「ちょっと薬局寄っていい?」




久々に赤司が東京に遊びに来て、オレ達は久々のデートを満喫していた。ストバスコートへ向かっているその道中、オレの視界に一件の薬局が目に入った。それで一つ思い出したことがあって、オレは赤司に断りを入れた。





オレと薬局を上手く結び付けることが出来なかったのか、赤司はキョトンとして首を傾げた。しかしそれは数瞬のことで、すぐに「いいよ」と微笑まれた。赤司スマイル。オレはこの笑顔にすこぶる弱い。こんなとこでイケメン発揮すんなと思ってしまう。






赤くなった顔を隠しながら二人並んで薬局に足を踏み入れ、目的の物を探す。季節が季節だからもう少し大きな規模で置いているかと思ったんだけど、なかなか見付からない。やはり店舗によって違うんだろうか。見付けられずキョロキョロしていると、オレの隣を歩いていた赤司が「光樹」と声を掛けてきた。





「なぁに?」
「そんなに必死に探さなくても、ゴムならさっきの棚に」
「うわああああ何言ってんの赤司いいいいい!!!!」





真顔でとんでもないこと言われてしまって、思わずデカい声が出た。近くに居た他のお客さんや店員さんからの視線が痛い。口を塞いで隠れるように小さくなっていると、赤司はまた首を傾げて不思議そうに聞いてきた。





「どうしたんだい、そんな大きな声を出して」
「ど、どうしたじゃない! いきなり何言い出すんだよ!」
「薬局に来た理由はそれじゃないのか?」
「違うわ! 何が楽しくてデート中にそんなの買わなきゃいけないんだよ!」





いやまぁ確かに、そういう行為を期待してないわけじゃない。今は冬休み中で、お互い部活が休みで、明後日まで赤司は東京に居る。だから今夜は…と淡い期待を抱かないのはおかしな話だ。けど、だからってこんな真っ昼間から、しかもデート中にゴムを買うなんて、そんな真似はしない。羞恥で死ぬわ。






なのでそれは赤司の多大な勘違いである。そもそもオレが買わなくてもいつも用意周到な赤司は持っているはずだ。だから変な勘違いはやめてくれマジで。つか真顔でゴムとか言わないでくれ全国の赤司ファンが泣くぞ。




「じゃあ何を買いに来たんだ?」
「リップだよ、リップ」
「リップ?」





そうだよ、と頷きながら、オレは止めていた足を再び動かす。





「唇が乾燥しやすくてさ、リップ使うようになったんだけど…無くなりそうだから。買い足そうと思って」
「なるほどね」
「あ、あったあった」





得心行ったように頷く赤司を置いて、オレはようやく見付けたリップコーナーに駆け寄る。時期が時期なだけに豊富な種類を取り揃えているリップだが、オレは迷いなく愛用しているメーカーのリップを取った。メンソレータムリップはなんかオレの唇には合わなかったから、フルーツフレーバーを使用しているこのメーカーのものがオレはお気に入りだった。男のオレが使うにも匂いがキツすぎないし。



一人満足していると、赤司がオレの手元を覗き込んできた。そして、ちょっとだけ不満そうに呟いた。





「……黄色」
「へ? …うん、そうだね」






オレが手に持っているのは、レモンフレーバーのリップ。色々なフレーバーを試してみたけど、オレは一番レモンフレーバーの物が好きだった。その匂いに相応しいイエローのボディを見ての赤司の発言に、オレは意味が分からず首を傾げる。





「黄色が好きなのかい?」
「うん。このシリーズのやつだと、レモンのやつが一番好きかな」
「ほほぅ…」
「あ、赤司…?」





な、なんだろう…赤司から尋常じゃない不機嫌オーラを感じる。え、なに、オレなんかした? 今の会話の中の何が赤司の神経を逆撫でた? 全く心当たりが無いんだけど。っていうか怖い怖いマジ怖い! オッドアイがキラリと光って睨み付けられたら本当に怖いから!





あまりの恐怖に後ずさると、パシッと手を掴まれた。まるで逃げることは許さないと言わんばかりに。





「光樹」
「ぴゃああああごめんなさいいいいい!」
「このリップはダメだ」
「……へ?」





あまりの恐怖に悲鳴を上げたオレを無視し、その手からリップをひったくった赤司はそれをそのまま商品台に戻してしまった。そしてその横にある赤いリップを手に取ると、それをオレの手に握らせた。


赤色のリップは、苺のフレーバーだ。何故コレ? とますます疑問符を増やしていると、赤司は満足そうに頷きながら言った。





「これからはそれを使うんだ、光樹」
「え…いや、コレ苺だろ? このフレーバーはオレちょっと…」
「僕の言うことは?」
「……ゼ、ゼッターイ…」
「よろしい」





じゃあ買っておいで、とオレを送り出す赤司に背を向け、オレはレジに並ぶ。あれこれ話してる間に混んでしまったレジで順番を待ちながら、手渡されたリップを見る。男のオレが持つには、あまりに乙女チックな色合いのリップ。その色に相応しく、芳醇な苺の香りが漂うコレも試してみたことがあったが、オレはあまり好きにはなれなかった。甘すぎるんだよね、男が使うには。女の子が使うのは構わないけど、男が甘い苺の匂い漂わせるってどうよ。オレは嫌だ。






