『最後の季節』

□秋の星座
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夏の終わりの旅行から数日。
ほんの少し秋らしくなった風に、黒髪を揺らす。

病院の前でタクシーから降りたテミンは、足早にいつもの場所に向かった。

受付でほんの少し顔を見せればすぐに通される奥の部屋。
椅子に腰掛けて俯き加減で携帯を眺めていると、「お待たせ」と聞き馴染み始めている声が耳に届く。

「旅行、楽しかった?」

「はい」

「海の方行ったんだっけ?僕も久々に休みにドライブでもしてみようかな。」

笑顔でそう言って、担当医は隣に腰を下ろした。

「今日はまずこの前の検査結果が出てたから…」

カルテと手元の資料に目を通し、色々と丁寧に説明してくれるのはいつものこと。
黙ってそれを聞いていると、ふと気さくな笑顔を向けられる。

「悩み事?」

「え…?」

「いつも思い詰めたような顔してるからさ。」

「そう…ですか?」

苦笑するように笑って、「20歳そこそこの子の悩み事は大変だよなぁ」と。

「できるだけ悩みの種が増えないようにしないと。」

そう言い、立ち上がって手に取ったのは点滴用の針。

「疲れてたら眠ってていいよ。」

ベッドに横になるように促され、言われるままに簡易ベッドの上で体を横たえた。

消毒のヒヤッとした感触の後、頼りない白い腕に沈むように刺さった細い銀色。
液体が流れてくる感覚が微かにあって、きつく目を閉じる。

「大丈夫だよ」

優しい声。
それが頭上から降り注いでも、目を開けられずにいると。

温かい手が、そっと手を握ってくれた、

静かに目を開けて。
そして、ゆっくりと睫毛を伏せる。

(ミノヒョン…)

似てる。

気さくで、明るくて。
いつも話を聞いて、優しく微笑んでくれて。

この、大きな手だって。

「…先生」

再び目を開けて、小さく言った。

「来週も、…ちゃんと来ます」

「ん、そうしてくれると助かるかな。」

微笑んで、しっかりと手を握ったまま。

「待ってるよ」

その言葉が、力になるってこと。
この人は、知っているんだろうか。


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