「……薄汚れたな」
「だって! だってボーボボが! 雪玉じゃなくて泥投げ付けてくるから!」




泣きながら理由を説明してくる天の助の体は、ヘッポコ丸の言う通り薄汚れている。ところてん特有の透明さは所々に付着した土汚れですっかり色褪せ、天の助がぷるぷると動く度に渇いた土がパラパラと落ちていく始末だ。汚れていない部分を探す方がよっぽど難しい。






どうして天の助がこんなにも汚れてしまっているのかと言うと、先程の天の助の説明にあったように、ボーボボが原因に絡んでいる。








旅の道中、一行は突然の吹雪に襲われた。幸い街中であった為、一行はすぐに手近の店に避難し、吹雪が止むのを待っていた。吹雪はあまり長続きせず、一時間もするとすっかり勢いを無くし、雪が少々ちらつく程度になった。たった一時間の吹雪でも多少は積雪していて、それにテンションを上げた三バカが近場の公園でターゲット無作為抽出の雪合戦を開始した。






無作為抽出とは言っても、蓋を開けばターゲットは首領パッチと天の助のみで、その二人をボーボボが鼻毛真拳を駆使してまでやたら追い回す一方的な物だったのだが。勿論首領パッチも天の助もやられっぱなしというわけではなく、しっかり応戦して雪玉を投げ返していたのだけれど、所詮は無駄な足掻き。返り討ちに遭うのがオチだった。ボーボボの強さは雪合戦でも存分に発揮されていた。







積雪していたと言っても、一時間程度の吹雪では大した量では無い。怒涛の勢いであっという間に公園中の雪を使い切ってしまった三バカだったが、それで終わる訳が無い。ボーボボは攻撃(最早そう呼称して差し支えない)の手を緩めようとはせず、雪で湿り泥と化した土を二人に投げ付け始めた。瞬く間に泥まみれになっていく首領パッチと天の助。流石にそれはやりすぎだと感じたビュティとヘッポコ丸が止めに入ったので、一方的な雪合戦(途中からは泥合戦)は終着した。









そんなわけで、公園はすっかり雪の白さを失ってしまった。現在ボーボボと首領パッチは泥パックでの美容に目覚めたようで、べちゃべちゃになった砂場で泥と化したそれを顔や体に塗りたくっている(効果など期待出来そうもないが)。天の助はそれに参加せず、ヘッポコ丸に泣き付いてきたというわけだ。





「ごめんな、止めるのが遅くなって」
「いや、ヘッポコ丸のせいじゃないよ。なんだかんだ言って俺も楽しんでたし」





すっかり泣き止んだ天の助がヘッポコ丸の謝罪に首を振りながら、体に付いた泥を叩き落としていく。ヘッポコ丸もそれを手伝ってやるが、これがなかなか落ちない。塊となっている泥は案外簡単に落ちていくのだが、細かいものはどうしても体に張り付いてしまう。ところてん故に、余計に張り付きやすいようである。





「これは手じゃ無理だな。宿に着いたら、お風呂で洗い流した方がいい」
「そうだなー。…あ、いや、宿まで行かなくて大丈夫だわ」
「え?」





言い切るやいなや、天の助はとてててと小走りにヘッポコ丸の元を離れる。天の助の進行方向には、白い大理石で出来た立派な噴水。女神の石像があしらわれているそれに、天の助は迷うことなく向かっていく。



何をするつもりだろう…と行く末を見守っていたヘッポコ丸。その視線に見守られたまま、なんと天の助は、その噴水の中に躊躇い無く飛び込んでいった。上がる水飛沫。これにはヘッポコ丸も驚きで目を見開いた。








今は一月の下旬。雪が吹雪いたことも相俟って、気温はそれなりに低い。伴って水温だって低くなっている筈だ。それなのに噴水の中に飛び込むなんて…どう考えても普通じゃない。常人ならバカのやる行動だ。





「何してんだよ天の助!」





驚きで硬直していたヘッポコ丸はすぐに我を取り戻し、すぐさま天の助を引き上げようと噴水へ走る。しかし、ヘッポコ丸は失念していた。自分と天の助は、そもそも『違う』ということを。








噴水に辿り着き、無我夢中で水に浸かっている天の助の腕を引き上げようとして水の中に手を入れた時、その違いは顕著に現れた。




「っあ…!」





自分が濡れるのも構わず水に手を浸けたヘッポコ丸だったが、その手を一秒も浸けていられなかった。先に述べた通り、今は一月で雪が止んだばかり。低くなった気温と水温は比例する。噴水の水は、まるで氷のように冷たかったのだ。ヘッポコ丸はその冷たさに驚き、思わず手を引っ込めてしまった。





「あー気持ちー」





そんなヘッポコ丸とは対照的に、天の助は言葉通り本当に気持ち良さそうに水に浸かっている。リラックス状態の天の助を、ヘッポコ丸は信じられないものを見るような目で見ていた。





