本格的な夏が来た。そのせいで毎日暑い。去年よりも暑いんじゃないかと思う。しかしこれは毎年思っていることであり、もしそれが本当なら今頃この世の平均気温は五十℃とかになってそうなので、きっとこれはただの錯覚なんだろう。毎年茹だるような暑さに見舞われながらも、冬になればあまりの寒さに夏の暑さなど忘れてしまう。錯覚の原因はそこにあるのだろう。






いや、そんなことは今はどうでもいい。錯覚がどうのこうのという話は全く関係無い。ただの話の成り行きだ、気にするな。俺が注目してほしいのは、『毎日暑い』という点だ。夏なんだから当たり前だろ、と言われそうなこの部分。俺はこのせいで、恋人であるヘッポコ丸を取られたのだ。





誰にって? それはな…。





「くー…」
「すぴー…」





今俺の目の前でヘッポコ丸の抱き枕と化している忌々しいところてんにだよ!!!!





「破天荒、何一人でうずくまってるんだ?」





燦々と射す日光の下、木陰で寝こけているヘッポコ丸と天の助の前でポコポコと地面を叩いている破天荒に、見兼ねたボーボボが近寄ってきた。声を掛けられた破天荒はそれに反応して顔を上げた。涙目の半泣き状態だったので、ボーボボはちょっと引いた。声を掛けたことを早速後悔した。





「ボーボボ〜!!」
「近寄るな暑苦しい!」
「ぐぼぁっ!!」





泣きつこうとしてくる破天荒を華麗に殴り飛ばし、ボーボボは視線を動かした。破天荒が悔しがっていた光景を再度自分の目で確認し、あぁそういうことか…とボーボボは一人納得した。気温が高くなってきた時からちょくちょく見ていた光景ではあるが、ここの所は終始あんな感じだ。破天荒が悲観するのもまぁ分からんではないな、とボーボボはぼんやり考えた。






梅雨が明け、夏がとうとう本気を出し始めた。高い気温を常に叩き出し、人々を暑さで苦しめていた。ボーボボ一行は強い陽射しが照りつける中、街から街への移動を繰り返している。みんな暑さに文句を垂れるが、そう言ったところで街が自分達の所に来てくれる訳じゃない。なので文句を垂れながらも、懸命に足を動かしているのだ。







天の助がいつもヘッポコ丸にくっついているようになったのはいつからだろうか。気温がとうとう三十℃を超えた日からだったような気がする。天の助はところとん故に体温は無く、いつもひんやりとしている。その特性を生かしてか、暑がるヘッポコ丸の冷却剤の役割を果たし始めたのだ。ヘッポコ丸を選んだ理由は、聞くまでもないだろう。二人の仲の良さは、仲間内では周知の事実だ。






ヘッポコ丸は最初遠慮していたのだが、やはり暑さには耐えかねていたのだろう。だんだんと天の助の好意に甘えることが増え、今ではずっと天の助にくっついている。移動中手を繋ぐのは当たり前だし、休憩中もずっと一緒だ。今のように木陰で昼寝をする時など、お互いがお互いを抱き枕のように抱き締めて涼を取っている。今や天の助は破天荒よりもヘッポコ丸の恋人っぽいのである。破天荒が歯噛みするのも無理なかった。








破天荒が暑苦しく嫉妬の炎を燃やしていることを、二人は知らない。ヘッポコ丸は暑すぎて破天荒を気にかける余裕なんて欠けていたし、天の助はヘッポコ丸が喜んでくれるなら他はアウトオブ眼中状態だ。それはまさしく二人だけの世界だった。もう二人が付き合えばいいんじゃないか、と誰かは知らないが言っていた。破天荒、完全に蚊帳の外である。







その破天荒は、現状にしくしく涙しながら、ズルズルと痛む身体を引き摺ってボーボボの足元に戻ってきていた。身体が痛むのは、言わずもがなボーボボが喰らわせた一撃のせいであった。もう少し手加減してやればいいのに。彼も暑さで気が立っているのだろうか。





「俺の話を聞いてくれよぉ〜」
「聞きたくもない」





聞くまでもない…というのがボーボボの本音であった。





「そんなに天の助にくっつかれてるのが嫌なら、引き剥がしてやればいいじゃないか。お前、あの二人より強いんだし。出来ないことは無いだろ?」
「そりゃ、出来るけどよ…」





チラ、と破天荒は再び寝こける二人を視界に収めた。案外近くで騒いでいるのに、二人共眠りから目覚める気配が無い。よっぽど深く寝入っているらしい。相変わらずお互いの腕はお互いに絡まったままで、その距離の近さは明記するまでも無い。どうぞ皆様お好きに想像していただきたい。






その光景を数十秒程眺めてから、破天荒は二人から視線を逸らし、ボーボボを見た。そして、フッ…と口元を緩め、二人を親指で指し示して言った。…いや、正確にはヘッポコ丸を、だが。





「…ボーボボ」
「なんだ?」
「あんな天使を俺が引き剥がせると思ってんのか?」
「お前めんどくさいぞ」














そうした休憩を挟みつつ一行の旅は続き、夕方近くに街に到着した。宿に入り、部屋割りを済ませ、揃って夕食を摂った。流石に天の助もヘッポコ丸も食事中はくっついてはいなかった。と言うか、天の助はボーボボと首領パッチのハジケに巻き込まれながらの食事だったので、ヘッポコ丸に構う暇が無かったと言うのが正しい。








騒がしい中での食事も終わり、後は各自風呂に入って振り分けられた部屋で寝るのみ。ヘッポコ丸が風呂から戻ると、同室である破天荒は備え付けのベッドの上に座っていた。ただし、膝を抱え、ヘッポコ丸に背を向けた格好で。どうやら昼間の一件で完全に不貞腐れているらしかった。







