WT

□回収される
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「…」

ふいに知らない香りを吸い込んで、なんだろうと目を開けると見覚えの無い天井が見えた。

「…うん?」

起き上れば、見覚えのないベッド。丁寧に布団が掛けられているが、これも見覚えが無い。
あれ、待って本当にここどこ?

「…ん、」

「ん?」

すぐ近くで声が聞こえた。声が聞こえてきた右を見れば、私のいるベッドの横の椅子に座って目を閉じている村上くんが居た…寝てるのかな。今更気づいたけど手、握ってる。めっちゃ握られてる。

「えーと…?」

とりあえず、だ。
どうしてこうなった思い出せ思い出すんだ私の海馬よ何してるこの状況の発端を思い出すんださあ働け。
なんで村上くんに手を握られて見知らぬベッドに寝かされてるんだ、この状況は一体なんだ。

「…」

じわりと状況を察した手のひらから汗が滲む。
あっ待って女子として手汗は非常に不味い!こんな時ばかり空気を読むのはやめてほしいまじで!そのがっちり掴んだ手を離してくれないかな村上くん!

「…蒼さん?」

「ひゃう!?」

突如掛けられた声に思いっきりびっくりして変な声が出た。
ばっと隣を見れば心配そうにこちらを見る村上くん。いつのまに起きたんだ!

「大丈夫ですか」

「えー、と…大丈夫じゃないと思うのでとりあえず状況を教えてほしいかな。とりあえず三つ聞かせてまずここどこ!次になぜ村上くんが!最後にこうなった状況をざっくりと!」

矢継ぎ早に聞けば、わかりました、と村上くんが頷く。しまった手は繋がれたままだ。君はそれでいいのか村上くん。

「まず、ここは鈴鳴支部の仮眠室です」

「あ、鈴鳴支部なんだ」

「次に、何故オレがと言うのは…倒れている蒼さんを見つけたのがオレだったからです」

「うん?倒れてた?」

「はい。ここから程近い場所で倒れていたのでここまで運びました」

なんと。
ここに来た記憶が無いのは気を失っていたからか。一つ納得。
でも気を失った理由がわからないな。ネイバーと交戦していたわけでもないし、後ろから誰かに奇襲を掛けられた覚えもない。
本部に向かって歩いていた記憶はあるけれど。

「最後にこうなった粗筋なんですけど」

「うん」

疑問符が頭に浮かんでいる私に対し、村上くんがゆっくりと理由を教えてくれる。

「蒼さん、過労で倒れたそうです」

「…ああ、心当たりがないとは言えない」

過労か、そうか。
最近ちょっと任務やら報告書やらで忙しかったからなあ。でもそれで倒れるとは思ってなかったのは反省しよう。村上くんに迷惑を掛けてしまった。

「それと、栄養失調になりかけてるそうです」

「うわ、それは知らなかった…」

徹夜したり、無理する時は大体トリオン体になっているから、本体の方がおざなりになっていたのは確かだ。うーん、ちゃんとご飯食べよう…。

「村上くんありがとう。ご迷惑をおかけしました…」

「いえ。オレが見つけられて良かったです」

でも、本当に村上くんが見つけてくれて良かった。
今日は天気が良いから、発見が遅れてたら干からびていたかもしれないとか能天気な事を考えていれば、村上くんが口を開いた。

「と言う事で」

「うん?」

「これ、食べて下さい」

繋がれていた手が離れ、がさりとベッドに置かれたのはコンビニのビニール袋。その中から取り出されたのは、栄養補給系ゼリー飲料、サラダなど。
しかもこれ、みんな私が好んで食べているものだ。

「荒船くんといい、村上くんといい…私の好みを熟知しているな…」

「ああ、前に荒船から教えてもらったので」

「…杞憂だと良いんだけど、余計なことまで聞いてそう」

「なんて言えば蒼さんが反省するかとかは聞きました」

「ああやっぱり…」

頭を抱えて布団に沈めば、後頭部に暖かい感触。
これは、村上くんの手のひら?ゆっくりと撫でられてる。

「この甘やかし方も、聞きました」

「く…的確すぎる…」

頭を撫でられると安心するのも知ってるのか。なんなんだ荒船師弟は、私の事をそんなに熟知してどうするつもりだ。布団に顔をうずめたままもごもご言えば、ふっと村上くんが笑う気配がした。

「ご飯、食べて下さい」

「…いただきます」

身体を起こしてむすくれながらもそう言えば、村上くんは満足気に私に食品たちを差し出した。





最後のゼリー飲料を飲み干し、ちゃちゃっとゴミを纏める。
纏めたゴミを村上くんがすっと攫ってゴミ箱へ入れた。出来る。

「ご馳走様でした…。村上くん本当ありがとう、今度ご飯奢らせて」

「ええ、ご馳走になります」

迷惑かけちゃったし、村上くんの好きな物を食べさせてあげよう、とほっこりする。
村上くんの好きな物ってお蕎麦だっけ。美味しい所リサーチしておこうと考えていると、村上くんが時計を見て言う。

「あ、すみません。本当は本部まで送りたいんですけど、これから任務があるので…」

「ううん、大丈夫だよ。一人で帰れるから」

「そういう訳にもいきません」

ふらつきもしないし、平気だよと言っても村上くんは首を縦に振らず、あろうことか爆弾発言を落とした。

「荒船に連絡したら、迎えに来ると言っていましたので」

「まじで」

「マジです」

村上くんの発言に、取り戻しつつあった自分の顔色がさっと白く戻ったのがわかった。
待ってやばいよりによって荒船くんだと!この前怒られたばかりだと言うのに!
今回は手刀どころでは済まない!絶対済まない!きっと正座させられてイーグレットで頭ぶち抜かれるくらいはされる!

「い、いつ連絡したのでしょう…?」

「ここに運んですぐですから…1時間ほど前です」

「うわー村上くんさっすが出来る子!よし私は逃げる!ごめん、ご飯の詳細とかあとで連絡して!」

一刻も早く逃げなければ!と慌ててベッドから起き上ろうとすれば、村上くんが私の右手首を掴んだ。

「…どういうつもりかな?」

捕まれた手を見て疑問を飛ばせば、鋭い目で私を見る村上くんの口から絶望的な一言が飛び出した。

「荒船から、『俺が行くまで逃がすな』と言われてるので」

「うわあ」

無理をすれば逃げれない事もないけど、換装したところで対する村上くんは生身のまま動かないだろうから傷付けられないし、そもそも看病してくれたのに倒していく事は出来ない。
拘束されているのが右手だけなのは、私が村上くんを倒してまで出て行く事はないとわかっているからだ。本当に荒船師弟恐るべし。

「……嗚呼、終わった」

この世の終わりだ。
依然手を握られたまま私がいろいろ諦めてベッドに倒れこんだのと、鬼神の如き表情の荒船くんが鈴鳴支部にやってきたのは同時だった。



一難去ってまた一難
鈴鳴支部での攻防戦

(この前注意したばっかりだよな?)
(申し訳ありません…)
(じゃあ、オレは任務行ってきますね)

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