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□おまじない
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ここ最近、ずっと悪夢を見ている。
内容は統一性がなく、何かに追われていたり喰われていたり溺れていたりと様々だ。
とりあえず、毎日と言っていい程悪夢に魘されて起きてしまうので非常に寝不足になっている。

「ッは、あ…」

かくいう今日も、大量の棘を次々にとんでもない速さで撃ち出してくる新型ネイバーに身体を穴だらけにされるという夢によって現実世界へと帰還した。

「あー……うー、4時半か…」

一度悪夢によって起きてしまえば寝つきが悪くなってしまうのはここ最近の傾向でわかっている。4時半だったら早いけどもう起きて目を覚ましておけばいいか。そう思い、まだ暗い部屋の中で身体を起こした。







「お疲れ様でした、失礼します」

今日の防衛任務も滞りなく済み、本部長に報告してからボーダー本部にある自分の部屋へと戻るべく歩き出す。
歩きながらトリオン体から元の身体へ換装し、上階へ向かう階段を半分ほどまで登った時、背後から声がかかった。

「蒼」

「ん?」

振り向けば、階段の下には一緒に任務に行った風間さんが居た。
どうしたんですか、と口を開く前に、身体がぐらりと傾いた。

「っわ、!」

今までの寝不足のツケが今此処で来るか!と思いつつも、眼前に迫る硬い階段にぎゅっと目を瞑る。
直後に身体に響いたのは、硬い階段及び床の感触ではなかった。
なんかしっかりした腕みたいなのに抱えられてるような…

「大丈夫か」

「ん!?うわわ、大丈夫です!」

すぐ横で聞こえた声に瞬時に状況を理解する。
どうやら風間さんが階段から落ちた私をキャッチしてがっちり抱え込んだみたいだ。
風間さんは相変わらずというか、焦りなど感じさせない無機質な赤い瞳でこちらを見下げている。

「ありがとうございました…」

「任務の時から動きが悪い。何かあったか」

「え、この状態でそれ聞きます?」

うまい事抱えられたまま、風間さんは私に問いかけた。
しかし鋭い。任務はしっかりやったんだけど、この人の目には普通には映らなかったようだ。

「あー…ここ最近ずっと悪夢見てて、寝れてないんです」

抱きしめられつつじっと見られるのに耐えかねてそう言えば、風間さんは納得したように小さくうなずいた。

「寝不足か」

「はい。…あの、そろそろ降ろして欲しいんですけど…」

「ああ、すまなかった」

良かった、整った顔に至近距離で長く見つめられるのは心臓に悪い。
ひょいと立ち上がった風間さんは私を階段近くのベンチへと降ろしてくれた。紳士。
うまく助けてもらえたようで、どこも痛めてはいないようだ。さすが風間さん。

「怪我はないな」

「はい、ありがとうございました」

「いや、俺も後ろから声を掛けて悪かった」

そう言ってから暫く考え込むようにじっと私の顔を見る風間さん。
ベンチに座っているので依然見下ろされたまま、なんとなく居心地が悪くてそわそわし始めると風間さんがようやく口を開いた。

「…悪夢を見ないようにするまじない、というのを聞いた事がある」

「!本当ですか」

「ああ」

「それは是非教えて欲し…い?え?風間さん?」

「じっとしていろ」

ずいと近づいた風間さんが私の左肩に手を置いた。
なになに先が見えないんですけどまさかこのままスコーピオンでぐさり!絶命!これで悪夢なんて見ないよ!なんて展開はないと信じたいけどこの人真顔過ぎて本気で考えが読めない!3%くらいはその可能性が有りそうで嫌だ…!

「蒼、上を向け」

「…はい」

深呼吸し、意を決して上を向く。
すると思っていたよりも風間さんの顔が近く、驚いて目を閉じれば暗くなった視界と、額に何かやわらかい感触。

「っえ、?」

「…これが悪夢を見ないまじないだそうだ」

やわらかい感触と肩に触れていた手が離れ、風間さんの声が聞こえた。
目を開いて風間さんを見れば、すでに少し距離をとった場所でこちらを見る無機質な瞳と目があった。

「…え、と…いま何しました…?」

やわらかい感触があった額に手を翳しながら聞けば、風間さんは無表情を崩さず言った。

「わからなかったのか」

「確実に殺されると思ってたのでちょっと脳が追いついていません」

「蒼を殺す理由が無い。それに、まじないだと言った筈だが」

呆れたと言うかの様な視線を送られ、続いてもう一度風間さんが近づいてくる。

「え、え」

「今度は目を閉じるな」

そう言われ、必死に目を閉じないようにする。
風間さんの顔がどんどん近くなり、ついに輪郭がぼやけた。
それでもなお近づく風間さんにとうとう目を閉じかけた時、先程と同じように額に触れたやわらかい感触。目の前には風間さんの首筋。
首筋きれいだなこの人じゃなくて。え、これ、もしかして。

「…これでわかっただろう」

「っわ、わかりました…!」

やわらかいの=風間さんの唇
理解した後、ぐんぐんと顔が赤くなっていくのがわかる。
わからなかったとは言え2回、2回も額にキスされた!

「まじない、2回も掛けたんだから効くと良いな」

「うあ、はいありがとうございます…!?」

赤い顔で頭がキャパオーバーしそうになりつつもなんとか礼を告げる私を見て、風間さんが珍しくふっと笑った。え、ちょ、レア。

「時間を取らせて悪かった。明日にでも効果の程を教えてくれ」

じゃあな、と去り際に私の頭をくしゃりと撫でてから風間さんが立ち去る。
一人残された私は、風間さんが視界から完全に消え、足音も聞こえなくなってから赤い顔を手で覆ってバタバタと悶え苦しんだ。
断言しよう、今この瞬間、私の気持ちは完ッ全に風間さんに落とされてしまった。


そしてその夜、昨日に引き続き夢の中に現れた棘ネイバーは、出現と同時に颯爽と現れた風間さんによってばらばらにされ、その後も続々と現れる悪夢要因達も悉く風間さんに潰しに潰され、悪夢になる事はなかった。



おまじない
眠れない君の為に

(風間さん、おまじない効きました…!)
(それは良かった)

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