実はボーボボに事のあらましを全て聞いているヘッポコ丸。だからどうして破天荒が不貞腐れているのかは承知している。その原因が自分にあることも。確かに、ここ最近暑さに負けて天の助とばかりいたことは認める。まさかそんなことでへそを曲げられるとは思っていなかったけれど。




ヘッポコ丸は肩をすくめ、仕方無いなぁと思いながら破天荒に近付いていく。ヘッポコ丸が部屋に入ってきたことも、近付いてきているのも分かっているだろうに、破天荒は一度も振り返ろうとしない。完全に拗ねているようだ。その様は二十四歳の青年としてはあまりに似つかわしくない。これではどちらが子供だか…とヘッポコ丸は苦笑を漏らした。





「破天荒ー」
「………」
「はーてんこーってばー」
「………」





シカトです。完全なるシカトです。二十四歳の強情っぱりは、そうやすやすと反応を返すつもりは無いようだ。今日まで放置された分、ヘッポコ丸にも同じ思いを味わわさせてやろうと考えているのが丸分かりである。どこまで子供じみたことをしているのでしょう、この男は。








こうなると破天荒がなかなか折れないのはヘッポコ丸も知っている。先に言ったように原因が自分である以上、このまま放っておくのも忍びなく思っているヘッポコ丸。…こうなれば、強情でいられなくしてやるのが一番早い解決策だ。








その方法を少々画策したヘッポコ丸は…おもむろに、破天荒の剥き出しの首筋に、思い切り歯を立てることにしたようでした。





「いぃっ!?」





がり、と歯が肌に食い込む音が聞こえたような錯覚。破天荒は不意打ちの痛みに、なんとも間抜けな声を上げた。さっと離れたヘッポコ丸と、バッと噛まれた箇所を押さえながら振り返る破天荒。ヘッポコ丸は、唇に少し付いた血をペロリと舐め取りながら、してやったり…と言いたげな、満足気な表情で笑っていた。





「おっま、何すんだ!?」
「俺の勝ち?」
「なんの勝ち負けだ、なんの!」
「破天荒が振り向いたら、俺の勝ちかなって」





言って、ヘッポコ丸はそのまま破天荒に抱きついた。空調の効いている室内だ、そうしてくっ付いてもさほど暑さは感じない。破天荒は普段とは違うヘッポコ丸の大胆さに少々驚いている風ではあったが、間もなく全て諦めたようにヘッポコ丸を抱き締め返した。どうやらこの勝負、ヘッポコ丸の完全勝利に終わったようだ。





「天の助に妬いたの?」
「…ボーボボから聞いたんだな?」
「うん」
「チッ…つまんねぇ告げ口しやがって…」
「でも俺が破天荒に嫌な思いさせてたのは事実だもん…ごめんなさい」
「…別に、もういい」






暑いから仕方無かったんだよ──自分自身にそう言い聞かせるように言葉を紡ぎ、そのまま有無を言わさずヘッポコ丸の唇を塞いだ。久々の抱擁を堪能した後は、キスを堪能する番であるらしい。







ヘッポコ丸は抵抗しなかった。大人しく体の力を抜き、目を閉じ、唇を薄く開いた。そこに破天荒の舌が飛び込んできて、瞬く間にヘッポコ丸の舌は捕まり、忽ち掻き乱され、翻弄される。すっかりいつもの破天荒のペースだ。それでもヘッポコ丸は拒絶しなかった。それどころか破天荒の首に手を回し、もっととねだっているように見える。どうやら彼も、久々の破天荒の熱に歓喜しているようだった。





「はっ…あ、んん…」
「ん…は…」





互いの舌が踊る。決して綺麗とは言い難い水音を立てながら、二人はお互いを求めて必死に舌を絡ませ続けた。ようやく二人が離れると、銀色の糸が二人を繋いでいた。それを舌先で絡め取り、破天荒は頬を赤く上気させ荒い呼吸を繰り返しているヘッポコ丸を見て、ニヤリと笑った。




破天荒がこんな笑い方をする時は、大抵ヘッポコ丸にとって不都合なことばかり考えている時だ。今回もきっとそうなのだろう。





「今夜は寝させねぇぜ。落とし前…きっちりつけてもらうからな」





ほらね、とヘッポコ丸は肩をすくめた。仕方無かったんだと言いながら、やはりとことん気にしていたらしいと分かって、その子供っぽさにヘッポコ丸はは失笑するしかなかった。






それでも、ヘッポコ丸は拒否しない。今日まで我慢させてしまった分、好きにさせてやるのがせめてもの償いだと思ったからだ。「お好きにどうぞ」なんて余裕ぶったセリフを吐いて、今度はヘッポコ丸からキスを仕掛けた。そのままベッドへ縺れ込み、二人の夏の夜は更けていった。













──次の日の朝、懲りずにヘッポコ丸が天の助にベッタリくっつきに行ってしまい、またもや破天荒は嫉妬の炎を燃やさねばならなかったのだが。



それはまた別のお話である。















夏の嫉妬
(俺今なら嫉妬で燃えそう)
(夏が終わるまで燃え切らないようにしろよ)



毎日毎日暑いですね…2015年の夏は普通に気温36℃超えてきやがります…常に誰かに抱き締められてる感じだよ。やかましいわ。


天ちゃん抱き枕にしたら涼しそうだよね! 今回は破屁にしたけど、このネタで天屁も書きたいなー(゚∀゚)







栞葉 朱那

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