘をついてのんびり観察する。
明後日には、荒船くんにもらった連絡先にもう一度お祝いの連絡をしてあげよう。
そう思いながら手を伸ばして村上くんの頭を撫でた。
「誕生日おめでとう、村上くん」
村上鋼くんHappy Birthday!
2015/6/15
(、ん…)
(おはよう、村上くん)
ま、間に合った…!