「て、天の助…寒くないのか?」
「ん? ぜーんぜん。これくらいなんともねぇよ」
「で、でも…」
「俺はところてんだからな。冷たいのは慣れてるんだよ」





なんでもないように放たれた言葉だったが、その言葉はヘッポコ丸を正気に返らせるのに十分な効力を持っていた。そして、当然の事実を思い出させた。










そう。ヘッポコ丸と天の助はそもそも違うのだ。ヘッポコ丸は人間で、天の助はところてん。人間に当て嵌められる常識が、ところてんである天の助に当てはまらないことがままある。それは普段から見られる、体を切断されたり穴が開いたりしても平気でいられたり、体の大きさを自在に変えられたりといったことだったりする。今のように、氷点下に近い水温でも平気な顔をしていられることだったりする。










人間の常識は天の助に当てはまらない。





ところてんの常識はヘッポコ丸に当てはまらない。











当たり前過ぎて、忘れていた事実だった。その事実に直面して、ヘッポコ丸は小さくないショックを受けていた。自分と天の助の間に見つけてしまった壁。それはささやかな壁ではあったけれど…ヘッポコ丸からすれば、それはあまりに分厚いものだった。





「俺、このまま体洗っちまうから、ヘッポコ丸はどっかであったまって来いよ。手冷えちゃったろ?」





天の助の指摘通り、さっき水の中に浸けてしまった手は濡れたまま放置していたせいで外気に晒され、冷えきってしまっていた。少し動かすだけでも悴んで僅かな痛みを感じる。ヘッポコ丸はその手を濡れていない手で庇いながら、首を横に振る。





「嫌だ。行かない」
「行かないって…でも寒いだろ? 無理に俺に合わせなくていいからさ」
「無理なんかしてない。俺は絶対に、どこにも行かない」





ヘッポコ丸は頑なだった。天の助の目に奇異に映る程度には、ヘッポコ丸のその頑なさは異常だった。まるで駄々を捏ねる幼子のような有り様である。らしくない姿に、天の助は水の中でオロオロし始めた。その態度に、ヘッポコ丸は言い様のない苛立ちを覚えた。










自分と天の助は違う…その事実がヘッポコ丸の中に苛立ちを生んでいる。とこ屁組として、そして恋人として、二人は他のメンバーよりも長い時間一緒に居る。旅の道中、休憩時間、それに宿も同室であることがほとんどだ。それがもう当たり前だった。しかし、それが今回の隔壁の要因だった。












誰よりも隣に居たのに、こんなことで距離を置かれること──それが嫌で嫌で堪らなかった。











身勝手な苛立ちだ。ヘッポコ丸だってそれくらい分かってる。今の自分が如何にみっともない姿を晒しているのか、苛立ちに煮え立つ頭でも理解出来ている。それでも、理性で容易に抑えられる程、ヘッポコ丸は大人ではなかった。どうしようもなく…子供だった。








未だオロオロしている天の助を無視し、ヘッポコ丸はポケットからハンカチを取り出した。そして両袖を肘までたくし上げると、おもむろにハンカチを冷水に浸した。





「っ…」
「ええええ何してんだよヘッポコ丸ぅぅぅ!!!!」





ヘッポコ丸の行動に面白いぐらいに狼狽する天の助。すぐさまその手を冷水から引き上げようと手を伸ばしたが、今自分の手も冷水とほとんど変わらないことに寸での所で気が付き、不自然に伸ばされた状態で停止した。いつも何も考えずに触れていたのに、こういう時だけ変に考え込んで尻込みしてしまうのだから、天の助もなかなかに不器用だと言える。






そんな天の助の気遣いに勿論気付いていたヘッポコ丸だったが、何を言われようともう止めるつもりなど毛頭無い。だから伸ばされた手など意に介さず、十分に濡らしたハンカチを固く絞った。そして、天の助を見る。





「おいで、天の助」
「は? え、え…え?」
「俺が洗ってやる。だからこっちに」
「いやいやいやいや! おかしいおかしい! なんでそうなる!?」





ヘッポコ丸の申し出が受け入れ難かった天の助は、そのままズサッと女神像の方まで後ずさって距離を取った。その行動が気に入らず、ヘッポコ丸はムッとする。





「背中とか一人じゃ洗いにくいだろ? だから手伝うって言ってるんだ」
「お気遣いありがとう! でも大丈夫だから! こんな寒いところずっといたら風邪引いちゃうから!」
「良いから。来い」
「良くない! 良くないから!」
「……来ないなら俺がそっちに行く」
「ごめんなさい行きます」





言い合いの末、最終的に天の助が折れた。まぁ噴水の縁に乗り上げようとするヘッポコ丸を見てしまっては、折れざるを得ないだろう。折れなければ、ヘッポコ丸は本当に水に入り、天の助の元へ向かっただろう。己の寒さも顧みず、その身を冷水に浸しただろう。いやはや、若者の向こう見ずな行動は時に恐ろしいものだ。







抗う気力をすっかり削がれてしまった天の助は、大人しくヘッポコ丸の元へ向かう。すっかり冷えてしまった天の助の手をなんの躊躇いもなく掴み、その冷たさに一切表情を歪めなかった。寧ろ、天の助がようやく自分の元に来てくれたことに心底安堵したようで、嬉しそうですらある。その笑顔に絆されてしまうくらいには、天の助はヘッポコ丸が大好きだった。