赤司は一体なんの意図があってオレにこのリップを…と疑問が渦を巻いてる中で順番が回ってきて、オレはリップの代金を支払った。赤司のゴム発言を聞いていたらしい二十代くらいの男性店員さんに「青春だねぇ」と微笑まれて物凄く恥ずかしい思いをしたこともここに明記しつつ、オレと赤司は薬局を後にした。





「さぁ光樹、使え」
「えっいきなり!?」
「当然だ。買った物を使わずしてどうする」





袋を引ったくられ、中のリップを御丁寧にもパッケージから取り出してくれた赤司は、相変わらずな赤司スマイルでそれを差し出してきた。とっくに拒否権なんか無いオレはおとなしくそれを受け取る。めちゃくちゃ期待に満ちた顔で、赤司はオレを見ている。なんだろう、どうしてそんなリップ一つでそんなに表情を和らげるんだろう。時々赤司が全く理解出来ません。








観念してキャップを開け、リップを唇に滑らせる。途端に鼻腔を擽る芳醇な苺の香りに、オレは思わず顔をしかめた。しかし裏腹に、赤司は笑顔だ。とても満足そうに笑っている。





「光樹、苺の匂いがするよ」
「苺のリップなんだから当たり前だろ? あー、甘い…」






芳醇な苺の匂いに辟易していると、笑顔の赤司がトコトコ近付いてきた。そのまま顎を掴まれて、あっまずい、と思った時にはもう唇を掠め取られていた。リップを塗った唇に新たに足されたのは、赤司の熱。






オレが驚いて固まってる間に、赤司はあっさりと離れていった。その顔は満足そうで、裏腹にオレは驚愕で脳がパンクした。顔が熱くなってるのがイヤでも分かる。心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。五月蝿すぎて最早痛い。








いや、待って、ここ外なんだよ!? 公共の場!! 自覚してる赤司様!?







「あ、あか、あかあか赤司!!!!???」
「なんだい?」
「こ、こここここ此処外!! キスとか!! ダメ!! 絶対!!」
「どうしてだい? 可愛い赤を纏った光樹にキスをすることのどこが悪いんだい?」
「赤って…いや、これ色無いし…」
「苺は赤い色。僕にはそれで十分だ」





さぁ行こう、と極上の赤司スマイルを浮かべながら、恭しく右手を差し出される。オレが同じことをやっても寒いだけだろうが、赤司がすると途端に映えるから困る。恥ずかしげも無くそんなことをされると、道端でキスされた程度で慌てふためいていた自分がとても小さな人間に思える。







もう何を言っても無駄なような気がして、オレは一つ溜め息を漏らす。そして差し出されたその手を取──らず、さっさと先を歩くオレ。後ろで赤司が「あれ!?」とか言ってるけど、無視。こんな公衆の場で堂々と手なんか繋げるか。ちょっとは考えろ御曹司。





「無視はよくないぞ光樹!」
「ここで手を繋ぐのはやだよ」
「良いじゃないか。誰に見られているでも無いのに」
「繋いだ瞬間注目の的になるのは目に見えてるんだよ」





なんだろう、天帝の目って都合の悪いことは先読み出来ないの? どんだけだよ。





「とにかくやだ。さっき赤司の言う事聞いたんだから、次はオレの言う事聞いてくれたっていいだろ?」
「…やれやれ、光樹はいつから僕の扱いがそんなに上手くなったんだろうね」
「そんなつもりは無いけど…」
「けど、確かにそれは一理ある。今回のところは素直に従ってあげるよ」





だから、コートに着いたらまずはキスをしよう。赤司はそう言ってまた綺麗な笑顔をオレに向けてくる。なんて答えたものか咄嗟に言葉が出なかったけど、香る苺の匂いに惑わされ、無意識に首を縦に振っていた。それを見て、赤司はとても満足そうだった。撤回しようかと思ったけど、あまりにも赤司が嬉しそうにしているから、思い止まった。そこから赤司は何も言ってこなくて、オレも話しかけていいのか分からなくて、ただストバスコートまでの道程を黙々と歩いた。







歩きながらそっとポケットに手を入れ、さっきのリップを指先で弄ぶ。コートに着く前に塗り直した方がいいかな…なんて、苦手だった筈の匂いを上乗せするか否かを考えてしまう辺り、オレはほとほと、赤司に甘いみたいだ。しばらくの間、オレはリップを見る度に赤司を思い出すようになって。










そして……リップを使う度、赤司とのキスを、思い出すようになるんだろう。














――――
君主導な恋
シド/sleep

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