物語

□心配
1ページ/2ページ

昼餉が終わってしばらくした頃、俺は茶を頼もうと千鶴を探していた。


「よし、あとはこれを畳んで、皆さんのお部屋までお届けして…」

庭に面する廊下の辺りまできたところで、千鶴の声が聞こえた。
俺はそのまま声のした方へと向かう。

「おい、千鶴。
茶を俺の部屋まで持ってきてくれ。」

「あっ、土方さん。
わかりました。すぐにお持ちしますね。」

千鶴は、柔らな笑みを浮かべてそう返事をする。

「あぁ、頼む。」

こうして話していると、俺たちは新選組副長とその小姓にしか見えないだろう。
しかし、俺たちはれっきとした恋仲だ。

それは、新選組の幹部にしか知られていないことではあるが。

そんな事を考えながら、自室へと戻りかけたその時。

“ばたっ”

俺の後ろで何かが倒れた音がした。
振り向くと、そこには…

「千鶴っ!!
おい、しっかりしろ!!」

さっきまで、普通に立っていたはずの千鶴が倒れていた。




それから、騒ぎを聞きつけてやってきた幹部と共に千鶴を部屋へ運び、
布団に寝かせた。

山崎に診てもらった結果、恐らく軽い貧血だろうとのことだった。

「しばらくは、安静にした方がよろしいかと思います。」

「わかった。
山崎、お前はもう任務に戻っていいぞ。」

「かしこまりました、副長。」

そうして山崎を退室させた後、幹部の連中にもそれぞれの任務に戻るように命じた。

総司は、出ていく前に

「えぇ〜、せっかく千鶴ちゃんが起きたらからかおうと思ってたのに〜。」

なんてことを、悪びれた様子もなく言いながら出ていった。

まったく、こいつも気の毒なもんだ。
初心で反応がいいから総司の奴に気に入られちまって…。

そんなことを思いながら、倒れた時よりは幾分ましになったものの、
いまだに血の気がない千鶴の頬を撫でる。

「ったく…なんでこんなになるまで何も言わねぇんだよ…。」

そう、一人呟いた。




あぁ、腰がいてぇ…

そう思い、ゆっくり瞼を開けるとそこは千鶴の部屋で、
辺りはすっかり橙色に染まっている。

どうやら、ここ数日の疲れで眠っちまったみたいだ。

ふと、千鶴のほうを見る。
幸いなことに、顔色もだいぶ良くなり、穏やかな寝息をたてている。

俺は一先ず自分の部屋に戻ろうと腰を上げ、障子の方へと移動する。

「うぅ…ん…ひじ…かた、さん?」

振り向くと、まだ虚ろな目をした千鶴がぼんやりとこちらを見ていた。

「あぁ、気が付いたか?」

「はい…。」

まだ意識がはっきりしていないのか、曖昧な返事が返ってきた。

「気分はどうだ?」

「大丈夫です。あの、私…」

「あぁ、お前、昼に貧血をおこして倒れたんだよ。」

俺は、今日の出来事を簡潔に説明してやった。

「そうだったんですか…。
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」

千鶴は、心底申し訳なさそうに謝った。

「いや、かまわねぇよ。
ただ、お前はちぃとばかり働きすぎだ。ちったぁ休みやがれ。」

「はい、すみませんでした…。」

「いや、別に怒ってる訳じゃねぇよ。
ただ…お前が倒れた時、これまで経験したことがねぇくらい怖かった。」

「土方さん…」

俺はあのとき、千鶴を失うかもしれないと本気で思った。
実際は、ただの貧血だった訳だがこいつの血の気のない顔を見て、頭が真っ白になった。

壬生の狼と恐れられる新選組の鬼副長が、聞いてあきれる。


俺は、布団の上に座っている千鶴を自分の方へと引き寄せ、抱きしめた。

「土方さん、ご心配をお掛けして申し訳ありません。
でも、私だっていつも働きすぎな土方さんを見てると、心配で仕方ないんですよ?」

「あぁ、いつもすまねぇな。
今回のことで、身を持ってお前の気持ちがわかったよ。」

俺は苦笑しながら千鶴の髪に口づける。

「ふふっ、それなら、倒れた甲斐がありました。」

「ったく、お前にはかなわねぇな…。」

「そんなことないですよ…。
大好きです、土方さん。」

「あぁ、俺もだ。愛してる。」



橙色に染まる部屋で、二人の影が静かに重なった。






あとがき→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