「はい、後ろ向いて」
「へーい…」





言われるがままにヘッポコ丸に背を向ける。水で冷やされた天の助の体を、同じくらい冷えたヘッポコ丸の手がハンカチを持って滑っていく。こびり付いた汚れを優しく拭い、砂埃を落としていく。ハンカチが汚れたらまた水に浸して汚れを落とし、また天の助の体を拭っていく。その繰り返しだ。頭から肩へ。肩から腕へ。腕から背中ヘ。ヘッポコ丸の手は移行していく。




拭われながら、天の助も『ぬ』のハンカチを取り出して顔やお腹、足などの汚れを拭っていく。少しでも早く終わらせたいが為に。ヘッポコ丸の負担を少しでも減らす為に。ヘッポコ丸も、流石にその気遣いを無下にするような真似はせず、何も言わず背面の泥を落とすことに専念した。









徐々に綺麗になっていく天の助の体。ヘッポコ丸の優しさを感じながら、天の助は過去を振り返る。どれだけ昔まで記憶を遡ってみても、天の助にはこんな風に優しくされた記憶なんて無い。大抵の者には無関心に接せられ、時に哀れまれ、時に蔑まれた覚えしかない。天の助の過去は、お世辞にも幸せだったとは言えない。







ヘッポコ丸が初めてだった。優しくしてくれたのは。一緒にいてくれたのは。『仲間』だと言ってくれたのは。愛してくれたのは。






幸せだな──天の助は素直にそう思った。こんな寒い日に、こんな冷たい水に長時間触れさせる事になって申し訳無いと思う気持ちはどうしても払拭出来ないが…それでも、こうして同じ時間を過ごせる事を、天の助は幸福だと感じていた。





「天の助? どうした?」
「…いや、なんでもない」
「ふーん…まぁいいや。ほら、終わったぞ」





ポンと肩を叩き、ヘッポコ丸はゆっくりと立ち上がる。それに倣って天の助も噴水から上がった。あんなに汚れていた体はすっかり綺麗になっていて、元の透明さを取り戻していた。





「綺麗になって良かったな、天の助」




満足そうに笑ってヘッポコ丸は言う。その手は長時間水に浸していたせいで冷え切り、真っ赤になっていた。もしかしたら霜焼けを起こしているかもしれない。天の助の顔が申し訳なさげに歪む。





「ごめんな、ヘッポコ丸」





自然と零れた謝罪。それに対してヘッポコ丸は笑顔のままで首を振った。ヘッポコ丸は天の助の視線が自分の手に向いていることに気付いていたし、何に謝られているのかもよく分かっていた。だからこそ、それを拒んだ。ヘッポコ丸が欲しいのは、謝罪などでは無かったから。



綺麗になった手を握ってやりながら、ヘッポコ丸は「バーカ」と一言投げつける。そして、続けてこう言った。





「俺が謝られて喜ぶと思ってるのか?」
「けどさ…」
「けどじゃない。こういう時は、ありがとうって言ってくれれば良いんだよ」





な? とヘッポコ丸は強く天の助の手を握る。冷たさがお互いの手の平を支配する。天の助では、ヘッポコ丸の冷えた手を暖めてやることは出来ない。逆に体温を奪うことしか出来ない。それが嫌で、ヘッポコ丸を突っ撥ねるような言い方をした──分かってくれると思ったから、あんな頑なな態度を取られて焦った──のだが、ヘッポコ丸は臆面もなく天の助に触れる。触れた体は冷たい筈なのに、それを億尾にも出さない。





無理しているようには見えない。ただ、その冷たさも天の助の一部だと受け入れているだけ。ヘッポコ丸は当然のようにそれをやってのけるけれど、それは並大抵ではやりきれない事だ。








愛がなせる技──と言ってしまえば、多少聞こえはいいだろうか。





「うん……ありがとな、ヘッポコ丸」





ここで謝罪を繰り返すのは、ヘッポコ丸に失礼だと理解した天の助は、素直な感謝の気持ちを述べた。





「どういたしまして。ほら、行こう。みんな待ってる」
「おう!」





手を繋いだまま、二人はいつの間にか公園の入口に集まっていた仲間達の元へ走り寄る。仲間達に繋いだ手を茶化されながら、体は随分冷え切ってしまっている筈なのに、体の内側…心はとても暖かいことに気付いて、二人は仲間達の目を盗んで顔を合わせ、ほくそ笑んだ。


















冬の一欠片
(夜はちゃんと暖めてやるから!)
(そういうことは言わなくていい!)




二人が噴水でイチャイチャ(?)してる間、みんなはボーボボさんの泥パックに巻き込まれていたんだと思って下さいじゃないと邪魔が入らないのはおかしい(笑)。というわけで、冬の天屁でした。



天ちゃんはところてんだから寒いのとか全然平気そうなイメージがあったので。原作でどんだけ寒がってようと俺の中ではそうだから← それをさりげなーく気にしてる天ちゃんを出してみたかった出せてないよねwwwww くそwwwww





栞葉 朱那

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