藤の精
□鬼との遭遇
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もともと町外れの山の麓に構えている我が家は、買い出しに行くには少し時間がかかる
「……屋敷の外は、こんな感じだったのかァ」
歩き始めてすぐに、不死川さんが感慨深そうにそう言った
彼はずっと布団から動けなかったし、動けるようになったのはここ最近のこと。しかも行動範囲はうちの敷地の中だけだった
屋敷に運ばれるまでも意識が無かったようだから、屋敷の外の景色は本当に初めて見たのだろう
「……綺麗なところだなァ」
『……。』
穏やかに吹く風で不死川さんの髪が揺れる
気持ちよさそうに景色を楽しむ彼の横顔を見ていると、甘い胸の高鳴りがした
ともに過ごすうちに、自分の中にある感情が生まれていたことに気が付いたのだ
「で、買うものはどの店だ?」
『行きたいお店は何箇所かあります
そんなに離れたところではないので大丈夫だと思いますが、何か具合に異変があったらすぐ言ってくださいね』
「分かってらァ」
胡蝶や蝶屋敷の家の人間たちのように口酸っぱく言う雪さんに、思わず笑ってしまう
彼女もずいぶん蝶屋敷の人間らしくなってきた
「あらっ、雪ちゃん今日は男の人と一緒なんかい?」
「こりゃまた格好良い剣士様だぁ」
「門下生さんじゃないねぇ」
「雪ちゃんももうそういうお年頃だもんねぇ」
彼女は町の住民たちから可愛がられているらしく、寄る店寄る店で声をかけられていた
それに恥ずかしそうにしながらも、無下にはせず、きちんと話しを聞く姿は、やはり器量のいい娘だ
自分には勿体ないほど、いい娘だ
『不死川さん、お疲れではないですか?』
店主と話し終えると、必ずこうして俺の身体を気にかける
大丈夫だ、と返すと、嬉しそうに少しだけ微笑む。その姿に胸が高鳴るのを感じていた
行く店で毎回彼女や俺は店員に絡まれたため、買い物にはかなりの時間を要した
*
『ずいぶん時間がかかってしまいましたね』
「そうだな…、それにしてもアンタは人気者なんだなァ」
『そんなことないですよ』
荷物を二人で分け合って持ち、屋敷に戻る道を歩く
あたりは暗くなっており、日が完全に落ちていた
『……おかしいな』
「!
どうした?」
『…いえ、その、いつもはこんなに早く暗くなるはずがないんです
この道だって、普段は民家の明かりでもっと明るいはずなのに
………誰も、いない、みたい』
「!!」
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