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□優しさに甘える
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がやがやと隊員達の騒がしい声がする。
ラウンジに点在するテーブルの一番端、壁にくっついたソファに座って蒼はテーブルにいくつかの本を広げていた。
観葉植物が置いてあるここは、周りの目が遮られるので割と気に入っている場所だ。
何故自室でやらないかと言えば、ここなら適度に知り合いが通るため気晴らしになるからだ。勉強は楽しいけど、ずっとやっていれば疲れてくるし。

「えー、と…」

山積みになった資料から吸い取った内容をノートへ着々と纏めていく。
資料をぺらりと捲って目当ての文章を探していると、目を落としていた資料の上に影が掛かった。

「蒼さん」

「んー…?あれ、荒船くん」

見上げれば、すぐ横に立っていたのは荒船くんだった。
いつもの様に帽子を深く被って、お茶のペットボトルを持っている。あとブランケットらしきもふもふの布。似合わん。
ランク戦は今やってないから、模擬戦目的か、任務までの休憩かな。

「隣、良いですか」

「どうぞー。でもちょっと今あんまり構えないかも」

「構いません」

隣に座るらしい荒船くんの為に、テーブルいっぱいに広げていたノートを端っこに移動させる。

「レポートですか」

「んー、そんなとこ。出れなかった授業のノートも写したりしてるけど」

任務があるとやっぱり出れない授業あるからねえ、と言いつつノートにペンを滑らせる。
隣に座った荒船くんは静かに持ってきたお茶を口に運んだ。

「何か用事だった?」

「いえ。蒼さんの姿が見えたので来ただけで、特に用事は」

「そっか」

荒船くんはたまにこうして私を見かけるとふらっと寄ってくる。
そして特に何をするでもなく隣に座っている事が多いのだが、忙しくしている私に寄ってくる時は、私が根を詰め過ぎていないか確認する為であると思う。1回よろよろしてる所を見つかって問い詰められてから頻繁に顔を出す様になったし。

「…何時からそれやってるんですか」

「10時くらいかなあ」

どうやら今日も私の様子見だったらしい。まだ1時半だしそんなにやってないよと言えば、荒船くんは帽子の下の目を鋭く細めて言った。

「飯食ってないでしょう」

「げ。なんでわかった」

「蒼さんが用もなさそうなのにトリオン体で居るからですよ」

トリオン体だと空腹や眠気を感じないから、徹夜する時とかは重宝してるのがばれていたのか。
ふう、と一息吐いて荒船くんがソファから立ち上がる。

「どこかいくの?」

「アンタの飯買いに行くんですよ。どうせ終わるまで飯食わないつもりでしょう」

「うっ」

びしっと指差されて断言されたが、図星なので言い返せずに口ごもる。

「何食べますか」

「えーと…じゃあ、野菜スティックと…」

「パン。あれば粗挽きソーセージ、なければクラブサンド。それとお茶」

「ああ…流石わかってらっしゃる…」

お願いします、と財布から千円札を抜き取って荒船くんに手渡す。
お金を受け取った荒船くんは、ぎろりと音がしそうなほど鋭い目で私を一瞥してからテーブルを離れた。

「…うん、やばい、怒ってる…早く片付けなければ」

荒船くんが戻ってくる前に片付けないと大変なことになりそうだ。
前回、中々食べずにごちゃごちゃしてたら手刀を食らった記憶が蘇る。手加減されてたけどあれは地味に痛かった。
きりの良い所までノートを書き写し、さかさかとノートとレポート用紙を纏めてテーブルの端へ置けばタイミング良く荒船くんが戻って来た。

「どーぞ」

「ありがとう荒船くん…お釣りは手間賃にでもしておくれ…」

荒船くんは滲む怒気を隠そうともせず、しかし手つきは優しく頼んだものが入っているビニール袋をテーブルの上に置いた。
トリオン体から戻れば、彼方へと押しやられていた空腹がじわじわと戻ってくる。

「いただきます」

「はい」

取り出した野菜スティックのカップから胡瓜を摘まんでがりがり齧る。
もぐもぐ咀嚼しつつ荒船くんを見れば、彼も隣に座り直して買ってきたサンドイッチを口に入れるところだった。

「なんすか」

「いえなにも」

「なら早くそれ食って下さい」

怒っていると微妙に口調が荒くなる荒船くんに睨まれ、自分の食事に手を伸ばす。
お互いが無言で各自のご飯を体内へ取り込んでいく。がりがり、ざくざく、もぐもぐ、ごくり。

「ごちそうさまでした」

しばらくして、鋭い目で監視していた荒船くんは私が全て食べきったのを見てようやく視線を緩めた。それに伴い、口調からも少し棘が減る。

「飯くらいちゃんと3食とってくださいよ」

「うん、ごめん。気をつける」

「それに蒼さん、本当は寝てないだろ」

「…えー?」

「粗方、蒼さんがラウンジに来たのが10時で、それまで徹夜で部屋でやってたんじゃないのか」

「なんでわかる」

「眠そうな目、してる」

近づいた荒船くんのかさついた指で目元をなぞられながら、これまたズバッと当てられてお手上げと言うように机に突っ伏す。
どうせ荒船くんには全てお見通しなのだ。眠気もじわじわ戻ってきて、突っ伏したまま言う。

「あー…そうですよ本当は昨日の9時くらいからやってましたよー」

「だろうと思いましたよ」

「仕方ないだろう忙しいんだ私は」

「でしょうね」

突っ伏したまま目を瞑る。今なら1分で眠れそうだ。

「うー…ねむい…」

「蒼さん」

「んー、うぐ」

ぐい、と肩を引かれてバランスを崩す。
眠気に負け始めている身体はろくな受身もとれず、上半身がソファに座る荒船くんの足の上へ倒れ込んだ。
これが隠れているようなテーブルで良かった。ラウンジの真ん中だったら全隊員の視線が突き刺さったはずだ。
見上げて文句を言えば、荒船くんがブランケットを引き寄せながら口を開く。

「なにするんだ…」

「膝貸しますから、少し休んで下さい」

「荒船くんの膝枕だと…なんてレアなんだ…あとこれいつも思うけど腿だよね…なんで膝枕なんだろ…」

「煩いいいから寝ろ」

「うわ」

ブランケットをばさっと掛けられ、ついでに荒船くんのかぶっている帽子が私の顔に落とされる。視界が暗くなった。
まさか私が寝てないと思って、寝かせてくれる為にブランケット持って来てくれたのか。優しい。似合わないとか思ってごめん。

「6時には起こします」

「うん」

下半身はソファに座ったままの体勢だったので、もぞもぞ動いてソファに上がる。
折角なので荒船枕を使わせて頂く事にする。もったいない。
寝やすい体勢をつくり、ふうと息をつく。

「そしたら、一緒に飯食いに行きましょう」

「うん…」

「だからそれまで休んで下さい」

「ありがと…おやすみ」

「おやすみなさい」

控えめに頭を撫でられ、私はゆっくりと目を閉じた。




優しさに甘える
荒船くんの膝枕

(蒼さん、時間ですよ)
(うー、おはよう…)

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